琥珀色の戯言

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【読書感想】督促OL 修行日記 ☆☆☆☆


督促OL 修行日記

督促OL 修行日記

内容説明
「一時間に60本の電話がノルマ」「電話で怒鳴られるのは日常茶飯事・・」。
大学を卒業して入った会社で、著者は、いきなり借金を返さない人に督促の電話をかける部署に配属され、「督促OL」となった!
客からストーカーよばわりされたり、呪いをかけると恨まれたり、今から殺しにいくぞ・・と脅されたり、仕事を熱心にすればするほど、人から嫌われる仕事に心が折れそうになる日々・・。
もともと人見知りで、人に強く言えない性格の著者が、百選練磨の借金王の面々を相手に、毎日格闘し、ついには、2000億円の借金を回収する「スゴ腕 督促OL」に!
”日本一ストレスフルな職場”で、自分なりの得意分野を探しだし、モチベーションを維持する方法を見つけ、仕事に誇りを見出していくまでの、新人時代をエッセイとマンガでつづる。


著者は、この本の冒頭でこう書いています。

「いやいや、借りたお金を返すなんてあたりまえじゃないの?」


 そう思われるあなたは、本当に心の正しい人。世の中があなたのような人ばかりならどんなに良かったか……!
 でも、私が新卒で入社し配属されたキャッシング専門の督促部署、つまり借金をしてお金を返さない人たちへ、取り立ての電話をする部署では、おおよそ20%前後――5人に1人のお客さまが支払い日を過ぎてから入金をしていました。


「うるせぇ!! 俺の支払う日に支払うんだから黙ってまってりゃいいんだよ!」


「こんな人を煩わせるような仕事、しない方がいいと思いますよ!」


 電話をかければ、返ってくるのはこんな言葉のオンパレード。
「理不尽だー!!」と何度、女子トイレで壁を殴ったことか。でもそうやって嘆いていても残念ながらお金は返ってこないのです。たとえ暴言を吐かれようが、怒鳴られようが、耐えて、諦めずに、お客さまが「入金」してくれるその日まで、私は電話をかけ続けなければいけないのです。

 私の働くコールセンターでは、毎月必ず誰かしらが職場を去っていきます。結婚を目前にして心を病んでしまい、働けなくなってしまった男性がいました。自分の母親と同じくらいの年齢の電話オペレーターが、電話口で罵声を浴びせられ、ぽろぽろと涙を流している姿を、目の前で見てきました。

うわーこれはまさに「ブラック企業というか、ブラック部署だ……」と思いながら読み始めました。
カード会社に入社したら、「債務者」に対して、ひたすら電話をかけまくり、お金を回収するという部署に行くことになった著者の「修行日記」でもあり、「成長日記」でもあるこの本。
いつも「電話の向こう側」にいる人たちが、どんなことを考え、どんなふうに仕事をしているのかが、ユーモアを交じえながら描かれています。


僕自身は、「お金の督促」は受けたことはないのですけど、「ちょっと忘れていた」なんていうのは他人事ではありませんし、他の用事で某メーカーに電話したときなどは、相手の対応に苛立ち、声を荒げたりしたこともあったなあ、とか思いつつ。


でもこれ、あくまでも「電話で督促する」仕事なんですよね。
しかも、「カード会社のキャッシング部門」ですから、超ブラックなお客さんの割合は少なめのはず。
コールセンターでこんなに厳しい仕事なのだから、相手の家に出向いて債権回収というのは、もっとキツイんだろうなあ……


この本のなかで、著者は「債権回収」という仕事のなかで、いろんな「気づき」を得ていきます。
著者の「『お金返して!』と言わずに、お金を回収するテクニック」。

 うーん……、どうしたら相手を怒らせず、気まずい雰囲気にならずにお金を返してほしいって言えるのかなぁ、そんなことを考えていたある日のこと、私はたまたま読んでいた論理学の本にこんな一文を見つけた。


「人間の脳は疑問を投げかけられると、無意識にその回答を考えはじめる」


 これだ! 「お金を返してください」とこちらの要求を押しつけても、相手の反発や怒りを誘う。だったら「入金できる日はいつ?」という質問を投げかけて、脳に回答を考えてもらうようにすれば、罵倒されずにすむかもしれない!


