
監督・選手が変わってもなぜ強い? 北海道日本ハムファイターズのチーム戦略 (光文社新書)
- 作者: 藤井純一
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2012/11/16
- メディア: 新書
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出版社からのコメント
ビジョンと組織改革、
スカウティングと育成、
地域密着とファンサービス第一。
◎ファイターズの強さと健全経営の秘密を、前球団社長自ら細かに解説。
現場発、最強のスポーツビジネス論。
◎評論家が誰一人予想できなかったファイターズのリーグ優勝(2012年)。ダルビッシュが抜け、コーチ経験もない新人の栗山監督のもとで、なぜ勝てたのか?
また、北海道移転以降、監督や選手が変わっても、毎年のように優勝争いに絡めるのはなぜか?(7年間で4回の優勝)
集客が大幅に増え、女性客の割合が55%に達し、試合中継が道内で抜群の視聴率を誇るのはなぜか?
ファイターズ前球団社長である著者が、話題の「ベースボール・オペレーション・システム(BOS)」のことも含め、すべてを細かに解説する。そこにあったのは、明確なビジョンと、それに基づいたドラスティックな組織改革だった。
現場発、最強のスポーツビジネス論。
「北海道日本ハムファイターズは、なぜこんなに強いのか?」
広島カープファンの僕にとっては、同じ地方球団で、巨人や阪神やソフトバンクほど親会社が大量の資金を投下しているわけでもない日本ハムが、毎年のように優勝争いをしていることに憧ずにはいられないのです。
多くの主力がFAで抜けながらも、優勝争いに絡み続けている日本ハム。
去年は不動のエース、ダルビッシュ有投手がテキサス・レンジャーズに移籍し、今シーズンはさすがに苦しいだろうなあ、と思いきや、栗山新監督のもと、見事にパリーグを制し、日本シリーズでも巨人相手に健闘しました。
うーむ、カープと何が違うんだろうなあ。
この本は、大部分が「日本ハムファイターズは、どうやってお金を稼いでいるのか?」について書かれています。
観客は、ただ野球の試合をやっているだけでは、なかなか球場に足を運んでくれない。
「行きたくても、球場の環境を考えると、なかなか行けない」という人も少なくありません。
たとえば、ファイターズの試合は、女性や子どもの来場者が多いのが特徴です。そこには一般的な成人男性の要望とは違ったものがありますので、女性や子どもが求めるものを満たしたチケットを用意する必要があります。
そこで、女性客のために、シンデレラシートといわれる特別シートを開発しました。
これは女性ファンからの「球場に行きたいけれど、席が狭くて動きがとれない」という声に応える形で誕生したシートです。女性に、ゆったりと優雅にご観戦いただけるよう、なんとお一人様に「2席」のシートを確保しています。
つまり”もう1席”使い道自由な席があるというわけです。
女性は男性のように、いつも身軽でいられるわけではありません。化粧品を入れておくポーチなどの小物をつねに携帯せねばなりませんし、赤ちゃんを連れていれば、紙おむつやミルクなどかさばるものがあります。
これに、応援グッズなどが加わると、移動するだけでも大変ですから、それならば球場に行くのをやめておこうとなるのです。
ですが「自分用の席がもう一つある」と話は別です。荷物を置いてもいいですし、4歳未満の子どもなら一緒に観戦することもできるので、試合を見に行くために誰かに子どもを預けるという手間も省けます。また、足下などが冷えやすい女性のために、高級クッションやブランケットなども無料レンタル可能となっています。
さらに、シンデレラシートはスタジアムの一区画を区切って使用していますので、周りは女性ばかりとなり、一般席のように男性客に気をつかわないで済むのです。
このほかにも、札幌ドーム3階のキッズパークに併設された「ファミリーシート」(テーブルとベンチ型のシートが一つずつ用意されている)も紹介されています。
この席では、子どもが野球に飽きたら、すぐにキッズパークのジャングルジムで遊んだり、親子で本を読んだりできるそうです。
