琥珀色の戯言

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望遠ニッポン見聞録 ☆☆☆☆


望遠ニッポン見聞録

望遠ニッポン見聞録

内容紹介
テルマエ・ロマエ』の著者による初エッセイ!
お風呂だけじゃない!平たい顔族の驚くべき日常。


「膨大な金を算出し、宮殿や民家は黄金で出来ている。また、ジパングの人々は偶像崇拝者であり外見がよく、礼儀正しいが、人食いの習慣がある」というのは、マルコポーロ『東方見聞録』の日本の記述。「いえいえ日本はそんな変な国じゃなりませんよ」と言いたいところですが、漫画家・ヤマザキマリさんから見た日本は、やっぱりじゅうぶん変だった!イタリア→日本→中東→ポルトガル→シカゴ在住。異国暮らし歴十数年の著者が、近くて遠い愛すべきニッポンの妙を綴る現代版見聞録!
◎ポットン便所のトラウマが生んだお尻洗いつき便器!◎おっぱいだけが巨大化しつづけるオタク漫画!◎ドSな吹き替えが強烈なハリウッド映画!……など
テルマエ・ロマエ』のルシウス並みに日本に驚き、日本文化を楽しみ、真面目に悩むヤマザキマリ氏の真剣な眼差しが読めば読むほど逆にユーモラス。テルマエファンはもちろん、男性女性老若男女とわず楽しめる1冊です。
イラスト&漫画も満載!!


テルマエ・ロマエ』の作者、ヤマザキマリさんのエッセイ集。
お祖父さんが海外生活の長い銀行家、お母さんが海外に演奏旅行に出かける音楽家という家庭に生まれたヤマザキさん。
「学校帰りに友達を連れて家のドアを開けると、中にぎゅうぎゅうに外人さんが詰まっているという光景に何度か出くわしたことがある」というエピソードからも、1967年生まれとしては珍しい「国際派」の家庭で育った子ども時代だったことがうかがえます。
ヤマザキさん自身も、17歳からイタリアに留学されていますし。


しかしながら、ヤマザキさんの家庭環境と留学は、僕が「海外留学」と聞いて思い浮かべるような、「エリートコース」とは違っていたみたいです。

 そんな環境で育った私が17歳になった頃、母から本当に油絵がやりたいのなら日本から出て行くべきだと強く勧められた。
「日本だけが世界じゃないから」
 これが彼女の口癖だ。かなり紆余曲折な人生を送ってきた母なので、それは恐らく彼女が自分の中でも何度となく唱えていた言葉だったのじゃないかと思うが、そう言われて私も納得し、さっさとイタリアに渡ったのであった。そして私はそこで本格的に油絵の勉強を始め、日本へはもう帰らなかった。
 これは傍から見れば「外国と縁の深い裕福なご家族の子女にありがちな展開」なのかもしれない。でも私の場合は母からろくな仕送りもしてもらわず、しかも、やがて無職の彼氏と一緒に暮らすようになってしまったせいで、想像を超える極貧生活を強いられることになった。だから全く皆さんの想像するようなドリーミーな留学生活は体験していないし、日本に帰りたくても帰るためのお金さえ作れなかったのだ。
 しかし、それまで何かと窮屈だと感じていた日本を寛容な目で改めて見るようになったのは、恐らくこの時期だったと思う。1990年代初頭、貧困、そして当時参加していた若者の社会思想運動と画業の苦しみの狭間で心身ささくれ立っていた私は、イタリアを訪れてくる日本人観光客の幸福に解き放たれた顔を見て、心底癒されていた。私は本当はこの国の人なのだと思うと、色々と夢と希望も湧いてくる。皆、塊になって連なって、何の不安も恐怖心も社会に対する憤りもなく海外旅行を楽しんでいるその様子はとても平和だった。

ずっと海外で生活されていたヤマザキさん。
「日本なんて世界からみれば……」という視点の人なのではないかと思っていたんですよね。
でも、このエッセイを読んでいると、ヤマザキさんにとっての日本は「故郷でもあり、ちょっと変わったヨソの国」でもあるのかなあ、と感じました。
「日本にいるときに、窮屈だと感じていた国」と「外からみてみると、良いところもたくさんある故国」。
その間で、ヤマザキさんが考えてきたこと。

