琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

漫画貧乏 ☆☆☆☆


漫画貧乏

漫画貧乏

内容紹介
10年後も漫画はあるのだろうか!?
出口の見えない出版不況、台頭する新メディア…描いても描いても、原稿料では赤字続き…この先、漫画界はいったいどうなっていくのだろうか。
海猿』『ブラックジャックによろしく』の作者・佐藤秀峰の漫画の未来に向けた、孤独な挑戦と実験がはじまった。
「売れない、食えない、儲からない!?」
「連載貧乏」という恐ろしい言葉があります。初めての週刊連載。張り切って描いたはいいけど、人気が出ず半年で打ち切り。あとに残ったのは借金だけ…こんな状況を指す言葉です。才能があるのに多くの漫画家が消えていってしまう。そんな夢と現実のギャップ、漫画業界の体質的な“ひずみ"にいま立ち向かう。出版業界関係者、必読の書!!


佐藤秀峰さんの「孤独な戦い」は、ネット上ではよく話題になっていたので、僕も「知っているつもり」だったのです。
でも、今回この単行本で、あらためて佐藤さんの「軌跡」を辿ってみると、「電子書籍に積極的で、常識をどんどんぶち壊していく、綺麗な言葉でいえば進取気鋭の人、悪くいえばトラブルメーカー」という佐藤さんへのイメージは、僕が勝手につくりあげてきたものだったのだなあ、と思い知らされました。


ブラックジャックによろしく』の第1話で、研修医の当直アルバイトが描かれるのですが、そこでリアルな「お金の話」がされていることに、僕はすごく驚きました。
この『漫画貧乏』でも、かなり細かいところまで、「漫画家とお金」のことが書かれています。

漫画業界の常識でいうと、単行本が2万部売れるとまずまず、5万部売れるとヒット、10万部を超えるとドル箱扱いといったところでしょうか。10万部を超えるとドル箱扱いといったところでしょうか。
10万部を超える作品は、恐らく、全体の10%もないでしょう。
さらには、100万部を超える作品となると、毎年10タイトル以下ですので、全体の1%もありません。
僕の著作ブラックジャックによろしく』は、ピーク時に初版100万部を超えました。
では、当時の僕の印税生活はどのようなものだったでしょうか。
100万部売れる単行本が年に4冊発行されたわけですから、合計で400万部。
印税にして約2億円が、僕の経営する佐藤漫画製作所に振り込まれました。
それに原稿料収入を合わせると、年商2億2000万円です。
その内40%は、税金として国に納めなければいけませんので、残りは1億3200万円。
そこから人件費やその他のランニングコスト、諸経費を差し引くと、およそ1億円が会社の通帳に残りました。
この中から、僕が会社の役員報酬として受け取っていたのは、月々280万円でした。
年収にすると3360万円になります。
日本の社長の平均年収は、約3000万円程だそうなので、ほぼ同レベルといったところです。
皆さんは、この収入をどうお考えになるでしょう。

ちなみに、「99%の漫画家は年収3360万円以下」であり、「単行本が1冊につき10万部売れている漫画家でも、年に4冊の単行本を出したとして、年収は1000万円を超えるかどうか」なのだそうです。
そして、漫画家志望者のほとんどはプロの漫画家にはなれないし、プロデビューしても、漫画だけでずっと食べていける人は、ごくずか。
「ある大手出版社の全社員の平均年収は約1600万円で、入社5年目で、1000万円を超える」とも書かれています。


佐藤さんは、この3360万円という年収について、自分自身が稼げた金額としては、単純にすごいと思っているそうです。
その一方で、漫画家という、生業にするにはあまりにもリスクが高い世界で大成功をおさめることができた、ごく一握りの人々でさえ、「この程度」であることを残念に感じている面もあるようです。
この金額に対して、反感を持つ人がいるであろうことも承知のうえで、あえて佐藤さんは公開し、読者に問うているのです。


この本では、いまの漫画雑誌の「懐事情」が、かなり赤裸々に語られていて、『週刊少年ジャンプ』が、500万部!とか言っていた時代の読者だった僕は驚くばかりでした。

『出版指標 年報2011年版』によると、2010年の月刊誌と週刊誌を合わせた青年コミック誌発行部数は2億7049万冊。1991年の5億6611万冊と比較すると、20年で半分以下に落ち込んだことになる。

 20年間で半分以下、か……
 この本によると、『ヤングサンデー』の休刊直前の発行部数は19万部(2008年)、『ビッグコミックスピリッツ』の2010年の発行部数は26万部、『週刊少年サンデー』の2010年の発行部数は68万部。
 この数字をみて、『ジャンプ』が次々に発行部数記録を更新していた『漫画雑誌黄金時代』に中高生時代を過ごした僕は、「そんなに売れなくなっているのか……」と思いました。
 そういえば、電車のなかでも、マンガを読んでいる人って、ほとんど見ないですしね。
 大部分の人は携帯電話(スマートフォン)を操作していて、漫画雑誌を読んでいる人はいません。
 むしろ、文庫本を読んでいる人のほうが多いように感じます。
 これまでは、雑誌での赤字を、連載作品のコミックスの売り上げで補填することができていたのですが、コミックスも売れなくなってきており、採算がとれなくなってきているのです。
 漫画雑誌は、「新人漫画家を育てる場」でもあったわけですから、いまの状況が続くと、漫画の世界は、どんどん先細りにならざるをえないでしょう。
 もちろん、『ONE PIECE』のように「ものすごく売れている漫画もある」のですが、「出版不況」は、漫画も例外ではないのです。
「紙の本」以外の、漫画の住処を見つけないと、漫画は「絶滅」してしまうかもしれない。
 佐藤秀峰さんを支えているのは、そんな危機意識と「漫画への愛着」なのです。


