琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

終の信託 ☆☆☆



あらすじ: 同じ職場の医師・高井(浅野忠信)との不倫に傷つき、自殺未遂を図った呼吸器内科医の折井綾乃(草刈民代)。沈んだ日々を送っていた彼女は、重度のぜんそくで入退院を繰り返す江木秦三(役所広司)の優しさに触れて癒やされる。だんだんと距離が近づき、お互いに思いを寄せるようになる二人だったが、江木の症状は悪くなる一方。死期を悟った彼は、もしもの時は延命治療をせずに楽に死なせてほしいと綾乃に強く訴える。それから2か月後、心肺停止状態に陥った江木を前にして、綾乃は彼との約束か、医師としての努めを果たすか、激しく葛藤する。

参考リンク:映画『終の信託』公式サイト


 2012年32本目の映画館での鑑賞作品。
 月曜日のレイトショーで、観客は僕も含めて3人でした。


 うーん、なんだか久々に「観ていて不快な映画」でした。
 『プライベート・ライアン』の冒頭のように残酷なシーンが続くわけでもなく(ひとつだけ、「観ていて居たたまれなくなるシーン」があるのですが、存在意義がよくわからないというか、観客をとてつもなく居たたまれない気分にさせるだけなんじゃないか、という感じでした)、『ツリー・オブ・ライフ』のようにストーリーが難解なわけでもないのですが……

 
 いやほんと観ていて何度も腕時計に目をやりましたし、1時間経過したくらいから「もう観てられないなこれ、席を蹴っ飛ばして帰ろうかな」と悩んだんですよ。
 草刈さんと大沢さんが演じた検察官とのやりとりは、緊迫していたというよりは、なんか「どっちもどっちだな」とひたすら暗い気分で観ていたのですが、とりあえず、周防正行監督は、日本の検察制度の問題を、とにかく強く訴えたいんだなあ、ということだけは伝わってきました。


 率直に言うと、これを観ているとき、「周防監督、やっちまったなぁ」「男は黙って、『駄作』」と僕の心のなかで、クールポコがちょっと懐かしいネタをやっていたんですよね。
 あの「名作メーカー」の周防監督が、なんでこんな隙だらけの映画をつくってしまったんだ?とわけがわからなくて。
 でも、観終えてから考えてみると、そういう「隙」って、周防監督はすべて承知の上で、こんなザラザラとした不快な映画を撮って、問題提起をしてみせたのかな、とも思うんですよ。
「人間は、医者も患者も家族も検察官も、ドラマの脚本のように完璧じゃないんだ。だからこそ、そういう現実のなかで、どうしていくか考えなければならないんだ」
 うーん、これは僕の好意的な解釈なのかもしれません。
 泣ける「尊厳死ラブロマンス」のつもり……ではないと思うんですけどね。
 だって、『それでもボクはやってない』でも、主人公が本当にやったかやってないかは、最後まで描かなかった人ですからね、周防監督。


 それでも、この映画は、あまりにもツッコミどころが多すぎるのは事実です。
 というわけで、以下は久々にネタバレ感想。


 その前にひと言、「人間の死をめぐる荘厳なドラマ」を期待してこの映画を観にいくと、本当に腹が立つ可能性が高いので、お気をつけください。
 それでは、ネタバレ感想でお会いしましょう。
 ただ、この映画の場合、「ネタバレを読む前に、映画を観てください」と言えるほどの「オススメ」ではありませんので念のため。


