琥珀色の戯言

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【読書感想】ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」 ☆☆☆☆


ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」 (宝島社新書)

ネット右翼の矛盾 憂国が招く「亡国」 (宝島社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
インターネット上で過激な発言を繰り返し、ついにはフジテレビや提供スポンサー企業に対してデモを行い、現実世界でも影響を持ち始めている「ネット右翼」。反韓、反マスコミ、反エリート…“愛国”“憂国”を唱える彼らの論調は、一見、非常に論理的な意見に見えるが、実は矛盾に満ちている。一体、ネット右翼はどのような人々が中心で、どのような生活を送ってきたことで、そのような考え方をするようになったのか。ネット右翼の「誤解」や「妄想」、はたまた「論理の矛盾」を具体的に挙げつつ、彼らのホンネがどこにあるのかを、ネットジャーナリズムの旗手3人が分析、明快に解き明かす。

この「内容紹介」には、「一見、非常に論理的な意見に見えるが」と書いてあるのですが、

「被爆者援護制度には市民の血税が使われているぞお!」
「そーだあ!」

というような「在特会在日特権を許さない市民の会)」のシュプレヒコールに「論理的な意見」の欠片も見いだせないのは僕だけではないはずです。
この本の3人の著者は、いずれもネットウォッチのエキスパートであり、かなり冷めた視点で「ネット右翼」を観察しているのですが、その一方で、「こいつらみんなバカ」と切り捨てているのではなく、「なぜ、こういう運動に身を投じる人が出てくるのか?」をネットという空間の特殊性を踏まえて論じています。


それにしても、この本を読んでいると「人は信じたいものを信じる」ということを痛感せずにはいられません。
安田浩一さんの章で語られている「反日タレント」キム・テヒさんの話など、バカバカしいとしか言いようがありません。

 私はネット右翼によって組織された「反ロート製薬デモ」を何度か取材している。
 これらデモでは、次のように記されたチラシが沿道の人々に配られていた・
<キム・テヒ妄言の数々
・日本人は嫌い。日本に行くのも嫌
・日本人は猿
・日本に行くのはお金のため……>
 この「妄言」とは、ネット上で流通している「キム・テヒインタビュー」の動画が元ネタとなっている。キム・テヒが新作映画についてインタビューを受けている映像だが。日本語字幕はすべて捏造されたものだ。たとえば映画のキスシーンについて答えているにもかかわらず、日本語字幕は「日本人は醜い猿じゃないですか」と流れる。撮影の『苦労話をしている場面でも「日本は韓国よりも劣っている発展途上国です」といった字幕が被る。他にも「日本は嫌い。吐き気がする」「独島は韓国領土だと(日本人に)教えないといけません」「日本文化は全部、韓国文化のコピー」といった字幕が流されるが、話している内容はまったく関係ないものだ。
 韓国語に精通した者ならばすぐに捏造だとわかる字幕を加工した動画が何者かによって動画サイトにアップされ、キム・テヒ攻撃に使われ、こんな女優を起用したロートを許すまじ、といったとじっくに転用されているのである。
 今なお全国各地で「反ロート製薬デモ」がおこなわれているが、そこで声高に叫ばれている「日本人を猿扱いしたキム・テヒ」「日本が嫌いなキム・テヒ」といったスローガンは、いずれも出所の怪しい情報を鵜呑みにしたものなのだ。

 正直、僕だって韓国語はわかりませんし、字幕にそう書いてあれば「信じてしまう」可能性はあります。
 でも、ネットにはちゃんと「検証機能」みたいなものもあって、ちょっと広い範囲で検索してみれば、これが「捏造」であることはわかるんですよね。いや、韓国語がわからなければ、「捏造」だと断言はできないかもしれないけれど、少なくとも疑義があることは知ることができる。
 この程度の「リテラシー」がいまのネットの状況なのです。
 「ネットのおかげで、世の中の真実に気がついた!」と叫ぶ人たちが、こんなバカバカしい「捏造動画」を「真実」だと思い込んでしまう。
 安田さんは「在日特権」と呼ばれるものについても検証をしていますが、これらはみな「日本人なら何もしなくても持っているもの」でしかありません。「生活保護を受けやすい」というのも「就職で優遇される」というのも、まったく根拠はないようです。
 
 でも、実際にこういう「デモ」の影響で売り上げが落ちたり、不買運動が起こることをおそれて、企業は韓国人タレントを起用することに慎重になっているのです。
 きっかけは誰かの悪質な悪戯でも、企業はそのタレントの疑惑を晴らすことよりも、自分たちの利益を守ることを優先します。
 バカバカしいんだけど、「効果」はあるわけです。

 
 山本さんは、ネット右翼たちのアカウントを検証して、彼らの属性を「ネット右翼活動をしていると目されるアカウントは、個別で見ればほとんど注目されておらず、影響力も持たない」と仰っています。