これまでの球場での野球観戦は、あくまでもスタジアムの、必ずしも快適とはいえないような環境に観客が合わせざるをえなかったのですが、これからは、「それぞれのスタイルで観戦できるような環境を、球団側が提供していく時代」になっていくのでしょうね。
「スタジアムの雰囲気に合わせ、たくさんの人と一体化する」というのも、野球観戦の愉しみなんですけどね。
また、テレビをはじめとする各メディアへの「放送権料」も、プロ野球チームの重要な収入源です。
テレビ番組の視聴者に「自分がいつも見ているスポーツ中継は、誰がつくっていると思うか」と尋ねると、ほとんどの場合、テレビ局がつくっていると答えます。
それは半分正解で、半分間違いです。
というのは、スポーツの種類によって番組の制作をテレビ局に任せる場合と、自分たちでやる場合の2つがあるからです。プロ野球では、セリーグの各チームはテレビ局に撮影から放送まですべてお願いしています。
このように、「スポーツ中継など、テレビ局に任せておけばいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、ことはそう単純なものではありません。制作をテレビ局に任せると、その映像の著作権はテレビ局のものになってしまうからです。
たとえばファイターズの1年間の映像を集めて、好プレー集としてDVDを発売したいと思ったとします。
となると、試合中の選手の映像が必要となります。「○○選手の×月△日の□□戦の映像を貸してください」というふうに、必要な映像を一つずつ確認をとりながら集めなければなりませんし、たとえ集めたとしても、そのDVDを発売し、利益を出すことはできません。
あくまでも映像はテレビ局のものですから、利益はテレビ局のものとなるのです。
そこで、パリーグでは、これまでテレビ局のものだった著作権を自分たちのものとするため、制作そのものを各チームが行うようになりました。スタジアムにテレビカメラを設置し、撮影した映像を録画して、残しておく。この映像をテレビ局に販売したり、DVDにして販売して活用するのです。
そのプロセスすべてにかかる経費はチームもちとなりますが、これを補ってあまりある利益が出ます。何事も外注に頼らずに、多少は労力がかかるかもしれませんが、自分たちのチームや会社で行えば、利益を出しやすくなるのです。
日本ハムファイターズには「自分たちでやる」ことによって、大きくコストを削減し、利益を出せることになったり、地元の人たちとのつながりを促進した例が、たくさんあるのです。
この新書は、やや「釣りタイトル」気味のところもあります。
僕が期待していた映画『マネーボール』のような「ベースボールオペレーションシステム」についての記述は、10ページ程度で、物足りない印象でした。
こうしてつくり上げられたのが「ベースボールオペレーションシステム」です。アメリカの野球界で使われているシステムを参考にしつつ、そこに日本球界ならではの価値観や判断基準を取り入れてつくっていきました。
たとえば投手の評価をする場合、急速、球の種類、球のキレ、制球力、腕の角度、右投げか左投げか、先発・中継ぎ・抑えのどれか、即戦力型か大器晩成型かというように、いくつもの切り口からその投手のポテンシャルをあぶり出していきます。
加えて「性格」も重要なデータの一つです。
創造性に富んでいるか、強気か弱気か、コミュニケーション能力は高いか、ピンチに強いか、といったような一見主観的な評価軸でも、このシステムでは計数化された公平なデータをつくり出すことができます。
また、日本のプロ野球にふさわしい選手をはかる基準として、「忠誠心」という項目や「礼儀・マナー」という項目も加えました。スタンドプレー型の選手より、チームのために働くことを喜びと感じる選手を求めていたからです。
このシステムの完成以降、チーム統轄本部は、12球団に所属する一軍選手、およびドラフトの対象になりうる高校生、大学生、社会人など総勢850人について、スコアをはじめとするデータの数値化に成功しました。
多岐にわたる評価軸をどう数値化し、どのような配分で加点していくのか、そこにはひじょうに複雑なプロセスがあります。それは球団のごく一部の関係者しかアクセスできない仕組みになっており、いわばファイターズの最高機密ともいえるものです。
