琥珀色の戯言

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【読書感想】検察崩壊 失われた正義 ☆☆☆☆


検察崩壊 失われた正義

検察崩壊 失われた正義

内容紹介
緊急対談! 「小沢事件」の中、東京地検特捜部で起きた虚偽公文書作成事件。
小川敏夫法務大臣石川知裕衆院議員、大坪弘道元特捜部長、八木啓代氏ら
注目の論者と共に、検察の嘘をすべて暴く。


6月27日の記者会見時、報道関係者・一部国会議員のみに配布され、最高検察庁
がいまだ一般市民への公開を拒否している、本事件の内部調査についての「最高
検報告書」、本事件の発端となった「田代報告書」も全文掲載!


読んでいて、僕は唖然としてしまいました。
「検察」って、こんなにひどい捏造とかをやってきたの?
もし自分が何かをしたら、こんな人たちに人生を左右されるのか……
というか、「何もしていなくても」犯罪行為をでっち上げられて社会的に抹殺されかねない……
もちろん、検察という組織のなかには、この本に出てくるような「保身のためには、どんなことでもやる」ような人たちばかりじゃないとは思うんですよ。
でも、これを読んで「検察への不信感」を抱かない人はいないはず。


陸山会事件」についてのニュースを聞いたとき、僕は正直「小沢さんも政治家で、あれだけ選挙に強い、集金力があると言われている人だから、叩けばホコリが出てもおかしくないだろうな」くらいのことを考えていたんですよね。
自分のそういう「先入観」を疑ってもみなかった。


ところが、「検察の公式発表を垂れ流すだけ」の大手メディアに対して、一部のジャーナリストたちが、この「陸山会事件」のあまりにおかしな「内幕」を告発しはじめたのを聞いて、その「実情」に驚かされました。


この本は、陸山会事件の「当事者」たちと弁護士の郷原信郎さんが直接対談したものです。
検察の田代検事の「記憶の混同」という、「そもそも、プロとしてそんな言い訳が通用するの?」という「こじつけ」を、組織ぐるみでバックアップする検察。
大阪の村木さんの事件では、「証拠の捏造」に関係した検事たちが起訴され、裁判の一審では有罪判決を受けているにもかかわらず、「陸山会事件」では、ひとりの検事が辞職に追い込まれたものの「不起訴処分」。


郷原さんと前法務大臣小川敏夫さんの対談の一部です。

郷原まず、今回の最高検の報告書をお読みになったと思いますが、全体としてどのようにお感じになりましたか・


小川:田代検事の「記憶の混同」で済ませるのが一貫した検察側の方針だとみていましたが、それで報告書を書き切れるのか、と思っていました。結局都合のいいところの言葉だけをつかみ出して、作っていますよね。


郷原常識的に考えると、この田代報告書と石川氏の取り調べ録音の反訳書とを比較してみれば、明らかに、全面的に違います。田代報告書で表現されているものが実態の取り調べと同じとはとうてい思えない。それくらい違います。
 小川さんもおっしゃっている通り、これを「記憶の混同」で説明するのはいくら屁理屈、詭弁を並べても不可能ではないか。しかし、一方で、どうも「記憶の混同」で押し通そうとする検察の方針は変わりそうもない。いったいどういう説明の仕方をするのだろうと思っていたのですが。


小川:こじつけと、都合のいいところだけの言葉をつかみ出して作っていますね。


(中略)


小川:過去の事件というのも、全部そうなんですよ。つまり、すべての証拠、資料は検察だけが持っている。捜査や取り調べの方法に何かおかしい点があるとか、証拠を見せろと言われても、それは捜査資料だから見せられません、とやる。事実も証拠もすべて自分のところだけに仕舞い込んでおいて、事実を知らない人間に対して、自分たちに都合のいいところだけ伝えて収めてきたんですね。
 だから、今回も検察はそういった姿勢をとったわけですが、取調べ状況の録音記録の反訳書という客観的な事実が世に出てしまったことが、これまでとは大きく異なる。だからこれまでのやり方で収めようと思っても、それができない。できないけど、そうせざるを得ないから、検察はこんなに苦しくなってしまっているんですね。

 この「陸山会事件」で検察の「こじつけ」の実態が明らかになったのは、取調べを受けた石川知裕衆院議員が、リスクをおかして、その模様を録音し、それを文字起こししたものが世に出たからでした。
 この「客観的な証拠」がなければ、石川議員は、言っていないことを言ったこととして扱われ、罪を問われていたのです。

 
 ちなみに、石川議員自身は、この録音という行為に積極的だったわけではなかったそうですが(基本的には「録音してはいけない」もののようです)、あの佐藤優さんと事情聴取前に食事をしたときに、「絶対に身を守るために録音機は持っていくべきだ、事実は明らかにして歴史にとっておくべきという意味でも持っていくべきだ」と言われたそうです。
 録音していることがバレたらどうなるのかわからず、怖かったという石川さん。

 嘘をつくということに、非常に抵抗があった。そうしたら、佐藤さんが「外交儀礼では相手がルール違反したらこっちがルール違反してもいい」と言ってきたんで、「ああそうですか」と言って、持っていくことにしたんです。言ってみれば、検察よりも佐藤さんの方が怖かったわけですよ。佐藤さんとの人間関係を壊す方が怖かった。あの大きい目でにらまれたら。

と語っておられます。
いやほんと、持つべき友はラスプーチン
実際、この録音がなければ、「密室での取調べ」の内実を明らかにするのは難しかったでしょうし、「石川さんが嘘をついている」と百戦錬磨の検察官たちに主張されたら、反証は難しかったのではないかと思います。
そして、一度こういう「事実」が明るみに出てしまえば、どんな事情聴取でも録音しておくべきだ、とみんなが考えるようになるはずです。


この本のなかにも出てきますが、一度失ってしまった信頼は、そう簡単に取り戻すことはできないのです。
起訴されれば、限りなく100%に近い確率で「有罪」になってしまうのが日本の現実なのに……


そして、この本のなかでは、検察そのものの問題点と同時に、メディアの問題についても採り上げられています。
「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」代表の八木啓代さんは、こう仰っておられます。

八木:メディアがあまり積極的に取り上げていないというのは事実です。しかし、一部の人が思っているように、この陸山会問題が、政治的意図のある国策捜査だから、上から報道に巨大な圧力がかかっているというよりは、むしろ、メディア自体が、一連の検察の捜査に乗っかるような形で、無批判な小沢バッシングを今まで繰り広げてきてしまったので、今さら引っ込みがつかないというか、今さら検察が間違っていたと断罪することは、メディアの在り方も間違っていたということを認めることにもなるので、素直に報道できないという部分があるようには感じます。

検察も、メディアも、大事なのは「自分たちの保身と面子」であるという点では、「同じ穴のムジナ」ということなのでしょう。
無実の人が罪を問われているというのに……


この本、巻末に問題の「最高検報告書」と「田代報告書」の全文も掲載されています。
対談の内容に関しては、法律用語などが多めで、僕にはちょっと読みにくいな、と感じるところもあったのですが、「検察のウソ」について当事者たちが率直に語っている貴重な本であることは間違いありません。


原発はもちろん日本の大問題だけど、検察もそれに負けないくらいの大問題です。
僕だって、いつお世話になるかわかんないからなあ。

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