琥珀色の戯言

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遺体 ☆☆☆☆


遺体―震災、津波の果てに

遺体―震災、津波の果てに

内容(「BOOK」データベースより)
2011年3月11日。40000人が住む三陸の港町釜石を襲った津波は、死者・行方不明者1100人もの犠牲を出した。各施設を瞬く間に埋め尽くす、戦時にもなかった未曾有の遺体数。次々と直面する顔見知りの「体」に立ちすくみつつも、人々はどう弔いを成していったのか?生き延びた者は、膨大な数の死者を前に、立ち止まることすら許されなかった―遺体安置所をめぐる極限状態に迫る、壮絶なるルポルタージュ

東日本大震災では、約2万人もの死者・行方不明者が出ました。
震災直後は、毎日すごい勢いで増えていく「死者」の数が、なんだか非現実的なものだとしか思えませんでした。
いや、あれから9か月が経った今でも、僕は「実感」できてはいないのです。
思い返せば、阪神淡路大震災やニューヨークの同時多発テロのときに延々と流されていた「亡くなった方の名簿」を、今回の震災では見ることがありませんでした。
それはたぶん、「あまりにも数が多すぎて、すべてそれを流しても、情報としての意味が乏しい」と判断されたからなのでしょう。


このルポルタージュは、震災で亡くなられた方々の「遺体」と向き合うことを余儀なくされた人たちの物語です。
彼らは「被災者」である一方で、「多くの身内や知り合いを失いながら、自分は生き延びた人たち」でもあります。


安置所で遺族の話を聞き続けた人、検死、検歯を担当した地元の医師、自衛隊員、遺体を搬送した地元の消防団員たち……
みんな、「こんな災害が起こらなければ、ごく普通の社会生活を続けて、平凡な人生をまっとうしていた」はずの人たちです。

 港では保安官が納体袋に入った遺体を置いて待っていた。松岡たちは遺体を引き受ける際、自分たちでも遺体の特徴を調べてメモをとる決まりになっていた。納体袋のチャックを開けて遺体を見て、性別や身長など特徴を記していく。
 海で見つかった遺体は一様に痛んでおり、思わず顔をそむけてしまいたくなるものも少なくない。腐敗しているだけならまだよく、体内にガスが充満してパンパンに膨らんでいたり、魚に喰われて顔が半分だけ白骨化していたりすることがある。人間の姿はここまで残酷に変わり果てるものなのかと思うと、自分と彼らをわけたものが何だったのかと改めて考えてしまう。

彼らは、目の前の光景に絶句しながらも、自分の役割を果たし続けました。
死者のため、遺族のため、故郷のため……
「自分がそれをやらなかったら、誰もやってはくれない」から。
にもかかわらず、彼らはみな一様に、こう語っているのです。
「自分は、もう少し、何かができたのではないか?」


そんなことないですよ、それ以上のことは、誰にもできませんよ。
読みながら、僕はそう何度も心のなかでつぶやきました。
でも、そういう「やり場の無い後悔」みたいなものは、ずっと消えないのだろうなあ。

 住民や遺族から怒りをぶつけられたことは一度や二度ではなかったが、なかでも松岡がどうしても忘れられない一件があった。ある日、大渡町の仮置場へ赴くと、三十代の女性が小さな娘の遺体の前で声を張り上げて泣きじゃくっていた。松岡はその女性と面識があり、名前も知っていた。メインストリートから一歩裏に入った路地にある飲み屋街「のん兵衛横丁」でスナックを経営している葉子ママだったのだ。
 かつてこの路地はマチの男たちで昼夜問わず賑わっていたものだが、最近は漁師も減り、工場も人員削減が行われていたため、年をとったママが店をたたむことも多かった。そのなかで、葉子ママのスナックは地元の男たちに支えられてまずまず繁盛していた。
 話によれば、この葉子ママは小学六年生の一人娘と買い物をしているときに津波に襲われたという。真っ黒い濁流が押し寄せてきたとき彼女は物につかまってかろうじて助かったものの、娘は一瞬遅れて波にさらわれてしまった。目の前で娘が瓦礫とともに流されていく。葉子ママは向かいの市民文化会館の上階に市の職員たちが避難しているのに気がついて叫んだ。
「うちの娘を助けて! 早くして。娘が流されて死んじゃう!」
 だが、職員たちは誰一人として津波の流れる道路に飛び込むことはできなかった。濁流の勢いがあまりに強く、近づくことができなかったのである。その間に、娘は波に呑まれて視界から消えてしまった――。 
 葉子ママは助かったものの、後日娘の遺体が発見された。彼女は、市の職員に見捨てられたことで娘は死んだものと考えて悲憤にかられ、仮置場に横たえられた娘の遺体に寄り添っていた。

