琥珀色の戯言

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ブータン、これでいいのだ ☆☆☆☆


ブータン、これでいいのだ

ブータン、これでいいのだ

内容(「BOOK」データベースより)
クリーニングに出したセーターの袖は千切れているし、給湯器が壊れてお湯が噴出するし、仕事は思ったようにまったく運ばない。でも、問題山積みだけど、これでいいんだよね。現地で公務員として働いた著者が語る、「幸福」の国の秘密。特別企画・夜這いインタビュー収録。王室の写真など、カラー写真満載。


中国とインドという2つの大国に挟まれた、ヒマラヤにある小国・ブータン
人口は2009年の時点で68万人と、島根県全体、あるいは東京23区の練馬区大田区と同じくらいなのだそうです。
このブータン、2011年11月に国王夫妻が来日され、福島県相馬市の小学校を訪問したのは記憶に新しいところです。
GDP(国民総生産)ではなく、GNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)という概念を打ち出し、その最大化を国の目標としている、というのも、かなり知られるようになりました。
そのおおらかな国民性は、いつもあくせくと働いている日本人にとっては、「お手本となりうる」のではないか、と言われることもあります。


この本は、2010年9月から1年間、ブータン政府の首相フェロー(ブータン政府に1年間雇用された海外からの若手プロフェッショナル)として働いた著者による、「ブータンという国のレポート」です。
「旅行者」としてブータンを訪れた人が語るような「おおらかな国民性で、みんな穏やかな人ばかりの、自然が豊かな素晴らしい国」というような「プラスの話」ばかりではなく、「おおらかすぎる国民性」「そのわりにはプライドが高くて、国際社会の常識と摩擦を起こしやすい」「幸せの国に急速に広がっている高級車やiPhoneと高額のローン」などの問題点も語られています。
それができたのは、著者が、ブータンの中枢で、1年間にわたって働いてきたからなのでしょう。
その一方で、あくまでもこの本は「国の中枢のエリートたちからみた、ブータンという国」であることも否定はできませんが。
(その点は、著者も自覚されていると思います)


この本を読んでいると、ブータンに生きる人々の「時間感覚」が、あまりにも日本人とは違いすぎて、ただただ驚かされるばかりです。

 初めてブータンに来たころ、オフィスでの働き方に戸惑いを覚えました。ブータンの人たちのほとんどが手帳もカレンダーも使っていないのです。つまり、先の予定を入れない。予定は、覚えられる範囲でしか入れないのです(覚えられる範囲というのは、だいたい翌日の午後ぐらいまででしょうか……)。このため、大人数が参加する会議をコーディネートするのはなかなか大変です。


私「来週までにこれを決めなくちゃいけないから、早めに一度会議を開く必要があるよね。いつにしようか」


同僚「う〜ん、みんな出席しなくちゃいけないもんね。みんながいる時にしよう」


私「いつ、みんないるの?」


同僚「そんなのわかんないよー!(笑)」


私「え、じゃあどうやって会議開くの?」


同僚「え、だから、みんないそうな時に、オフィスを回ってみて、みんないたら『会議しよう』って声かけて、集まるんだよ」


私「……」


 そんなわけで、会議ひとつ開くのも大変です。1〜2週間先のことについて×月○日の△時に集合などと決めてもだれも「覚えて」いないのです(手帳がないので、みんなメモもしていない)。このため、会議を開きたい時は、みんながいそうだ、と思ったタイミングにオフィス中を駆け回り、「みんな、いま会議室に集合して〜!」と言わなくてはなりません。もしくは、翌日のことぐらいまでは覚えていられるので、前日に連絡し、直前にリマインドします。
 大臣や次官などの政府の高位の人になると、海外との付き合いも多いですし、さすがに忙しいので、秘書がスケジュール管理をしています(中にはグーグル・カレンダーを使っている人もいます)。それでも、入れられる予定はだいたい1週間先までです。
「2週間先となると、さすがに予定は立てられないよね〜。そんな先のこと、分かんないもん」とある長官は笑います。

