琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略 ☆☆☆


ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略

ベストセラー・ライトノベルのしくみ キャラクター小説の競争戦略

内容紹介
生徒会の一存』『バカとテストと召喚獣』『とらドラ!』『ゼロの使い魔』『とある魔術の禁書目録』『鋼殻のレギオス』そして『涼宮ハルヒの憂鬱』・・・・・・。 シリーズ累計で数百万部を売り上げ、いまもっとも読者を獲得しているジャンルであるライトノベルから、作品論、メディア論、顧客分析、競争環境分析を駆使して、市場で勝つ戦略までを解き明かす。 Amazonランキングで1位になったライトノベル作品を徹底分析。

『はがない』って、何のことだか、わかりますか?
正解は、ライトノベル僕は友達が少ない』。
これがわからない人は、この本を読むのは、ちょっとつらいかもしれません。

僕もこの本、タイトルに惹かれて読んでみたものの、やっぱり出てくる作品を全く読んだことがないと、ちょっと厳しかったかな……という印象です。
作品を読んでいないと、この本での「売れているライトノベル」についての分析が正しいのかどうか、全然わからないものなあ。

 大ヒットしているライトノベルには、共通する要素がある。
「楽しい」「ネタになる」「刺さる」「差別化要因がある」(他では読めないという固有性がある)という読者の四大ニーズを満たすこと。これらは読者側からの要求であり、これに応えなければならない。
 そして作家に必要な条件は、四大ニーズを満たす作品を素早く書ける「スピード」があること、この作品が書きたくてたまらないという「パッション」を持っていること、自身も「オタク」であること、である。

著者は、この本のなかで、Amazonで1位を獲得した作品を採り上げながら、「ライトノベルを大ヒットさせる要素」を分析していきます。
おそらく、個々の作品を読み込んでいる人にとっては、興味深い分析ではないかと思います。


この本を読んでいて、僕があらためて痛感したのは、「ライトノベルの読者=小説の読者ではない」ということでした。

 いまの10代は他の世代より本を読み、ゲームをやるが、他の世代よりテレビは見ないし、雑誌も読まない。
 この世代全体の傾向としてはこうだが、とくにオタクセグメントをくわしく追った定量データは入手できなかったため、以下、取材から得た印象に基づく定性分析で補ってみたい。
 たとえば10代のオタクが電車での移動時間や、家での暇つぶし、寝る前にすこし娯楽を消費する、といったシーンを考えてみよう。
 多くのオタクにとって、ライトノベルの代替品は文学やファンタジー、ミステリといった「小説」ではない。むしろアニメやマンガ、ゲーム、スマートフォンアプリ、ニコニコ動画やpixiv、モバゲーやGREEのようなウェブサービスソーシャルゲームなどといったエンターテインメント・コンテンツやコミュニケーション・ツールなどである。それらの脅威のほうが他の小説の脅威をはるかに上回っている。

ライトノベルの読者が求めているのは「ライトノベル」であって、「小説」ではない。
そして、「同じような体裁の文庫」を読んでいるからといって、ライトノベルの読者が、年を重ねていくことにより、小説を読むようになることは、そんなに多くはない。
そういう意味では、「ライトノベル」というのは、「小説の1ジャンル」ではなくて、あくまでも「ライトノベル」というジャンルであり、それは「ケータイ小説」に近いものなのかもしれません。
小説のような「辛気くささ」は、基本的には求められないのです。


ライトノベル」と「一般文芸」の越境について、著者はこんな見解を示しています。

 読者からしても、一般文芸のようなライトノベルを読むくらいなら一般文芸を読めばいいわけだし、ライトノベルのような一般文芸ならライトノベルを買えばいいわけです。ぬるい味のものをわざわざ求める必要があるでしょうか?ライトノベルであるとか一般文芸であるとかいうそれ自体、「両方の要素があります」ということ自体には、なんらの価値もありません。どっちつかずの作品は、どっちつかずであるがゆえに、どちらの読者からも支持されません。
 直木賞作家となった桜庭一樹でさえ、ライトノベル作家としgては『GOSICK』をのぞけば、ほとんどヒット作にめぐまれていませんでした。評価されヒットした「越境」作品は、『マルドゥック』にしろ『GOTH』にしろ、ライトノベル出身作家だとかいうことを抜きにしても、読むひとの心をつかむものでした――作品としての質が一般文芸の読者から評価されたわけです。
 さらにライトノベルと一般文芸の中間のような作品は、書店レベルで扱いに困るものでした。ほとんどの書店では、一般文芸とライトノベルの売り場は、分かれ、離れています。つまり、現場の担当者が違う。一般文芸ふうのライトノベルは、一般文芸のコーナーには、並びません。

ライトノベル作家が、直木賞を獲った」という桜庭一樹さんの事例は、エポックメイキングなことであり、どんどんライトノベル界から一般文芸に作家が流れてくるのではないか、と僕は予想していました。
 でも、そのパターンで成功したのは、桜庭さんと冲方丁さん、有川浩さんくらいで、逆にいえば、桜庭さんなどは、「もともとライトノベルでは、居心地が悪そうな作家」だったんですよね。


ライトノベルと一般文芸のどちらが上とか下とかいう話じゃなくて、同じような形態の「文庫」にみえても、それぞれの「専門性」みたいなものがあるようです。


この本の後半のマーケティングについては、興味深く読めたところもあるのですが、専門用語がけっこう出てきたりもして、けっこう難しい印象も受けました。
それでも、ライトノベルを売る側の「切実さ」みたいなものは、すごく伝わってきます。

 市場シェア約40%とトップを走る電撃文庫を刊行しているアスキーメディアワークスは、ここでも規模に由来する強みを利用している。書店に対して「電撃組」という、電撃文庫の売上上位店には販促物優遇や指数注文を可能にする制度を導入し、強いチャネル支配力をたもち、促進するしくみをつくっていると言われている。
 電撃組に入れない書店には取次から決まった配本しかなされず、欲しい数が手に入らない。店から発注したとしても、電撃組の店の注文が優先され、なかなか入ってこない。つまりこの制度は、売れる店はより売れるが、売れない店は相当がんばらないと電撃組に入れない。書籍全体では返本率の平均は約40%、文庫全体では40%を上回るという厳しい状況のなか、書店と出版社がWIN-WIN(お互いにメリットを享受できる)の関係になるための、効率性重視の戦略として機能していると言えるだろう。もっとも、ドル箱のコンテンツを多数抱えたレーベルでなければこれは機能しない。弱小ならば「売れるかどうかわからないが、とにかく置いてもらう」ことに始まるからである。

「勝ち組」が、そのスケールメリットを活かし、他の追随を許さない、それもまた「ライトノベルを売る側の現実」なのです。


考えてみると、この本は、「ライトノベルの熱心な読者であること」+「ライトノベルの売れる商品としてのマーケティングに興味があること」の両方の要素が含まれているわけで、ターゲットはかなり狭い層になりそうです。
というか、そういう人たちって、どのくらい存在するのだろうか?


正直、このジャンルにすごく興味がある人以外には、ちょっと敷居が高い内容ではありますが、ライトノベル好き、とくに、自分でも書いてみたいという気持ちがある人は、読んでみて損はしないと思います。
とはいえ、他人がつくった方程式に乗っかったからといって、必ずしも売れる作品が書けるとは限らないという点だけは、ライトノベルも一般文芸も同じなんじゃないか、という気はしますけど。

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