琥珀色の戯言

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和子の部屋 小説家のための人生相談 ☆☆☆☆


和子の部屋 小説家のための人生相談

和子の部屋 小説家のための人生相談

内容紹介小説家にまつわる秘め事を、ぜんぶ明かしてしまいます!いま小説家は何に悩んでいるの? 阿部和重さんが「和子」となって、当代きっての女性の書き手10人(角田光代さん、江國香織さん、川上未映子さん、金原ひとみさん、朝吹真理子さん、綿矢りささん、島本理生さん、加藤千恵さん、川上弘美さん、桐野夏生さん)の切実な人生相談に答えます! 小説家が「人生を語る」と「小説を語る」ことになるという、いまだかつてない対話の数々。小説家になりたい人にとっては実践的な創作論として、小説家を知りたい人にとっては本音が垣間見えるガールズ・トークとして、一冊で二度おいしい対談集が、ついに発売!


第1回 角田光代「幸福と小説は両立するの?」
第2回 江國香織「言葉しか信じられません」
第3回 川上未映子「怖くて仕方ないのです」
第4回 金原ひとみ「毎日プレッシャーで吐きそうです」
第5回 朝吹真理子「書くことの終わりが見えません」
第6回 綿矢りさ「片思いが実らない女です」
第7回 加藤千恵島本理生「誰と付き合えばいいですか?」
第8回 川上弘美「幻想だったのかもしれません」
第9回 桐野夏生「近頃、ビビっとこないのです」

 阿部和重さんが「和子」として、有名女性作家(ほんとに有名な人ばかり!)と「人生」について語り合う、という対談集です。
 まあ、別に阿部さんが女性っぽい口調で話している、というわけではないんですけど。

 この対談を読んでいると、作家というのは、ほんとうになんでも「小説」のことと結びつけなかがら生きているのだな、と感心してしまいます。
 そして「普通の女性」であるのと同時に、かなり変わった感性とか人生観を持っているのだということも伝わってきます。
 江國香織さんの、こんな言葉なんて、いかにも「らしい」なあ、と。

江國香織ではべつの、私がとらわれていることを話します。今日もここまでタクシーで来ましたが、乗るたびに車が事故に遭う確率は50パーセントだ、と思ってしまうんです。


阿部和重その根拠は、なにゆえに?


江國:事故というのは、遭うか遭わないか、二つに一つだから。もちろん、事故の深刻さや程度はこの場合、関係ありません。でも言葉で言えば、事故には、遭うか遭わないかでしょう。私は今日も5割の確率で事故に遭う車に乗り、それを日に二度、一週間に五日やったとしたら、ものすごく「ダイ・ハード」的な危機をすりぬけながら日常を送っていることになります。しかし、数学的には私が乗っている車がそのとき事故に遭う確率はそれよりずっと低いわけですよね。

 ああ、「数学的にはムチャクチャ」なんだけれど、僕はこの江國さんの考え方、なんとなくわかるような気がします。
 「単なる取り越し苦労」とは、ちょっと違うんだよなあ、こういうのって……


 登場する作家のなかで、とくに僕が注目していたのが、川上未映子さん。
 そう、阿部さんと川上さん、先日ご結婚されたんですよね。
 ふたりの対談は「小説トリッパー」の2009年秋号に掲載されてるのですが、この頃、ふたりは付き合っていたのかどうか。
 そういう先入観を持って読むと、なんだか、この回での阿部さんは、他の人たちが相手のときよりも、ちょっとリラックスして喋っているような気もします。

 川上さんは、お母さんについて、「巫女的というか、優しいんです。道で寝ていた女の子の話を聞いて、連れて帰ってきてしばらく一緒に住んだこともあります。よく騙されたりもしていました。だからこそ、わたしがまもらねばと思ってしまうのかも」、と話されています。
 そして、「そんな母親の死を、将来自分が経験することを想像すると怖い」と。

阿部和重なるほどなあ。たしかにそんなお母さんは、まもってあげたくなりますね。実にそそるものがある。そのお話を聞いて、ちょっとピンときたのですが、もしかしたら川上さんは、お母さんのために、父親の役をやりたいと思っているんじゃないですかね。つまり川上さんの心境としては、夫目線でお母さんを見まもっているという状態に近いのではないか。思えば母の死を想像してパニックになるというのは、妻の喪失を恐怖する夫みたいです。姉とか弟はどうせよそ様と勝手に生きてくわけだから、そこにはカウントされない。でもお母さん、そしておばあちゃんは、その家の家長が面倒を見なければならないわけです。


川上未映子うーん。そうかも。彼女たちに関しては、言い換えれば卑劣な感情かもしれませんが「かわいそう」という気持ちが拭えないのです。そういった家庭環境のせいなのか、わたしは明らかに父権的なものには嫌悪感があって……父親がぜったいとか、父親だから上位という価値観を忌み嫌っています。阿部さんの言う通り、精神と姿はまったく女のまま、女であるわたしがお父さんの役割をしたいのかもしれませんね。


阿部:「私には彼女たちにしてあげられることが、まだたくさんあるが、すべてをやりきってはいない」という感覚が、後悔を先取りした恐怖心になっているのかもしれない。だとすれば、そこでひとつ提案があります。まず、サラリーマンみたいなスーツを着て、付けひげとかして、「お父さん」コスプレで今度、お母さんたちに会いに行ってみてはどうだろうか。


川上:なんですか、それ(笑)。


阿部:笑ってるけど、まず形から入るんだよ。川上さんには非常にブッキッシュなとことがあって、それはキャラクターとして魅力のひとつだけれども、ちょっと観念的すぎるきらいがあります。もちろん勉強であるのは結構なことです。しかしどうも、その観念的な思考の暴走が、お悩みにある恐怖心を促進させてしまっているように思えないでもない。これを打破するには、とりあえず形のほうから、身なりから変えてみるという改革が有効なのではないか。

 これって、コントのような、ものすごく革命的な「解決法」でもあるような……まあ、少なくとも仲が悪い人のは、プライベートな悩みに対して、こんなこと言いませんよね。いくら雑誌の企画の対談とはいえ。
 阿部さんのこういうところが、川上さんは好きなのかもしれないな、なんて思いながら読みました。


綿矢りささんの「片思いが実らない女です」なんていう質問(から文学論になっていくのかと思いきや、けっこうずっと恋愛論が続いて、けっこう面白かったです)や、作家と編集者の関係の話などの「作家生活の裏側」みたいなものも垣間見ることができますし。


正直、阿部和重さんと、ここに出てくる女性作家たちに興味が無い人にとっては「どうでもいい本」だと思いますが、僕は楽しく読むことができました。

最後に、角田光代さんのこんな言葉を。

 阿部さんは、ほんと人生相談の回答者に向いていますね。大丈夫なように思えてきました。でも阿部さん、本当は他人にあんまり興味がないでしょう? だから、こんなに客観化と整理がうまいんですね。

実は、僕もけっこう人生相談、得意です(苦笑)。

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