 笑いごとじゃないだろ……と僕などは、これを読んでいると、考えずにはいられないんですけどね。
 ブータンの病院って、当直の予定とか、前日に「じゃあ、明日キミ当直!」って決めているのだろうか……大臣がこんな感じだから、本当にそうなのかも……


 ブータン人は、「おおらかである」「自分や他人のミスに寛容」という美徳を持っています。
 でも、それは「仲間内でしか通用しない」のも事実。
 著者は、外資系ホテルのブータン人マネジャーから、こんな話を聞いたそうです。

 ホテルのラウンジでお茶を飲みながら、彼は言いました。


 ――ブータンの人はねぇ、やりたいようにやらせておくうちは、本当にスイートな人たちなんだ。善意の人たちで、人に喜んでもらえることが好きだしね。だけど、すぐに「まぁ、このぐらいで大丈夫だろう」と高をくくってしまう。だいたい、ブータン人の「大丈夫」って、周りから見るとそうじゃないんだよね。
 ガイドがちゃんとお客様をお迎えに行っているか、客室の備品はすべて整っているか、ディナーのテーブルはきちんとセットされているか……。現場のスタッフが、自信満々に「万事OKです!」と言っても、たいてい何かができてない。
 でもブータン人はプライドが高いから、上から指図されるのは嫌いなんだ。それに、失敗しても反省しないから、何度でも同じ間違いをしてしまう。
 例えばガイドの遅刻ひとつ取っても、頭ごなしに怒らないようにしている。きちんと丁寧にフィードバックしなくてはいけない。すると、ブータン人は「わかりました」とにこにこ聞く。でも、5回も10回も遅刻が続いたら、さすがに怒らなくちゃいけない時もある。
 でも強く怒ると、どうなると思う?
 ブータンの人は、逆ギレしちゃうんだ。自分がやることに関して、強く注意されたり怒られたりしたことなんて、ほとんどない人たちだから――。
 そして、彼はこんな例を教えてくれました。
 あるレストランに、アメリカ人のシェフが指導に来ていた時のこと。ブータン人の見習いコックは、野菜の下ごしらえなど基本的なことでよくミスをした。指導に来ていたシェフは穏やかな人だったので、いつも丁寧に教えてくれていた。
 しかし、ある時、お客様がたくさん入って忙しい時に、また見習いコックが注意不足からミスをした。さすがにアメリカ人シェフも「何度言ったらわかるんだ!」と怒鳴ってしまった。見習いコックは驚き、しばらく下を向いて肩を震わせていたかと思うと、突然、右手に持っていた包丁で自分の左手を刺してしまった。

 ちなみに、このブータン人マネジャーは、海外で研修を受けていた人で、「外国人の視点から、ブータン人の働き方を客観的に見ることができていた人」なのだそうです。 
 著者によると、「ブータン人に、一定以上のストレスをかけてはいけない」というのは、ブータンで働いている外国人にとっては「常識」なのだとか。
 

 「幸せのため」「家族との時間をつくるため」に、仕事は9時から17時で、基本的に残業はしない。
 自分にも他人にも寛容だけど、仕事はアバウトで、ストレスがかかると、すぐ「逆ギレ」
 これを読んでいて、僕は「そりゃあ、そんなヌルい仕事をしていたら、ラクだろうけどさ」と言いたくなりました。
 日本人基準でいえば、本当に「使えない人たち」ですよね……
 その一方で、日本人は働きすぎ、仕事中心になりすぎていて、もう少し家族での時間を増やしたり、余裕をもって仕事をしたりするべきなのかもしれませんが。
 著者も書かれているように「ブータンが理想の国」というよりは、「日本とブータンの間のどこかに、バランスがとれる場所がある」と考えたほうがよさそうです。
 ほんと、インドから多額の援助を受けながらも、インド人の労働者を内心バカにしているところなど、「おおらかっていうか、甘えてるんじゃない?」と思うところもあるんですよね。
 こういうのは「それぞれの国民性」であって、インドも、隣国への善意だけではなく、「中国への対抗手段として」とか「ブータンがつくった電気を買っている」という関係から、それなりの計算があって援助しているという面もありますので、ブータン側ばかりを責めるわけにはいかないのでしょうけど。
 地勢的に、産業の発展が難しいのは事実でしょうし。


