琥珀色の戯言

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【読書感想】「独裁」入門 ☆☆☆


「独裁」入門 (集英社新書)

「独裁」入門 (集英社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
最近、著者の診察室を訪ねる初診患者の九割が、漠然とした不安感とイライラを訴える。経済大国の地位を失い、震災・原発事故に見舞われ、近隣諸国との摩擦も激化。将来への展望を失った国家を、不信と苛立ちに満ちた「民意」が覆っている。不寛容な大学生、言葉の真意によらず過剰反応するツイッターの世界、想像力の欠如したメディア報道など、様々な場面から日本の現状を考察。苛立つ「民意」をすくい取る嗅覚に優れた独裁型ヒーローの誕生に警鐘を鳴らす、今こそ必読の書。


うーむ、なんだかいろいろと「惜しい」本だなあ、と思いながら読みました。
いま、この本を出すと、「橋下批判の書」だと読まれてしまうでしょうし、実際、内容の3分の1くらいは、橋下さん絡みの話です。
でも、全体としては、「いまの日本を覆っている不安感と苛立ちの原因を分析した本」なんですよね。
たぶんこの本、「香山リカの言い訳」として、叩かれるのだろうけど。


正直、読んでいて、「香山さん、それはちょっと自分に都合がよすぎませんか?」と感じたところもかなりありました。
「橋下さんを診察もせずに診断した」と批判された経緯について、香山さんは、こういうふうに書いておられます。

 私の発言については、具体的に紹介したい。そのブックレットとは、市長選が告示されてから出版された『橋下主義(ハシズム)を許すな!』(内田樹香山リカ山口二郎薬師院仁志著、ビジネス社、2011)だ。私の発言箇所を引用してみよう。

 そういうためらいの部分が私たちが生きて行く中にはありますけども、橋下さんはそれを切って捨てて、さあどっち、丁か半か、みたいなことを迫ってくる。そういうやり方に対して、迷ったすえにやっぱりそっちが正しいんじゃないか、みたいなためらいを含んだ曖昧さではなく、バトルの構図の中でどっちを取るのかと迫ってくる方が、魅力的に見える。そういうふるまい方というのは、私たち精神科医からすると、ある種の危機や不安を抱いている病理のひとつの証拠だと思えてしまいます。
 というのは、私たち精神科医からみると、患者さんと呼ばれる人たちの中にも、往々にして黒か白かというような選択しかできないという状況に追いやられてしまうという人たちがいる。その人たちの多くは非常に不安な状況だったり、自分の価値観が一定しない。例えばひとつの病名をあげますと、ボーダーライン・パーソナリティー障害と言われる状況の人たちは、自分の周りの全てのことを白か黒かで判断してしまう。あるいはうつ病の中でもそういう傾向を持ってしまう人たちがいます。つまり黒か白かという判断しかできない人たちを見ると、私たちは、ああこの人自身が今かなり不安に心を占拠されてるんだなと、精神医学的な病理を感じてしまいます。

 私の話はこの後、「黒か白か」の二者択一を迫るリーダーを支持する有権者を生む社会の病理の分析に移っていく。
 実はこれは、選挙の告示前、平松氏(前大阪市長)を支援する目的で行われたふたつのイベントの記録をまとめたブックレットだ。

 ちなみに、「これ以外、選挙の前後で、香山さんが橋下さんに言及した出版物はない」そうです。
 これに対して、橋下さんは「一回も面談もしたことことがないのに僕のことを病気だと診断してたんですよ。そんな医者あるんですかね。患者と一度も接触せずに病名がわかるなんて、サイババか!」とツイートし、「香山バッシング」がはじまります。
 香山さんは、こう仰っています。

 ただ、先に引用した文章の中には、橋下さんって○○病ですよね」などと診断を下す箇所はないのは明らかだ。繰り返すことになるが、私が橋下氏について指摘したかったのは、橋本氏がどんなイシューに関してもまず「対立の構図」を作るということ、そこで「さあ、どっち」とばかりに二者択一を有権者に迫るというやり方を取るということ、そのふたつの姿勢だ。たしかにそれに続く箇所に、「(そういったリーダーが)魅力的に見える。そういうふるまい方というのは、私たち精神科医からすると、ある種の危険や不安を抱いている病理のひとつの証拠だと思えてしまいます」と述べているが、これは主に「黒か白か」と迫るリーダーを「魅力的だ」ととらえてしまう有権者のそのふるまい方が「危険や不安を抱いている病理のひとつの証拠だ」と言っているのであり、橋下氏を病気だと断定しているわけではない。
 もしかすると橋下氏はこの「病理」という単語に反応し、そしてさらに続く箇所、その「不安」があるとなぜ二者択一に飛びつきたくなるかを、「ボーダーライン・パーソナリティ障害」という精神医学用語を使って解説した部分を読んで、「自分は病気だと診断された」と理解したのではないだろうか。この部分にしても、橋本氏個人の診断のために、あえて精神医学用語を持ち出したわけではないのだ。

