琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

完全なる首長竜の日 ☆☆☆☆


内容紹介
選考委員が即決した『このミス』大賞受賞作! テレビ・雑誌各誌で話題、その筆力を絶賛された大型新人のデビュー作、待望の文庫化です。少女漫画家の和淳美は、植物状態の人間と対話できる「SCインターフェース」を通じて、意識不明の弟と対話を続けるが、淳美に自殺の原因を話さない。ある日、謎の女性が弟に接触したことから、少しずつ現実が歪みはじめる。映画「インセプション」を超える面白さと絶賛された、謎と仕掛けに満ちた物語。

『このミス』大賞受賞作。
読み終えて、「ああ、なるほどサリンジャーなんだな」と思いました。
「なぜ首長竜なんだ?」とか、問うのは無意味なんだよね、この作品の場合は。

「姉さん。あなたに人の心があるかどうかは、僕にはよくわからない」
「どういうこと」
「自分以外の他者に、内観的なクオリアがあるかどうかは、外面的な観察、例えば脳の神経細胞レベルまで解剖してみても、客観的に観察することは不可能だ」
クオリアって何よ」
「例えば、赤色を赤色として感じる心、心地好い音楽を心地好いと感じる心、怒り、笑い、その他の現象学的意識のことだよ」
「私にはそれがないっていうの」
「違う。それがあるのかないのかは、客観的な観察からは絶対にわからないと言いたいんだ。そうやって戸惑ったり不安に駆られたりしているように見える姉さんの内面が、実際にクオリアを持って揺れ動いているのか、それとも暗い虚無の中にあって、表面だけそう見せ掛けているのかは、僕からは判断出来ないっていうことだ」
 浩市は何かを不安に感じている様子だった。
「そういう、現象学的意識やクオリアを持たない存在を、性質二元論の立場からは、フィロソフィカル・ゾンビというんだ」

率直に言うと、ミステリとしては(というか、この作品が「ミステリ」かどうか難しいとも思いますが)、途中で僕でもオチが予想できたくらいなので、「驚き」には欠けています。
でも、『胡蝶の夢』やサリンジャーなどを引用したこの作品の世界観、僕はけっこう好きです。
主人公の「それなりに満たされているのだけれども、人生半ばで、なんだかもう中途半端にどうでもよくなってしまったような気持ち」が、妙に「しっくりくる」のですよね。
なんだか他人事だとは思えなくて。


これはたぶん、トリックの意外性を読むミステリではなくて、「現実と幻想」そして、「なんとなく生きている感じ」を味わうための小説なのではないかと思いますし、「ミステリらしさ」にこだわらなければ、けっこう「心惹かれる作品」です。
ただし、『このミス』大賞の審査員たちが言及していた『インセプション』や『マトリックス』と比べるのはなんだかちょっと違和感があって、これはむしろ、つげ義春の『ねじ式』じゃないかな、などと僕は考えました。
ねじ式』ほどの「歴史的な作品」ではないのかもしれないけれど、映像としてのすごさに圧倒される「読者が受け取るだけの作品」というよりも、「読みながら自分の心にあるもやもやした感じを発見し、対話するための作品」なのではないかと。

とかいうと、なんだかすごい傑作みたいな印象を持たれるかもしれませんが、「けっこうおもしろいと思ったし、僕はこの世界観が好きだけれど、けっこう好みが分かれる作品」ではあるでしょうね。
とりあえず、これを読んでみて興味がわいた人は、読んでみても損はしない作品だと思います。単行本からわずか1年で文庫化されたことですし。

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