琥珀色の戯言

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【読書感想】あるキング ☆☆☆☆


あるキング (徳間文庫)

あるキング (徳間文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
弱小地方球団・仙醍キングスの熱烈なファンである両親のもとに生まれた山田王求。“王が求め、王に求められる”ようにと名づけられた一人の少年は、仙醍キングスに入団してチームを優勝に導く運命を背負い、野球選手になるべく育てられる。期待以上に王求の才能が飛び抜けていると知った両親は、さらに異常ともいえる情熱を彼にそそぐ。すべては「王」になるために―。人気作家の新たなるファンタジーワールド。

この『あるキング』、単行本が出たときから、伊坂作品としては「異質」で、「いまひとつ」などと言われていました。
実は僕もなんとなくスルーしてしまっていて、今回、文庫化を機にようやく手に取ってみたのです。


「野球好き、弱小球団ファン、伝記・歴史に興味がある」
この作品は、これらのうち、最低ひとつは当てはまらないと、あんまり楽しめないかもしれません。
カープファンの僕にとっては、「ああ、これは弱小球団にあらわれる『救世主』の物語なんだな!」と、冒頭の「チームを強くしようとしないワンマンオーナー」に憤りつつ(これは「5割で十分」と公言している、M田オーナーじゃないかと思った!)、ワクワクしながら読み始めたのです。
でも、伊坂さんは仙台だから、楽天がモデルなのかな、などと想像したりして。


しかしながら、この作品を読み進めていくと、伊坂さんが書きたかったのは「野球小説」ではなくて、「神話」なのだということがわかってきます。
夜の国のクーパー』も、そういう「神話をめざした話」でした。
たしかに、今の世の中で、日本人にとっての「神」というのは、芸能人かスポーツ選手しかありえないのかもしれません。
それにしても、このスーパー野球選手「山田王求」の物語の悲劇性は、読むのがけっこうつらくなってくるものでした。
そもそも、プロ野球選手を目指すのであれば、スキャンダルになるようなことは避けるのも「たしなみ」ではないかと思うのだけど……


柴田元幸さんの「解説」によると、この作品、他の伊坂作品と同様、連載時、単行本時、そして今回の文庫化の際に、大幅に加筆・改訂されているそうです。
シェイクスピアの『マクベス』がこの物語のモチーフなのですが、雑誌連載時には、『マクベス』という作品名は全く出てこなかったのだとか。
うーん、それはさすがに難しすぎるような……
実際に「難しい」という反応が多かったからこそ、今回の改稿では、『マクベス』について、かなり詳細にストーリーを追って説明しているんでしょうね。


この作品の冒頭に、『マクベス』の

 Fair is foul, and foul is fair.

という有名な言葉が出てきます。
多くの日本語訳では、

 きれいは汚い、汚いはきれい。

と訳されているのですが、伊坂さんは、この言葉の「ファール」と「フェア」にインスピレーションを得て、野球の世界で「選ばれし者の苦悩」を描いてみせました。

「だが、王求は本当に、望んだものを叶えてもらえるのか? 野球を一生懸命、練習すればするほど一人になり、試合では敬遠される」
「フェアはファウル。正しいことが喜ばれるとは限らない」
「個性を大事にしろと言われるが目立った人間は潰される」
「それが世の中の常だ。目くじらたてることではあるまい」
 それに、と黒い影がまた言う。「王求が多くを望めば、それが叶うと保証した覚えはないぞ」
「そうだ。王求が多くを望めば、多くの人間が救われるのだが」
「王求自身が幸福になるとは約束していない」

なんというか、「すっきりしない話」ではあるんですよ。
「何も悪いことをしていない、すぐれた人間」でさえ(いや「だからこそ」なのか?)、幸せににはなれない、という「伝記」だから。


でも、僕はこの作品、けっこう好きでした。
20年以上もBクラスのチームのファンには、「英雄」が必要だしね。

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