 山本さんの話のなかで、とくに僕の印象に残ったのは、この記述でした。

 たとえば、私は野球が好きだ。昔は、朝に日刊スポーツやサンケイスポーツを買い、好きなチームや選手の活躍を読み、スクラップをすれば野球に関する情報の摂取は試合結果を夜にニュースで観る程度で事足りた。
 こんにち、野球のことを知ろうと思うと簡単で便利だ。大量の情報が流通しており、読みきれないほどの野球関連のブログやニュースや公式サイトにリーグの情報、過去の成績からエピソードに至るまで、手軽に読むことができる。だが、新たな情報取得が簡単になるということは、昔スポーツ新聞を読んでいた以上に時間を使って野球の情報を取る一方、他の情報の取得や家族との会話、仕事や睡眠時間といったものを削ることをも意味する。つまり、自分が関心を持たないサッカーや相撲や釣りやその他スポーツ、あるいはまったく他の情報分野である医療や時事やファッションといったものを仕入れ、咀嚼する時間を犠牲にしているのだ。
 情報社会が進展するほどに実は簡単に情報の海の中で孤立し、同好の士と共にタコツボ化していく現象そのものであって、他人に対する理解や関心、もっと広くは異なる世代との共有体験の喪失でもある。それは、昔の人たちが言っていた「常識」や「教養」が失われている世界なのだ。

 野球で言えば、僕は熱心なカープファンなのですが、子どもの頃はテレビで巨人戦しか中継されておらず、「イヤイヤながら巨人戦を点けておいて、試合経過が出るときだけ熱心に観る」という状況でした。
 それがいまや、ネットでリアルタイムに試合経過を、それこそ1球ごとに追うことができるわけです。
 便利になった一方で、「時間をとられるようになってしまった」のも事実。
 ネットには、ものすごい量の情報が溢れていて、その気になれば、自分の好きな世界にひたっていられます。
 「自分が興味のないものに関わらずに生きていけるようになった」のだけれど、それは「自分の周囲の世界に溶け込むための努力を放棄してしまうようになる」ことにもつながっているのかもしれません。
 実際、在特会がアピールするような徹底した「在日嫌悪」って、学校や社会で、ひとりでも「ふつうの在日コリアン」に接したことがあれば、そんなに簡単に受け入れられないはずなのに。

 
 そして、博報堂に勤務していた中川淳一郎さんの「広告代理店やマスメディアの現実」の話も、「理不尽な韓国押し」に憤っている人たちに、ぜひ一度読んでみていただきたいものでした。

 そもそも、私はこれまで15年間、テレビ、新聞、雑誌、ラジオ、広告、ネットニュースなどいわゆるマスコミ系の仕事を続けているが、一度として「韓国推し」を命じられたことはない。携わった企画は恐らくこれまでに1000本、編集した記事は5万本を超えていると思うが、上からの命令は一度もないのである。

 マスコミ業界にコネ入社社員が多い理由は、彼らを”人質”のように抱えることで、広告を取れる可能性があるからである。そして、そんな広告主は日本有数の大企業なわけであり、日本の発展に貢献してきた人々である。なのに、なぜ「マスゴミの半分は在日で反日プロパガンダを垂れ流す」という論理を”愛国者”は垂れ流すのか。日本国民に良いものを販売し、生活を向上させ、会社を発展させてきた大企業の関係者が、反日工作をする意味がどう考えてもよく分からないのである。

 中川さんが書かれている「マスコミの内情」を読むと、要するに「マスコミは商売のためにやっている」わけで、韓国ドラマは安上がりのわりに視聴率が取れるから氾濫していた、ということのようです(CSでは放映権料が「1万円」のドラマもあったそうです)。これだけ多チャンネル化が進むと「根強いファンがいて、そこそこの視聴率は取れる韓国ドラマ」が思想信条は別として、「割安なコンテンツ」として重宝されるのは当然のことではないかと。
 本当に怒るべきポイントは「マスコミの利益第一主義やコネ入社の常態化」じゃないか、とも思うのですけどねえ。


 ネットをよく知る3人の論客たちによる「ネット右翼論」。
 なかなか爽快であったのと同時に、「しかし、ネット内弁慶という意味では、僕も変わらないよなあ」なんて、自省したところもあったのです。
 そこには「不満や不安や怒り」があるけれど、「じゃあ、日本をどうしたいのか?」「自分はどうするべきなのか?」というビジョンが無い。
 
 
 山本さんは、こう仰っています。

 そもそも、自分の価値を高めてよく働き稼いで多くの税金を納めることが、日本にとって国力を保つ最大の貢献のはずである。

 個人的には、「在特会」のような「極端な」主張をする人たちではなく、「ネットユーザー(あるいは日本人全体)は本当に『右傾化』しているのか?」に興味があるんですけどね。
 それを「定量」するのは難しいんだろうなあ。
 

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