 僕は、佐藤秀峰さんって、「電子ガジェット大好き!」という人なのだろうと思っていました(寺沢武一さんみたいなイメージ、ですね)。
 しかしながら、この本を読むと、「紙に書かれた漫画が大好きで、こだわりもあるのだけれど、これから漫画が生き残っていくためには、デジタル化を避けては通れない」という使命感に駆られ、戦っている人なのだということが、よくわかります。


 これだけ紙の本が売れなくなってきているのに、「自分たちの給料は確保されているから」と、危機感に乏しい出版社(みんながみんな、そんな人ばかりじゃないとは思いますけど)。
 編集者たちがやることといえば、「北朝鮮工作船」を(「北朝鮮」をカットして)「工作船」に書き換えるような事なかれ主義のセリフの改変や、漫画家への「懐柔工作」ばかり。
 危機がそこにあるのは一目瞭然なのに、矢面に立っているはずの人たちが、現実を見ようとはしていない。


 それでも、僕はこの本を読みながら、ずっと考えていたんですよ。
 佐藤さんはそう言っているけれど、やっぱり、編集者という「第三者のプロ」の存在がないと、いろんなミスが出てきたり、ひとりよがりな漫画になってしまうんじゃない?って。
 たくさんの「漫画家と編集者たちのチームワークによる名作」も知っていますし。


 ところが、佐藤さんは、そんな僕の疑問など見通していたかのように、こんなことを書いておられます。

新ブラックジャックによろしく』に限っていえば、連載後半はネームを担当編集者に見せることもありませんでした。
編集長にネームを渡し、作品への意見や感想を絶対に言わないように約束してもらった上で、掲載の可否のみを伝えてもらい、原稿の受け渡しや、スケジュールの連絡など、一切の連絡をスタッフに頼み、直接、話をする機会は意識的に避け、取材も出版社の名前を出すことなく、一人で続けました。
別に編集者が嫌いだったわけではありません。
僕は実験をしていました。
「漫画家は出版社に頼ることなく、一定の質とスピードを保って漫画を製作し続けることができるのだろうか?」
言い換えれば、「漫画家は読者とダイレクトにつながることができるのか?」という実験です。
ネットでの漫画の公開に踏み切るということは、すなわち、出版社とは関係のない世界へ踏み出すことを意味します。
当然ですが、出版社の協力は得られません。
そうなった時に、僕は面白い漫画を、今と同じペースで読者に提供することができるでしょうか。
一人で漫画を企画、立案し、取材を行い、原稿を製作する能力が必要です。
その習慣を身につけようとしていました。
結論から言うと、漫画は漫画家がいれば描けます。
漫画家になる以前、出版社に持ち込みをしていた日のことを思い出せばいいだけです。
元々、漫画家は一人で漫画を描いていました。

「実験」は、すでに行われていたのです。
 少なくとも、佐藤秀峰という漫画家は、編集者がいなくても、漫画を描くことができました。


佐藤さんが立ち上げた『漫画 on Web』は、まだまだ発展途上といったところでしょう。
ブックオフと価格で勝負しなければならないというのも、なんだか理不尽ではありますし。
でも、どんなに理想を語っても、誰もお金を払ってくれなければ、どうしようもない。


それにしても、黙っていれば「漫画界のごくわずかな勝ち組」でいられるはずの佐藤さんが、なぜここまでやるのか、やらなければならないのか。

 笑ってくれて構わないのですが、僕は世界を変えようと思っています。

Twitterに書かれた、佐藤さんのこの言葉を読むと、もしかしたら、この世界そのものが「漫画」になる日が来るのかもしれないな、などと考えてみたりもするのです。
「誰々が悪い」とかいうのではなくて、漫画家も、編集者も、そしてもちろん読者も、新しい時代がより良いものになるように、大好きな漫画や小説が生まれてくるように、協力していければ良いのだけれど。


最後に、僕のつぶやき。
佐藤秀峰さんは、この『漫画貧乏』のなかで、「読者」への言及を極力避けているような気がします。
これだけの手間をかけて描かれた漫画に「新作1話30円」すらなかなか払ってくれない「読者」こそが、漫画家にとっての「最大の問題点」なのではないかなあ(注:これは僕の勝手な見解で、佐藤さんはこんなことは全く書かれてないですからね。念のため)。


参考リンク:『漫画貧乏』(漫画 on Web)
こちらだと、ストリーミングで300円、ダウンロード版600円です(書籍版は税別1200円)。

アクセスカウンター