 以下はネタバレ感想です。


さあ、ここからは自由に書きますよ。
 僕はこの映画を観ながら、自分だったら、『死ぬ死ぬ自己陶酔男と不倫大好き自己中女』ってタイトルにするな、とか、ずっと考えていました。
 そんなことでも考えないと、なんか画面をみているのがつらくって。
 いや、「感動で涙が出て、とか残酷で見ちゃいられない」っていうのではなく、「バカバカしくて、つきあっていられない」。
 もうなんというか、折井先生しょうもなさすぎ。
 いきなり同僚の医者と不倫、しかもその不倫男が(奥さんとは別の)若い女と海外の学会に出かけていくのを見て精神的に参ってしまい、当直中に「体調が悪いから休む」と同僚に仕事を押し付けた挙句に当直室で、睡眠薬+酒=自殺未遂。
 人間いろいろありますよ、そりゃ。
 医療の仕事って、精神的・肉体的につらいときでも、逃げられないところはあるし、それは本当は問題なのだと思う。
 でもさ、いくらなんでも、当直中に当直医の仕事増やすなよ、と言いたい。
 しかも、お前は不倫相手の奥さんのことを考えたことがあるのか?と。
 この折井先生の姿勢は、役所広司演じる患者に対しても貫かれ、折井先生の「愛をひっかける釘」になってしまったばかりに、江木さん本人はともかく、家族も病院も大迷惑。
 そもそも、自分が好きな患者だから、感情移入しまくり、リクエストに誠実に答えてあげるというのはどうなのか。
「延命治療はしない」という選択肢は、臨床上当然あるのだけれど、あんな圧迫感満載の家族説明じゃ不審に思われるのは当然だし、抜管したときにあれだけ苦しがって体が動くというのは、「脳死」や「いわゆる植物状態」でもないでしょう。
 ところが、江木さんが暴れだしたのをみて動転し、そこにセルシンや、呼吸抑制をおこす鎮痛剤・ドルミカムを大量に注射し、「とどめ」をさす医者。
 脳浮腫もおこっていて、自発呼吸はかろうじてあるけれど……という状態では、確かに「予後は厳しい」のは間違いありません。
 でも、そういう状況のときに、「残される家族に心残りが少ないようにしておく」のが主治医としてのマネージメント能力だと思います。
 もちろん、「ここまでやったのに……」と医療側が思うくらい手を尽くしたのに、うまく伝わらない事例というのも、少なくはないのですけど。
 「本人の意思」だというのは、医者が患者をさしおいて主張すべき事柄ではありません。
 そんなのは無責任だ、と言うのかもしれないけれど、折井先生も、すべての患者に対して、そんな「責任」をとっているわけではなく、「特別な感情を抱いている人だけ」ですからね。


 だいたい、折井先生がやるべきだったことは、江木さんの「安楽死」云々を考える前に、ちゃんと説得してステロイドを内服してもらうことだったはず。
 そして、江木さんのほうも「ほとんど薬は飲んでないんです」って、治療する気もないのに病院に来て、「死ぬ死ぬ」って、なんなんだそれは。
 そんな話のダシにされた妹さんも浮かばれないよ。

 
 折井先生、「自分が睡眠薬で自殺未遂したときにきつかったから」って、過剰な共感をする前に、治療する方法を考えましょうよ。


「医者も人間」だし、過大な期待をされてはつらい。
 とはいえ、さすがにこの医者と患者の「高瀬舟ごっこ」には、つきあいきれないとしか言いようがありませんでした。
 大沢たかおの検事も、高圧的な態度はものすごく不快なんだけれども、監督が想定しているほどには、観客は腹を立てないと思います。
「まあ、この思い込みが強すぎる医者も、けっこう問題だしなあ」って。


 個人的にいちばんみていてつらかったのは、満州で撃たれて出血死した小さな女の子の話でした。
 ああいう状況は、戦場、あるいはそれに準じる場所では、少なからずあったはず。
「子守唄を歌うくらいしかできない。早く安らかに眠ってくれることを願うしかない」
 もし自分の子供がああなったら、と思うと、本当にいたたまれない。
 だからこそ、それだけに、あのオッサンが、ステロイドの副作用が怖いとか言って、あれだけの発作の後もまともに薬も飲まずに、「いつかあの満州に行けそうな気がするんです」とか言っているのを見ると、不快極まりなくて。
「お前が生きている今日は、昨日死んだ誰かが必死に生きたかった明日なんだ」って言葉を投げつけてやりたい。


 いやほんと、不快な映画でした。
 ただ、周防正行監督は、この隙だらけの登用人物たちのドラマを、あえて不快に撮ったのかもしれない、という気もするのです。
 これまでの作品では、「計算しつくしていた」監督だから。


「完璧な医者と従順な患者による尊厳死の問題」の映画だと、結局のところ、観客は「感動して、泣いて、あーすっきりした!」で終わってしまう。
 それでは、問題提起にはならないのかもしれない。
 だからこそ、僕をこれだけ苛立たせるような「不完全な、しょうもない人間たちの過剰な善意と感情移入で起こった、苦い死にかた」を、あえて描いてみせたのかな、とも考えてしまうんですよね。
「人間って、所詮こんなものですけど、『尊厳死』とか語ってもいいんですかね?」って。


 たしかに、「人間って、そんなに完璧にはなれない」。
 しかしながら、いきなりこんな「好きになれない登場人物ばかりの映画」を投げつけられても、「何じゃこりゃ?」としか思えない。


 ユーモアもなければ、カタルシスもなく、「主人公ふたりのダダ漏れナルシズム」を140分も見せられるのは、苦痛以外の何物でもありませんでした。
(あっ、そういえば冒頭の「濡れ場」だけは笑えました。昭和のロマンポルノ?って感じで(ロマンポルノ本当は観たことないですすみません)。あのシーン、いまどきそんなところでするヤツいるかよ!ってツッコミ待ちで、「笑い」を狙ったんですよね?そうじゃなかったとしたら、誰得?)


 うーん、僕にとっては、何かをこじらせすぎてしまった映画のようにしか思えなかった……せっかくの周防監督の新作なんだけど……

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