 私は日本ほど世界のことを様々な視点から捉えた番組を沢山電波に乗せている国もそうないのではないかと思う。
 イギリスのBBCも面白いドキュメンタリーならいくらでも作っているし、その他の国のいろんな局も、もちろん世界の諸地域に関する面白い内容の番組を沢山作っているとは思うが、そういうのを好んでついいろいろ見てしまう私の見解では、日本ほど手間隙かけて世界の隅々を映像に捉えて電波に流している国は思い当たらない。最近NHKのドキュメンタリー編集者と知り合いになったのをきっかけに、過去のものも含めていろんな番組のDVDをシカゴに送ってもらって大事に少しずつ見ているのだが、どれもこれも実際自分がそこに赴いたって決して知ることができないような内容ばかりで見ていてひたすら驚くばかりなのだ。
 ドキュメンタリー番組以外にだって、世界の知られざる不思議な文化や習慣を紹介するような番組だとか、車窓の旅だとか、未開地の奥地の村落にまでタレントをホームステイさせてみるとか、日本にいると本当に飛行機に乗らなくたって世界各地の様々な様子、現地の人ですら知らなかったようなことを知ることができてしまうのだ。昨今の日本人は旅行意欲が以前ほど旺盛ではないと言うが、もしかするとそれはこんなメディアの影響も関与しているのではないかと思う。番組によってより外へ飛び出したい衝動が膨らむか、またはそれで満足してしまうか。視聴者の気持ちをはっきり区分させるのも日本の旅行番組の特徴かもしれない。私は明らかに前者なのだが。

このエッセイを読んでいると、ヤマザキさんの好奇心の強さと、物事に対して先入観を持たない姿勢がうかがわれます。
まあ、型にはまった考え方しかできない人には、「ローマ人が日本の風呂にタイムスリップしてくる話」は思いつかないでしょうけど。
ヤマザキさんって、もしずっと日本で生活していたら、「日本って閉鎖的でイヤだなあ」って言っていたのではないかなあ。
外から日本をみる立場になってみて、「日本の良さ」と「問題点」が、よりいっそうはっきり見えてきたのかもしれません。
「エリート留学生」ではなく、現地の普通の人たちのなかで生活してきただけに、ヤマザキさんの「日本観」は、けっこう外国人に近いような気もします。


 ブラジルの貧民街・ファベーラと呼ばれる集落の知人のところに遊びに行って、「無事帰ってきた」とき、ヤマザキさんは、ブラジル人の友人たちみんなに「あなたは猛烈にラッキーだ」と言われたそうです。
(ブラジルでは、ファベーラは犯罪の巣窟といわれていて、観光客はもちろん、現地の人ですら足を踏み入れようとはしないのです)

 正直世界のどこにでもファベーラと性質は違っても恐ろしい場所なんてものは存在し、そこに暮らす人はそれを無視し続けて生きて行くわけにはいかないのだ。
 今住んでいるシカゴだってサウスサイドと呼ばれる南の地域では毎日誰かが殺されているという。安全だと言われている私の暮らすダウンタンですら、歩道には数メーター置きに緊急時の警察への連絡用装置が取り付けられていて物々しい。イタリアでも南米一治安がいいと言われるキューバでもアジアのリゾートでも、私自身普通の場所で危険な目に遭った経験が何度かあるので、ブラジルだから犯罪国だと騒ぎたてるのも何となく納得がいかないし、自分の国である日本ですら、昨今では平和の仮面を被ったちょっとした犯罪国ではないかと私は思っている。
 普段は別にアメリカやブラジルのような拳銃やナイフで人を脅迫するようなダイナミックな危険に遭遇することはそんなにないけれども、精神バランスの崩壊が理由としか思えない犯罪は一向に減る雰囲気ではないし、特に外国に暮らしていると信じられないのは「オレオレ詐欺」など年輩者を狙った知能的犯罪の数々だ。
 このオレオレ詐欺の話を外国人にすると皆一様にびっくりする。いくら親が年を取っていても、息子じゃないということは声や喋り方の違いでわかるはずだ、というのが彼らの腑に落ちない理由なのだが、確かに毎日最低一回は息子と連絡を取り合っているうちのイタリアの実家(特に姑)にはどう考えてもオレオレ詐欺は通用しない。これはまさしく親子関係が疎遠になりがちな日本だから成立する犯罪であって、家族がしょっちゅう電話だ何だで繋がっているような国では絶対に有り得ない犯罪の一つだ。


 これを読んでいて、僕はボストンに行ったとき、「この地下鉄は、ここまでは安全。この駅から先は危ないから、観光客は絶対に乗らないように」と案内してくれた現地の人に言われたのを思い出しました。
 小心者の僕は、もちろんその言いつけ通りにしたのですが、日本で生活していると、「乗っているだけで危ない地下鉄」なんていうのは、非現実的に思えたんですよね。
 でも、それが「世界の現実」ではあるのです。
 ヤマザキさんの言葉はそんな僕にとって耳に痛いのと同時に、「勇気があるのか、無謀なのか……」とも感じました。
オレオレ詐欺にひっかかる日本の親子関係の薄さ」も悲しくなる話ではあるけれど、「オレオレ詐欺に引っかからないために、毎日親と連絡をとる煩わしさ」を選ぶ人は少ないでしょう。
 そもそも、「親や子どもと連絡をとることが煩わしい」と感じるほうがおかしいのかな……


 こんな人が、『テルマエ・ロマエ』を描いているのか、ということがよくわかりますし、ヤマザキさんほど現地の人に近い目線で日本をみてきた人の言葉は、けっして多くないと思います。
 『テルマエ・ロマエ』の「発想」に惹かれた人は、読んでみて損はしないんじゃないかな。

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