 なんだか、いたたまれない、としか言いようのない話です。
 市の職員たちが飛び込めないほうが当たり前だし、もし助けようとしたら、被害が大きくなっただけなんじゃないか、と僕は思います。
 でも、そんなふうに「理不尽にでも、誰かのせいにしないと、支えきれなくなってしまっている心」に、そんな「正論」が、通用するのだろうか?
 そして、「見捨てた」と言われた市の職員たちにとっても、この光景は、一生忘れられないもののはず。
 誰が悪いわけでもないのに、偶然あの場所に、あのとき居たというだけで、生き残ったひとたちも、あまりにも重いものを背負っていかざるをえなくなったのです。


 この本を読んでいて、僕がずっと考えていたのは、「葬式というものの意味」でした。
 最近は「葬式なんて要らない」という主張を耳にすることが多いですし、僕自身も、「あんな形式のためにお金をかけるのはムダなんじゃないか、死んでいる人は『わからない』のだし」なんて考えていたのです。
 でも、この本のなかで、突然の自然災害という「理不尽きわまりない死」に直面した人たちは、「遺体」や「葬儀」にこだわらずにはいられなかったのです。
 僕は自分の身内の葬式で、「お涙頂戴トーク」を、いわゆる「ドヤ顔」で繰り広げる葬儀社の人が、すごくイヤでした。
 お前、それは死者への感情じゃなくて、自分の「感動的なトーク」に酔っているだけだろ!って。
 この本に出てくる、葬儀社につとめていた千葉さんという人も、そういうタイプの葬儀社の社員だったのではないかと思います。


 ところが、この震災の遺体安置所では、千葉さんの存在は非常に大きかったのです。

 千葉は横目で関係者たちの態度の変化を見ながら、自分だけは遺体の名前を憶え、生きている人と同じように接しようと心がけた。朝早く、旧二中を訪れると、ひょこひょことペンギン歩きで館内を回り、夜気で冷たくなった遺体に一体ずつ声をかけていく。たとえば子供の遺体には次のように言った。
「実君。昨晩はずっとここにいて寒かっただろ。ごめんな。今日こそ、お父さんやお母さんが探しにやってきてくれるといいな。そしたら、実君はどんなお話をするつもりだ? 今から考えておきなよ」

 これが「日常のなかの死」であり、「予期された死」であれば、ここまでしてくれることに、ある種の「わざとらしさ」を僕だったら感じずにはいられないはずです。
 いやもう死んでいるのだから、って。
 しかしながら、こういう言葉が「突然の死を受け入れられない遺族」の心を溶かすこともある。


 「土葬を実行するかどうか」についての反応をみても、少なくとも残された側にとっては、「死者を弔うための儀式」というのは、「ムダなこと」ではないのだな、とあらためて考えさせられました。


以下は、震災直後から検歯を行った、歯科医・鈴木勝さんと、歯科助手の大谷貴子さんの話です。

 隣の席にいた貴子はビールを一口飲んで言った。
「明男さんのことは、私もまだ心に引っかかったまま。遺体が上がって手を合わせる対象ができれば納得いくと思う。でも、そうじゃないと区切りがつかないです。勝先生に紹介されて、私もすごく親しくしていたから……」
「貴ちゃんもそうだったんだな。テレビでは復興とか何とかいうけど、俺たち地元の人間の胸のなかではまだまったく整理がついていないよな。俺は今でもずっと安置所のことが頭に浮かぶ。フラッシュバックとか言うらしい。患者さんを診ていたり、食事をしていたりすると、突然旧二中に並ぶ遺体や、明男や野中のことが蘇るんだ。今日だって何度かあった」
「勝先生はフラッシュバックなんだ……。私の場合は怖い夢として出てくる。夜眠っていると、闇の奥底から『助けて! ここにいるの!』という叫び声が聞こえてくるの。海に流されたり、瓦礫の下に埋もれたりしている死者が自分を見つけてって呼んでいるのかも。別の夢では、遺体がマネキンになってでてきたことがあった。知らない女の人に誘われて地下室のようなところに行くと、床に男女のマネキンが転がっていて、その人がこう言うの。『これは流されてしまった私の父と母なんです』って。私はどうしていいかわからずにうろうろしていると、いつの間にか目が覚める……」

 最近なんとなく、「2011年の終わりとともに、震災のことも一区切り」という雰囲気を感じるのです。
 しかしながら、この本を読むと、生き残った現地の人たちにとっては、まだ「失ってしまったものを、弔うことで精いっぱい」の段階で、「復興」なんてまだまだ先の話なんじゃないかな、という気がしてきます。
 日本のなかで、被災者と、被害の無かった地域の人々には「温度差」があるように、被災地のなかでも、多くを失った人と、そうではなかった人のあいだに「温度差」がある。
 「心をひとつに」と言うけれど、置かれた状況があまりに違う人たちの「心」は、なかなかひとつにはなれないというのが、現実なのでしょう。
 それでも、生きている人は、生き続けていかなければならない。


 正直、この本を読むことが、いまの僕にとって何かのプラスになったのか、自分ではよくわかりません。
 「死者の感情」みたいなものがなだれこんできて、動揺してしまっただけなのかも。
 それでもやっぱり、いま、この本を読んでよかったと、思ってはいるのです。
 まだ、その理由はうまく説明できないけれど。

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