日本の国境問題 尖閣・竹島・北方領土 (ちくま新書 905)
- 作者: 孫崎享
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2011/05/11
- メディア: 単行本
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内容(「BOOK」データベースより)
海に囲まれた島国・日本にあっても、周辺には解決が困難な国境問題を抱えている。尖閣・竹島・北方領土。領土は魔物である。それが目を覚ますと、ナショナリズムが燃え上がる。経済的不利益に、自国の歴史を冒涜されたという思いも重なり、一触即発の事態に発展しやすい。突き詰めれば、戦争はほぼすべて領土問題に端を発する―。中ソ国境紛争やイラン・イラク戦争の現場に外交官として赴任、情報収集にあたり、その後、防衛大学校教授として日本の安全保障を研究・分析した外交と国防の大家が論点を腑分け。平和国家・日本の国益に適った戦略を明かす。
大活躍中の孫崎享さんの新書。
僕はこの領土問題については、ほとんど知識がなくて、ネットなどで「中国や韓国が理不尽な訴えを繰り返し、日本を恫喝しつづけている」と考えていました。
だからといって、「戦争をしてでも、尖閣諸島や竹島を守れ!」というほどの熱い気持ちもなく、「とりあえず、戦争にならずに、丸く収まってくれればいいなあ」というのが本心ではあります。
孫崎さんの著書『戦後史の正体』などを少し読んでみて、「国際政治の世界というのは、本当にこんなに陰謀まみれなのだろうか?」と感じたところもあって、この新書も「日本側の主張の正しさ」+「中国、韓国、アメリカ、ロシアの陰謀」みたいな話なのかと勝手に予想していました。
しかしながら、読んでみると、孫崎さん自身の外交官としての経験を踏まえて、尖閣諸島、竹島、北方領土などの「日本の領土問題」がわかりやすく、かつ「外交のルール」を説明しながら書かれていて、かなり勉強になりました。
Amazonのレビューをみていると、細かい記述に関して、異議を表明している人も多いのですが、この新書を読むと、いままで「日本側」からしか、この問題をみてこなかったのだなあ、と思い知らされました。
相手国の主張は「強引な解釈」だと思っていたし、確かにそういうものもあるのだけれども、たしかに「向こうには向こうの言い分がある」のです。
そして、こういう問題は、一度争いが始まると、「面子の問題」もでてきて、お互いに負けるわけにはいかなくなり、泥沼化してしまう。
著者は、この新書のなかで、先人の知恵を紹介しています。
それは「棚上げ」という考え方です。
日中平和友好条約の交渉の際、1978年に当時の〓小平・国家副主席と園田外務大臣のあいだで、こんなやりとりがあったそうです(
園田直『世界日本愛』(第三政経研究会)より、園田元外務大臣の話。
「〓副主席との会談で一番苦労したのは尖閣諸島の領有権の問題を何時のタイミングで言い出すかという一点だけでした。尖閣諸島については今度の話合いの中では持ち出すべきではないというのが、私の基本的な考えでした。
何故かと言えば、尖閣諸島は昔から日本の領土で、すでに実行支配を行っている。それをあえて日本のものだと言えば、中国も体面上領有権を主張せざるをえない。
勇を鼓して尖閣諸島は古来我が国のものでこの前のような”偶発事故”を起こしてもらっては困るとこう言ったんだ。
〓小平はにこにこ笑って”この前のは偶発事故だ。もう絶対やらん”とね。
もう私はその時天に祈るような気持ちで気が気じゃない。万が一にも〓小平の口から”日本のものだ”とか”中国のもんだ”なんて言葉が飛び出せばおしまいですからね。
そしたら”今までどおり20年でも30年でも放っておけ”と言う。言葉を返せば、日本が実行支配しているのだから、そのままにしておけばいいと言うのです。でそれを淡々と言うからもう堪りかねて〓さんの両肩をグッと押さえて”閣下、もうそれ以上いわんで下さい”人が見ていなければ〓さんに”有り難う”と言いたいところでした」
この”偶発事故”というのは、1978年4月に、中国漁船140隻が尖閣諸島周辺に集結し、約10隻が日本の領海内に侵入してきた事件を指します。
現在、日本では「棚上げ」なんてしていない!という立場の政治家が多いようですが、僕はこういう解決法が「政治」であり、「処世の知恵」なのではないか、とも思うんですよね。
領土問題には、当事国それぞれの主張もあり、面子もある。
触れれば絶対に爆発する領土問題に関しては、「とりあえずそれには触れないで、お互いの国の交流や経済協力を進めていったほうが、メリットが大きいですよ」というスタンスも「あり」なんですよね。
もっとも、こういうやり方が、子孫に「宿題」を遺してしまったとも言えるし、そもそも、1978年の時点では、日本の経済力が中国よりも圧倒的に上だったため、中国側としても「日本との関係改善を優先せざるをえなかった」という面もあるのですけど。
いまは、中国も自信をつけて、強気に出やすい立場にあるのは事実です。