「お客さま、いつでしたらご入金いただくことが可能でしょうか?」
 督促をする時にこうして質問形式にして切りだすと、相手の脳は「えっと……○月○日に給料が出るから、その翌日だったら大丈夫かな」と考え出す。そして、
「×月△日なら払えると思うけど……」


 と答えてくれる。日にちを聞きだしてしまえば、後はこちらのものだ。


「それでは来週の木曜日にご入金お待ちしています!」と念を押して自動的に入金の約束を取り付けてしまえばいい。「お金を返してほしい」とストレートに聞くのは角が立つけど「いつだったら大丈夫ですか?」と日にちを聞けば相手にいやな思いをさせずにお金を回収することができる。


(中略)


「お金を返して」と言うのではなく「何日に払える?」と尋ねる。日にちがわからないと言われたら「いくらだったら払える?」と質問を変えてみる。これで、相手との雰囲気を悪くすることなく入金の催促をすることができる。


 私の友人に仲間内の飲み会の幹事を引き受けてくれる優しい女の子がいる。彼女はいつもお会計を引き受けているのだが、中には酔ってそのままお金を払わずに帰ってしまう人たちがいて、後日「飲み代を払ってほしい」と言い出せず自腹を切ってしまうこともあったそうだ。そこでこの2つの方法を伝えたところ、ずっと楽に連絡できるようになり、今では100%回収しているらしい。

 たしかに、貸した側からしても、相手が友人・知人であればなおさら、「お金を返してほしい」とは言いづらいものですよね。
 でも、「何日に払える?」だったら、少し言い出しやすくなるような気がします。
 まあ、大事な人とは、お金のやりとりはなるべく避けたほうが無難、ではありますけどね。


 この本のなかでは、「お金を返してもらうためのテクニック」に限らず、「頼みにくいことを頼むとき」「事を荒立てずに断るとき」などの話もでてきます。
 「お金を返してもらうための交渉」というのは、ある意味(少なくとも、恋愛がらみのものを除けば)、「もっともこじれやすい交渉」ですから、そこで編み出されたテクニックは、いろんな状況で応用できるのです。
 「自分に自信がなく、キャッチセールスを断るのも苦手だった」と著者は書いているのですが、だからこそ、「人柄とか相性に頼らない交渉術」みたいなものを考え抜いたのです。


「嫌われる仕事」ではあるけれど、やはり、貸したお金は、返してもらわないわけにはいかないし、誰かがそれをやらなくてはいけません。
 しかし、世の中には「借りたのはそっちのほうなのに……」という人は、本当に多いみたいです。


 この本を読んでいて、いちばん考えさせられたのは、「こんな嫌われる仕事の存在意義」の話でした。


 著者は、先輩から聞いたというこんな話を紹介しています。

 以前、まだカード会社の店舗が街中にあって、お店でお金の貸付や返済を受け付けていた時代の出来事。
 お店に一人のお客さまがやってきた。まだ昼間なのにひどくお酒を飲んでいたそうだ。
 お客さまは融資をしてほしいと希望したが、借りているお金の支払いを延滞していたので、新しくお金を貸すことができなかった。店舗の社員がそのことを告げると、お客さまはお店の中で暴れて散々怒鳴り散らして店舗から出ていった。


 しばらくするとお店の外が騒がしくなった。店舗を出て階段を下ったところで、さっきのお客さまが意識を失って倒れているというのだ。
 慌てて社員が出ていくとお客さまの傍らにワンカップが転がっている。酔っ払って転んだのか、急性アルコール中毒かもしれない。とにかくすぐに救急車を呼ぶことにした。


 ところが、救急車は来てくれなかった。


 どういういきさつでその男性の素性がバレたのかわからないが、その男性は救急車で担ぎ込まれては病院代や医療費を踏み倒す常習犯だったらしい。今回救急車で運んでもまたその費用を踏み倒されるのは明白で、その時店舗があった市内の病院は、結局どこもその男性を受け入れてくれなかったらしい。
 しかたなく先輩たちは男性をかついで少し歩き、その行政区の境目を超えたあたりで隣の市の病院の救急車を呼んで男性を搬送してもらった。


「信用を失うということは命を失うということに等しい。信用のない人は救急車だって助けてくれないんだ」


 救急車で運ばれていくお客さまを見て、先輩はそう思ったそうだ。

 このエピソードに関しては、「隣りの市の救急隊や病院に丸投げすれば済む問題ではないのでは……」とも思うのですが、このカード会社の人たちにも、どうしようもなかったでしょうしね……


 いまの世の中で、お金っていうのは、もっともわかりやすい「信用」なんですよね。
「いま、金がないんだから(払いたくないから)、ないものは返せない」
 それで、もしかしたら、お金は失わずに済むのかもしれません。
 でも、それによって失うものは、あとでいくらお金を払っても、買い戻せないものばかりです。


 正直、あまり縁が無いにこしたことはない仕事だとは思いますし、なるべく電話でお話もしたくないのですが、こういう仕事があって、そこで働いている人もいることを知るのは、なんだかすごく面白かったです。


 「やりたくない部署にいる」人や、「自分がブラック企業で働いているのではないか」と思う人は、一度読んでみて損はしないんじゃないかな。
 でも、こういう仕事には向き不向きもあると思うから、「ご利用は計画的に」。
(あれを見るたびに「計画的に利用するような人は、最初から借りないだろ!」とツッコミたくなります……)

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