今年メジャーリーグ移籍をめざしている田中賢介選手も、この「ベースボールオペレーションシステム」で見出されたのだそうです。
「アメリカのシスデム」を導入するだけでなく、「忠誠心」や「礼儀」など、「日本のプロ野球選手に求められる要素」も重視されているというのは、この本ではじめて知りました。
日本ハムでは、ドラフトも、このシステムに基づいて行われています。
2011年の菅野智之投手の指名は、彼から断られるというハプニングがありましたが、彼の能力を高く評価したのもこのペースボールオペレーションシステムです。
このシステムには、ジャイアンツの監督と親戚関係にあるから、選手の評価を上げる/下げるといった項目はありません。現在の実力と、これまでの環境などを分析し、将来活躍してくれるかどうかを割り出すだけです。
2012年は、メジャーリーグに行きたいといっている大谷翔平投手を指名しました。これについてはさまざまな意見があるようですが、ファイターズでは、ベースボールオペレーションシステム最高点の選手を指名するのは当たり前のことです。多くのスカウトがその選手を評価した結果だからです。もし指名しなかったらスカウトに申し訳ないですし、ファイターズの方針に反することになってしまいます。
ここまで、ベースボール・オペレーティング・システムに信頼を置いているんですね……
去年の菅野投手、今年の大谷投手と、ドラフト1位で、入団してくれない可能性が高い選手を指名するというのは、かなりのギャンブルのはず。
それでも、「ファイターズの方針」を貫いているのは、本当にすごい。
「1番の選手の獲得が高リスクなら、2番目でもいいんじゃないですか?」とは、考えないのです。
信頼するからこそ、システムがうまく機能する。
こういう「ブレのなさ」が、「最初からアメリカに行く」つもりだった大谷投手を翻意させた大きな要因なのでしょう。
言葉の壁などを考えると、日本ハム経由のほうが、将来メジャーリーグの主力として活躍できる可能性が高いのではないか、と僕も思いましたし。
この本の多くは「スポーツビジネスの現在」と、「プロ野球チームは、どうやってお金を稼いでいるのか」の説明に割かれています。
ただ、読んでいくと、著者は「ちゃんとお金を稼いで、チームの経営基盤を安定させること」と「ファンサービスを徹底すること」こそが、地域密着のプロスポーツチームにとって最も大事なことだと考えているようで、「ITを活用したチームの強化」などというのは、経営あればこそだと考えていることがよくわかります。
逆にいえば、健全な経営ができているチームは、強くなれるという著者のポリシーが、このページの使い方にあらわれているのかもしれません。
著者は、最後にこう書いています。
ドイツのブンデスリーガで、最多のリーグ優勝回数を誇るバイエルン・ミュンヘンの現会長、ウリ・へーネス氏は「我々は儲けなければならない」とつねづねいっています。
設けなければ、選手を育成できませんし、ファンサービスを行うこともできません。ましてや地域密着をすることも不可能です。
日本のスポーツ界では「儲けよう」というかけ声をかけても、それは何か悪いことのように思う風潮があるようです。でもそれは違います。儲けていいのです。儲けなければチームは運営できません。チームはチームの構成員だけのものではなく、地域の公共財であるというのが私の考え方です。
ちゃんとファンサービスをして、喜んでもらって、お金を稼ぐ。
そのお金で、チームを運営し、地域に還元していく。
親会社やスポンサーからの収入に頼るのではなく、ファンにお金を出してもらわなければならないから、よりいっそう、ファンを大事にする。
あたりまえのようにみえるけれど、この「あたりまえのこと」ができているチームは、希少なのです。
そういえば、今年のJリーグで年間王者になったサンフレッチェ広島も、同じような「育成型」のチームでした。
「地方のチームであること」にはハンディキャップもありますが、競争相手が少なく地元に密着しやすい、などのメリットもあります。
「地方のチームなんだから、弱くても、人気がなくても仕方が無い。とりあえず存続しているだけでありがたい」
そんなふうにフロントもファンも思い込んでしまっては、前には進めないんだよなあ。