 この後、香山さんは「精神医学の応用領域として、歴史上に見られる特徴的な社会や過程、あるいはそこでキーパーソン的な役割を果たした人物について、精神医学的に分析を加えたり、ときには『この疾患におけるこういう病理があったと認められる』と踏み込んだ解釈を行うことがある」とも述べておられます。


 
 さて、ここまで読んで、どう思われたでしょうか?
 橋下さんの「香山リカは会ったこともない人間を病気と診断する」という橋下さんのツイートは知っていても、香山さんの発言内容を確認したことがある人は、そんなに多くないはずです。


 僕は、あれほど激しくバッシングされるようなものでもないかな、とは感じたんですよ。実際に読んでみると。
 でもね、香山さんはなんというか、「精神科医としての自分の価値基準」で語り過ぎているし、これを橋下さんが「自分を病気だと診断している」と解釈するのは致し方ないと思うのです。
 僕も何度も読み返してみましたが、橋下さん=「ボーダーライン・パーソナリティ障害」というふうに読まれても、文句は言えない文章ではないかと。
 そこらのオッサンが「あの人はビョーキだよ!』って飲み屋で批判するのとは訳が違う。
 「精神科医が、精神科の病名を口にすることの重さ」について、香山さんは、あまりに無自覚だったのではないでしょうか。
 自分の守備範囲では、日常的に使っている言葉なので、軽く考えがちなのかもしれませんが(そういう意味では、内科医や外科医にとっての「がん」という言葉なども、そういう存在なのかも)、精神医学の素人が「ボーダーライン・パーソナリティ障害」という言葉をぶつけられれば、「なんで会ったこともない精神科医に、そんな診断をつけられなきゃいけないんだ!』と怒るのは当然なのです。
 「ボーダー」って言葉、世間一般では、少なくともポジティブなイメージはありませんしね。
 そもそも、反対派の集会のパンフレットに書かれているものだし。


 香山さんは、もし今後も「橋下さんへの危惧」を一般の人たちに対して表明し続けていくつもりなのであれば、まず、「自分は精神科医だから、という特権意識」を捨てるところから始めないと、みんなには「伝わらない」と思うのです。
 いまの香山さんの言説からは「橋下さん嫌い!」しか伝わってこなくて、いろんな分析は「後付け」のように感じるし。


 香山さんが本来問題にしたいのは「『黒か白か』の二者択一を迫るリーダーを支持する有権者を生む社会の病理」なのだと思いますし、この本は、それについて語られています。
 坂本龍一さんの「たかが電気」という発言が、いかに切り取られて、坂本さんがバッシングされていったか、という話などは、読んでいて怖くなってしまいました。
 
 
 浅田彰さんは、2005年、小泉元首相が「郵政選挙」で圧勝した際に、こんなことを仰っていたそうです。

「『負け組』の弱者達は『勝ち組』に抵抗するどころか、小泉に与する事で自分も『勝ち組』に乗ったかの様な錯覚を覚えてる。結局は自分で自分の首を絞める事にしかならないのに」、「真の『強者』に抵抗するんじゃなくて、自分たちよりちょっと上の連中に嫉妬して引き下ろそうとする」。「高級官僚や六本木ヒルズ族を妬む以上に、雇用の安定した郵便局員なんかを妬んで、小泉の郵政民営化を支持した」。

 さて、郵政民営化は、国民を幸せにしたのでしょうか?
 少なくとも、郵便局員がちょっと不幸になったのは、間違いないと思いますが……


 香山さんは「おわりに」で、この新書のまとめを箇条書きにされています。

・短文形式のソーシャルメディアが流行し、そこでの情報を鵜呑みにする。
・誰かが名指ししてくれた「敵」を総攻撃する。
・意見が分かれるような問題に対して、「全面賛成」「全面反対」の二者択一を迫る。
・すべてをはっきりさせてくれそうなリーダーを待望し、その人に白紙委任しようとする。

 この新書の「視点」って、すごく大事だと思うんです。
 にもかかわらず、橋下vs香山、というアングルでしか読まれにくい本になってしまっているのが、すごく残念です。

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