- 作者: 宮内悠介
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2012/03/22
- メディア: 単行本
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内容(「BOOK」データベースより)
相田と由宇は、出会わないほうがいい二人だったのではないか。彼女は四肢を失い、囲碁盤を感覚器とするようになった―若き女流棋士の栄光をつづり、第一回創元SF短編賞で山田正紀賞を贈られた表題作にはじまる全六編。同じジャーナリストを語り手にして紡がれる、盤上遊戯、卓上遊戯をめぐる数々の奇蹟の物語。囲碁、チェッカー、麻雀、古代チェス、将棋…対局の果てに、人知を超えたものが現出する。二〇一〇年代を牽引する新しい波。
「ゲーム」(いわゆる盤ゲーム)を題材とした短編集。直木賞候補にもなりました。
僕は「ゲーム」が大好きですし、「ゲーム」を題材にした小説も好んで読みます。
小川洋子さんの『猫を抱いて象と泳ぐ』(チェスを題材にした作品です)とか、大崎善生さんの『聖の青春』(こちらは将棋)など、「ゲームと人間」を描いた作品には、傑作が多いような気もするんですよね。
そこで、この『盤上の夜』。
表題作の主人公は「彼女は四肢を失い、囲碁盤を感覚器とするようになった―若き女流棋士」由宇。
この設定って、『猫を抱いて象と泳ぐ』のリトル・アリョーヒンみたいだな、と思いながら読みました。
マンガ『月下の棋士』なども思い出しつつ。
あるとき外耳炎を患った由宇が耳鼻科にかかったところ、まるで登山家の耳ですね、と医師に指摘された。慢性的な炎症から外耳道が狭くなっており、これは日常的に山へ入る登山家に見られる症状なのだという。
これについて相田はどこまで本気なのか、「由宇は棋理の最果ての天空を目指し、見えないハーケンを打ち、架空のホールドを握りつづけてきました。そのうちに、身体そのものが変質してしまったとしても不思議ではありません」などと言うが、ことによると彼自身、やはり由宇に心酔していた面はあったのかもしれない。
しかしこのような話も、彼らが口にすると、不思議な臨場感と説得力を伴うもので、その最もたるものは、やはり由宇のあの台詞だろう。早碁のトーナメント戦で決勝に残った際、抱負を聞かされ、由宇はこう答えたのである。
「わたしは、この世界を抽象で塗り替えたいんです」
チェスや将棋、囲碁の「棋士」の世界って、まさにこの「抽象を極めようとする人たち」の世界のように、僕にはみえるのです。
もちろん、そのなかでは人間関係とか世渡りみたいなものもあるのでしょうけど……
この短編集のなかで、いちばん印象的だったのは、2番目の『人間の王』という作品でした。
これは「チェッカー」というテーブルゲームをモチーフにした作品で、42年間無敗のチャンピオン、マリオン・ティンズリーと、彼が対局したコンピュータープログラム、「シヌーク」の話です。
1992年に、はじめてティンズリーはシヌークに敗れ(ただし、このときはティンズリー4勝、シヌーク2勝で、33引き分けだったそうです)、1994年の再度の対決で、初戦から6戦続けて引き分けのあと、ティンズリーの体調が悪化し、不戦敗の扱いになりました。
これを「コンピューターの勝ち」と言っていいのかどうか疑問ではあったのですが、2007年にアルバータ大学のシェッファー(「シヌーク」の開発者)を中心とした研究グループによって、プレイヤー双方が最善を尽くした場合、必ず引き分けに至ることが証明され、「チェッカー」というゲームは「終わった」のです。
もちろんこれは、「チェッカー」をやる人がいなくなったというわけではなくて、ゲームがコンピューターによって解析され、人間がどんなに最善を尽くしても勝てなくなった」という意味ですが。
オセロや将棋で「対局」できるコンピューターは、常に「相手さがし」に苦労していた人たちにとっては「福音」だったのです。
30年前のコンピューター将棋といえば「とりあえず駒をルール通りに動かせる」程度で、プロ棋士と勝負できるような日は「いつか来るかもしれないけれど、実感がわかない」ものでした。
しかし、それからのコンピューターの進化は、めざましいものでした。
オセロやチェッカーが「陥落」し、チェスも「コンピューターには勝てない」時代になりました。
「将棋」の牙城も、かなり揺らいできています。
渡辺明さんとコンピューター将棋「ボナンザ」の対局や、米長邦雄永世棋聖と「ボンクラーズ」との対局など、現在のコンピューター将棋は、「プロ、しかもトッププロと互角に戦えるレベル」であることが証明されてきているのです。
おそらく、近い将来、将棋でも名人がコンピューターに勝てない時代が来ることでしょう。
そして、その後には囲碁でも……
羽生善治さんや渡辺明さんの著書を読むと、彼らはコンピューターを有効利用して、他の棋士たちと「勉強会」をつくり、過去の棋譜や戦術のパターンを研究しています。
コンピューター以前は、なんらかの方法で、紙の棋譜をひとつひとつ取り寄せ、自分で駒を並べていたのですから、コンピューターのおかげで、人間の棋士は急速に「進化」することができたのです。
しかしながら、そうやって「コンピューターを利用して強くなっていくこと」は、「いずれ、コンピューターによって将棋というゲームが解析され尽くしてしまうこと」にもつながっているのです。
おそらく、これから10年もしないうちに、将棋は「解析され尽くしたゲーム」の仲間入りをすることになるでしょう。
そうなったら、「棋士」は、聖なる存在として君臨できるのでしょうか?
それを知りながらも、「人間のなかで強くなる」ことを目指し続けることは可能なのだろうか?
僕は「チェッカー」というゲームは一度もやったことがないのですが、この短篇では、「自分の愛するゲームが、解析されつくしてしまうこと」に向き合わざるをえなかった天才の姿が描かれているのです。
ティンズリーは「もっと強い相手と戦いたかった」がゆえに、コンピューターと対戦しました。
そして、彼自身が負けたわけではないけれど、コンピューターは、「チェッカー」というゲームの「頂上」をみつけてしまったのです。
もう、それ以上高い場所は、このゲームには存在しない。
これから数十年のあいだに起こってくるであろう、「さまざまなゲームの終わり」を想像するだけで、僕はなんだか寂しくなってしまうのです。
僕自身は「限界」を見ることができるようなプレイヤーではないけれど、それを目指していく人間たちのドラマこそ、ゲームの魅力でもあったから。
この『盤上の夜』、「テーブルゲーム好き」には、たまらない一冊でした。
コンピューターになろうとする人間と、人間になろうとするコンピューターと。
さて、彼らはどこで混じり合うことになるのでしょうか?
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