琥珀色の戯言

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セカンド・ラブ ☆☆☆


セカンド・ラブ (文春文庫)

セカンド・ラブ (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
イニシエーション・ラブ』の衝撃、ふたたび。1983年元旦、僕は春香と出会う。僕たちは幸せだった。春香とそっくりな女・美奈子が現れるまでは。良家の令嬢・春香と、パブで働く経験豊富な美奈子。うりふたつだが性格や生い立ちが違う二人。美奈子の正体は春香じゃないのか?そして、ほんとに僕が好きなのはどっちなんだろう。

乾くるみさんといえば、どうしても『イニシエーション・ラブ』を思い出してしまいます。
僕もあの作品を文庫で読みながら、「なんだこの甘ったるい恋愛小説は!」と憤っていたのですけど、その甘ったるさのなかに仕組まれていた「モテない男には見破れないトリック」に驚かされました。
タイトルにも、ちゃんと意味があるんですよね、『イニシエーション・ラブ』って。


そういう「実績」があるというのは、乾さんにとっては、作品を手に取ってもらいやすいのと同時に、読者のハードルが上がってしまうというマイナス面もあります。
この『セカンド・ラブ』の感想を読むと、『イニシエーション・ラブ』に比べると……という書き方がされているものが、けっこ目立ちましたし。


そもそも、『イニシエーション・ラブ』でああいうトリックを使ってしまった以上、読者は、その次の作品を、よりいっそう「注意深く読んでいる」はずです。
僕も冒頭から、「何か矛盾したところとか、読者をミスリードさせようとしているところはないかな……」と、すごく気合いを入れて読みました。
そんな読み方をされている時点で、やっぱり「閾値」は上がっているわけで、書く側も大変だろうなあ、と思います。
以前、『パーフェクト・ストレンジャー』という映画の「ラスト7分11秒に何かが起こる」という宣伝が話題になりましたが、観る側が「どんでん返しがあること前提」だと、なかなかそれを超える驚きって得られないですよね。
この『セカンド・ラブ』も、はじめて『イニシエーション・ラブ』を読んだときのように、「甘ったるい恋愛小説」として読んでいれば、最後に驚けたのかもしれないけれど。
正直、このオチは、読んでいて、あまり気持ちが良いものではなく、強引でもあり、伏線を作者が回収しきれなかったのか、僕が読みとれなかったのかわからない部分もあり、なんだかスッキリしないのも事実です。
いくらなんでも、それは登場人物が「気づく」のでは……と思う場面も少なからずありますし。
それにしても、乾さんの「童貞コンプレックス」とか「学歴コンプレックス」の描き方には、すごく鬱屈したものを感じるなあ……

「恋人がいるって言うんでしょ。でも魔性の女は、それでもいいって言うんです。自分は二番目でいいって。遊びでいいから、二番目の愛をくださいって。最初はそう言っておいて、でもいつの間にか、男の人の心の中で、気がついたら一番に成り上がってるんです。だから気をつけたほうがいいですよ――」

ところで、この作品を読んでいて思ったのは、「なぜ1980年代を舞台にしているのだろう?」ということでした。
あえて一昔前を舞台にしているのは、何かこの時代の歴史的な出来事とリンクしているのか?などと考えていたのですが、巻末の円堂都司昭さんの「解説」に、こんなことが書いてありました。

『ラブ』二作の舞台が80年代なのは、1963年生まれである作者自身が、登場する恋人たちと同じくこの時代に20代を過ごしており、当時の空気をよく知っているからだろう。だが、それ以上の理由として、恋愛小説であると同時にミステリ小説でもある物語を成立させるためには、携帯電話が普及していないこの時代が適していたということがあげられる。携帯電話、電子メール、スカイプなどの簡易、あるいは安価な連絡手段のなかった80年代の恋人たちは固定電話で所在を確認しあうしかなかった。帰宅が遅くなり、かかってきた電話に出られないこともしばしば。また、テレホンカードや小銭を十分用意しておかなければ公衆電話で長く話せない。そのような連絡の不便さ、いきちがいの起こりやすさが、恋愛小説でもありミステリ小説でもある奇妙なドラマの成立する条件となっている。

この作品でも、春香の電話に関する行動は、かなり不自然ではあるんですよね。
でも、「携帯電話や電子メールがない時代」だからこそ、なんとかギリギリ持ちこたえられている感じはするのです。
現代というのは、ミステリ作家にとっては、受難の時代なのかもしれません。
『硝子のハンマー』を読んでいて、携帯電話がある時代には、「密室」をつくりだすのも大変だなあ、と感じたのを思い出しました。


けっしてつまらない作品ではないのですが、期待しすぎると、ちょっとガッカリするかも。
とりあえず、『イニシエーション・ラブ』未読の方は、そちらから読むことをオススメします。

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