でも、この本を読んだかぎりでは、中国は「本気で尖閣諸島を占領しようと思っているわけではない」ように思われますし、資源問題などについては個々に検討しながら「棚上げを続ける」道を模索するのが、両国にとっては、落としどころなのかもしれません。
もちろん、理不尽な「侵略」には戦わなければならない場合も出てくるとは思います。
しかしながら、尖閣諸島のために、日本と中国が全面戦争なんていうのは、割に合いません。
それが可能であれば、現状維持のほうが、得策なような気がするんですよ。
この新書を読んでいて「北方領土」についても、あらためて知ったことがありました。
北方四島は、「日本固有の領土を、終戦のドサクサにまぎれて、ソ連が占領しつづけている」と思っていたのですが、終戦からサンフランシスコ平和条約の流れのなかで、「千島列島の領有権放棄」が合意されています。
日本は「国後、択捉はその『千島列島』に含まれない」という主張をしているのですが、他国からみれば「ちょっと苦しい言い分」に見えるのではないかという気がします。
しかも、北方領土の「四島返還」については、日本にも「歯舞、色丹の返還で納得しよう」という政治家がいたにもかかわらず、当時冷戦状態にあったアメリカの横槍によって、「四島返還論」が利用され、日本とソ連を「分断」する材料とされました。
日本は、戦後ずっと「四島返還」にこだわっていたわけではないのです。
この日ソ国交回復交渉に米国は大きい影響を与えた。『二島返還やむなし』として解決を図ろうとする日本側に強い圧力をかけている。
重光外相はこのモスクワでの会談の後、スエズ運河に関する国際会議の政府代表としてロンドンに行く。ここでダレス長官を訪問して、日ソ交渉の経過を説明した。この会談の模様を再度、『モスクワにかける虹』から見てみたい。
「(1956年)8月19日に、重光葵外相(この時、日ソ平和条約の日本側全権を兼任)はダレス長官を訪問して、日ソ交渉の経過を説明した。ダレス長官は、”千島列島をソ連の帰属にすることは、サンフランシスコ条約でも決まっていない。従って日本側がソ連案を受諾することは、日本はサンフランシスコ条約以上のことを認めることとなる。かかる場合は同条約第26条が作用して、米国も沖縄の併合を主張しうる立場に立つわけである”という趣旨のことを述べた。
重光外相はホテルに帰ってくると私を呼び入れて、やや青ざめた顔をして”ダレスは全くひどいことをいう。もし日本が国後、択捉をソ連に帰属せしめたら、沖縄を米国の領土とするということを言った”とすこぶる興奮した顔つきで話してくれた」
これはもう「恫喝」ですよね。
ここまで言われたら、日本としても「四島返還」を主張するしかなくなります。
少なくとも、アメリカにはアメリカの利益があって、日本のために善意で血を流してくれるわけではありません。
それは、忘れてはならないと思います。
今後、アメリカとの友好関係を続けていくためにも。
北方領土については、日本とロシアの間では、現在も「問題」になっています。
尖閣諸島の場合は「棚上げにして、両国の友好をすすめる」ことができたけれど、北方領土は「日本とソ連、ロシアとの関係が深まらない要因のひとつ」となってしまったのです。
著者は、この新書のなかで、こう書いています。
本書第一章では、1969年の中ソ国境紛争を見た。中ソ双方が珍宝島をめぐり軍事衝突を行い、何十万という中ソ双方の軍が臨戦態勢に入った。核戦争の危険すらあった。「ソ連の核ミサイル部隊が警戒態勢に入った」と報じられ、中国はすぐに反応、北京放送が「核戦争も辞さず」と報じた。だが今日、中国人でもロシア人でも「珍宝島が中ソ間の戦争を行ってまで守らなければならない価値がある」と述べる人はいないであろう。
同じく第一章では、イラン・イラク間でシャトルアラブ川の国境線が川の中央か、川岸にあるべきかをめぐり戦争をし、イラン側死者約30万人、イラク側16万から24万人の犠牲者を出したのを見た。ここでもまた、今日のイラン人やイラク人で、シャトルアラブ川の国境問題で自国の正義を貫くため、これだけの規模の犠牲を払ってよいと断ずる人はいないであろう。
事件当時、「いかなる犠牲を払っても領土を守るため戦うべきだ」という考えが強くても、第三者的立場になり、あるいは事件から遠ざかるにつれ、熱狂はさめる。
逆に言えば、「冷静になって考えれば、割に合わないようなことも、熱狂するとやってしまうのが人間」です。
領土問題というのは、本当に「熱しやすい材料」なんですよね。
領土問題で弱気な立場をみせると、その政治家の「政治生命」にかかわってきます。
引いたら負け、のチキンレース。
某韓国の大統領のように「領土問題を、自分の政治家としての人気取りに利用する」人もいます。
そういえば、日本にもそんな政治家が少なからずいるような……
その結果、戦争になって、多くの人が犠牲になって、得られるものは?
著者は、軍事力を紛争解決の手段には使えない日本にとっての「領土を守るための外交の大切さ」を訴えています。
力で勝負できないのであれば、知恵を磨くしかない。
ナショナリズムの熱狂に自分自身を焼き尽くされながら、「こんなはずじゃなかった……」って嘆いても手遅れなのだから。