なぜビジネスホテルは、一泊四千円でやっていけるのか(祥伝社新書295)
- 作者: 牧野知弘
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2012/10/01
- メディア: 新書
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日本で生まれて独自の発展を遂げたビジネスホテルは、なぜ拡大し続けるのか。サービスを競い合い、ライバルとの差別化を図るビジネスホテルの実態に迫るとともに、日本のホテルの現状を分析。秘められた企業努力を紹介する。【「TRC MARC」の商品解説】
僕はけっこうビジネスホテルに泊まるのが好きなので、この新書も興味深く読みました。
日頃けっこう「物を捨てられない、ゴチャゴチャした暮らし」をしているので、ビジネスホテルの、あのシンプルで静かな空間は、すごく新鮮に感じられるんですよね。
日本にはどのくらいの数のホテルや旅館が存在するのでしょうか。厚生労働省「衛生行政報告」の調査によれば、2010年で旅館は4万7000棟76万4000室、ホテルは9600棟約80万2000室が存在しています。統計が始まった1965年に旅館が6万7000棟60万8000室、ホテルが258棟2万4000室だったことから考えると、この45年間で旅館が棟数こそ減少したものの客室数で25%の増加。ホテルに至っては棟数で37倍、客室数でなんと33倍と急速に拡大していったマーケットであることがわかります。
僕はこれを読んで、「旅館って、まだそんなにあるのか!」と逆に驚いてしまいました。
ホテルには年に5〜6回くらいは泊まるけれど、いわゆる「旅館」に泊まる機会は、年に1回もないので。
実際の稼働数は、ホテルのほうが高いのかもしれませんが、少なくとも名目上は、まだ同じくらいの数があるんですね。
1990年代以降から、「仕事で宿泊する人たちや外国人向けのシンプルなサービスを格安で提供するビジネスホテル」が、東横インやアパホテルなどのグループを中心に増加しているそうです。
その一方で、外資系の有名ホテルグループも東京や大阪に進出してきています。
それにしても、最近のビジネスホテルは確かに安くなってきている印象があります。
これは、ネット予約の増加も影響しているようです。
そして、そのことは「ホテルにとって、サービスとは何か?」が問われるきっかけにもなっています。
ところが、おかしな現象も出てきました。
私があるホテルのコンサル業務を行ったときのことです。まだ宿泊したことのないホテルでしたので、フロントに直接電話をかけて予約を取ることにしました。電話での対応も試してみたかったのです。
ところが、電話に出たフロントの女性に予約したい旨を伝えると、意外な応答になりました。
「お客様、ネットでお申し込みになられたほうがお安くなっていますので、ネットをご利用くださいませ」
「あの、今電話で予約したいのですが、ダメなのですか?」
「いいえ、ダメということはありませんが、ネットが一番安いのでよろしいかと思いまして」
これは実に驚きました。ホテルにとって直接電話をかけてこられたお客様は一番「おいしい」お客様のはず。ネットであろうが代理店であろうが、ルートを通じて獲得したお客様の場合、必ず手数料が必要になります。ネットの場合、現在では10〜15%程度の手数料が生じます。
電話は従業員の時間と手間を取らせるのかもしれませんが、手数料を払うよりは安いはずです。ましてや昼間の忙しくない時間帯の電話だったのに、です。不思議に思った私は、
「電話で直接予約しているのだからネットのレートにしてくれたらよいのではないですか?」と意地悪く食い下がってみると、
「いえ、ダメです。決まりなので」。
ネットの利便性に安住するあまり、せっかく電話をかけて予約してきた上等のお客様をわざわざネット予約に回して手数料を支払う。おかしな話です。しかし、その後いくつかのホテルで同様の応対を受けるところをみると、どうやらベストレートはホテルに直接ではなく、ネット様のようです。
僕もちょっと驚きました。
最近ではネット予約ばかりで、直接ホテルに電話して予約する機会はないのですが、こんなことになっているのか、と。
もちろん全部のホテルがそうではないのでしょうが、著者は「いくつかのホテルで同様の応対を受けた」と書いていますから、このホテル特有の現象ではないようです。
「中抜き」されない分、直接電話してくれた人のほうが儲けは大きいと思うのですけどね、仮にネットと同額まで値下げしたとしても。
その儲けよりも、「全部ネットにしてしまったほうが、人件費がかからない」ということなのでしょうか。
そして、以前は「ネットで予約したんだけど、本当にだいじょうぶかな……」なんておっかなびっくりフロントに申し出ていたものですが、最近は、ネットのほうが一般的な時代になってきているのですね。
その一方で、「自動チェックイン機」の導入については、こんな話もあるようです。
あるホテルに私も(「自動チェックイン機」の導入を)提案したことがあったのですが、返ってきた答えは費用のことはともかく、
「お客様に失礼だ」
というものでした。
お客様は今やATM世代。おぼつかない手つきのアルバイトの作業にいらつくよりも、チェックイン機でスムーズに入館できることに価値を感じる時代になっています。
相変わらず人による作業が丁寧なサービスと思う、旧来の感覚から脱しきれないでいると、お客様の足を遠のかせることになります。
チェックイン機を導入したあるホテルでは、作業が軽減された時間を使ってお客様にお部屋や朝食、大浴場の案内を丁寧に行い、お客様と直接笑顔で接することで格段に評価を上げたホテルもあります。
費用の削減が新しいサービスを生んだ良い事例と言えるでしょう。
「チェックイン機」は、1台あたり600〜800万円、といったところだそうです。
雇用の問題などもありますし、「効率化」だけが正しいのかとは僕も思います。
とはいえ、たしかに「通常のビジネスホテル」であれば、「フロントでの笑顔のサービス」よりも「素早くチェックインできること」のほうが有難いですね、僕の場合は。
もともと「人にサービスされること」が苦手で、ガソリンもセルフ給油のスタンドを愛用している人間なので、標準的な感覚とは言えないかもしれませんが。
さきほどのネット予約の話とあわせて考えると、「サービス業にとっての、大事なサービスとは何か?」という概念が、かなり変わってきているのではないかな、と僕は感じました。
リッツカールトンやペニンシュラ、帝国ホテルで「チェックイン機」は味気ないかもしれませんが、「あんまり構わないでくれる」気楽さがビジネスホテルの良いところでもあるわけで。
この新書には、業界にずっと関わっている著者による「いま、おすすめのビジネスホテル」の紹介や、「持って帰ってもだいじょうぶなアメニティ」の話なども書かれています。
ビジネスホテル好きには、「ホテルに泊まった夜、寝る間にちょっと読んでみる一冊」としてちょうど良いのではないでしょうか。