 なんだか、ブータンの悪い面ばかり引用してしまったような気がするのですが、ブータンを「理想化」するのではなく、現実的な問題に目を向けながら、「それでも、こんな小さな国が、中国とインドという2つの大国に挟まれながらも独立を維持しているのは素晴らしいことなのだ」という著者の言葉には頷かされます。
 日本からみたブータンは、欧米からみた日本なのかもしれないのだし。


 最後に、ブータンの人々の「幸せの感覚」についての印象的な話を御紹介します。

 日本の話をしていて、いつもブータンの人たちに驚かれることは、日本人が「自分の人生」について祈ることです。
 まだムラ社会が残り、共同体感覚の強いブータンでは、家族や友人の絆がとても強い。幸せを感じるのも、個人単位ではなく、家族単位のようです。
 以前、日本のメディアがブータンに来た時、ブータンの人たちへのインタビューに立ち会ったことがあります。「あなたにとって幸せとはなんでしょうか」と聞いていました。インタビューを受けたのは、若手の女性官僚、ファッションデザイナー、政府の管理職、ジャーナリスト……。年齢も職種もさまざまです。もちろん、答えはいろいろあったのですが、多くの人が口にしたことがあります。それは「家族や、親しい友人たちが幸せで、そして一緒にいられること」です。
 政府で働いているある30代の女性は、ニコニコしながら、このように答えていました。
「今は、両親も元気だし、お姉ちゃんも最近結婚して幸せそうだし、大きな家族でみんな一緒に暮らせているし、とても幸せです」
 そんな彼女に、取材陣の方が、では悩みはないのかと聞いてみると、
「もちろん、小さな悩みはたくさんあります。(ブータンでは多くの人が20代で結婚するにもかかわらず)私は三十路を過ぎているのに結婚どころかそもそも彼氏すらいないですし、仕事も最近どうもうまくいってない。私より数年後に入ってきた後輩の方がより大きな仕事を任されていて、焦ります。それに、そろそろ留学したいと思っているのですが、試験勉強もまったく進んでいなくて、周りは順調だけど、私は今年受からないかもしれない……」
 聞いてみると、彼女自身の小さな悩みはずいぶんあります。「あー、もう、なにもかも上手くいってない」と落ち込んでしまってもおかしくない状況かもしれません。でも彼女は、家族が元気で一緒に暮らせているから幸せ、と答えニコニコしています。これは別に、インタビュー用に作った答えなのではなく彼女の本心なのだろうと思います。
 彼女は私の仲のよい同僚だったのですが、恥ずかしながら、このインタビューに立ち会うまで、彼女にこんなに色々悩みがあるとは知りませんでした。彼女はふだんから何があってもケロッとしていて、楽しそうに暮らしていました。これもとても、ブータンらしいなぁと思います。
 ブータンの人たちが「幸せかどうか」を問うとき、対象は「自分自身」が幸せかどうかではないのでしょう。自分の大切にする人たちの幸せも含めて自分の幸せと捉える。幸せを感じられる範囲、「幸せゾーン」(と、私は名付けています)が、ブータンの人たちは私たちよりずっと広いのかもしれません。

 ブータンは、僕からみると、「理想的な国」でもないし、「幸せ」とも思えないんですよ。
 たぶん、いまの僕がブータンで働いたら、ずっとイライラしっぱなしのはず。
 でも、この「幸せゾーンの広さ」を読むと、僕は「とにかく自分自身が幸せにならなくては、納得できない」という「幸せになりづらい人生」を送っているのではないか、と考えさせられるのです。
 「真似しろ」と言われてできることではないでしょうけど、僕自身、もう少し「自分を幸せだと認めてあげでもいいのではないか」という気がしました。


 どこにも「理想の国」なんて無いのかもしれないけれど、「幸せを感じる気持ち」は、たぶん、誰にでもあるはずだから。

 

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