- 作者: 安田峰俊
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/12/15
- メディア: 単行本
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内容紹介
雲南の山村に住む2ちゃんねらー。欲望の海・マカオで「ニッポン定食」として働いていた風俗嬢。上海で日系企業の依頼で組を作ったやくざ。嫌われている国をわざわざ選んだ者たちの目に映る、日本と中国とは――。!
内容(「BOOK」データベースより)
「和僑」とは、今世紀になってから日本人の間で作られた造語である。中国で喰い、中国を喰らう日本人を追った前代未聞のルポ。
日本と中国。
感情的な軋轢はさておき、経済的には、お互いに「無視できない国」であることは間違いありません。
この本は「いま、中国で生活をしている日本人」たちを追ったルポルタージュです。
「和僑」とは、今世紀になってから日本人の間で作られた造語と言っていい。
もともとは、中国人の奥さんを貰ったミュージシャンのファンキー末吉が、在外華人を意味する「華僑」をもじって発明した言葉らしい。2000年代半ばに、中国の広東省や香港に在住する日本人の起業家たちが「和僑会」なる異業種交流会的なビジネスサークルを設立し、アジアの各地に支部を作って組織の規模を拡大したことで、広く社会的に認知されるようになった。
現在、「和僑」をネットで検索すると、この和僑会や「和僑ネットワーク」などのビジネス系のサイトが上位に並ぶ。最近の日本において和僑という言葉は、海外で起業を目指すような、国際派でパワーエリート志向の日本人ビジネスマンを指す概念として使われているようだ。
この本のなかで、著者は「和僑」の定義をもう少し広げて、「ビジネスマンのみならず、中国大陸に住んだり、留学したり、出稼ぎにきている日本人全員」を指す言葉として定義しています。
僕は「まあ、中国で働いている日本人は、安い労働力を求めている、あるいは富裕層の経済力に期待している企業の社員か、留学している人が大部分だろう」と想像していたのですが、この本を読んでみると、いろんな人がいるんだなあ、と感心するばかりでした。
中国の農村に移住してしまった『2ちゃねんらー』や、マカオの高級風俗店で「ニッポン定食」(マカオでは、風俗の「さまざまなサービスのセット」を「定食」というのだそうです)として働いていた女性、「日本人ばかりで固まって生活している」と批判されやすい上海の日本企業社員、中国で日本のようなヤクザの組を作った男、そして、「日中友好協会」に長年奉職しながら、晩年になって、その活動に幻滅した女性……
それにしても、著者が実際に体験してきたマカオの高級風俗店の描写には、「こんなところが、本当に地球上に存在するのか……」と驚いてしまいました。
しばらく経つと、休憩ホール内に大音量のユーロビートが流れはじめた。
くつろいでいた男性たちが次々と部屋を出ていく。立ち上がって彼らについていくと、さっきのシャワーの前に通過したガラス張りのサウナルームがある高天井の部屋に出た。来た時は気が付かなかったが、この部屋の天井が高いのは、階上にテラス状の舞台が設えてあるためだった。
そして、テラスの上で、おそらく中国人と思われる東洋系の美女が5人ほど、水着と薄布一枚だけを身に纏った姿で、ユーロビートの旋律に合わせてエロティックに踊っていた。いずれも身長が165センチ以上はありそうな、モデル体型の女性たちだった。
「うわ、凄い!」
目を丸くして嘆声を漏らした私と、その他の男性客の視線を全身に浴びながら、美女たちは音楽が進むにつれて薄布を床に落としていく。布をすべて脱ぎ去った後は、ためらいもなく水着に手を掛ける。
こんな「品定め」が、客からわずか5メートル前で行われているそうです。
うーむ、なんというか、すごいな……こんな青年マンガみたいなことが、いまも行われているのか……
ちなみに、「日本人のAV女優は中国人の憧れ」だそうで、『日本AV妹』と一晩過ごすと、1万7000香港ドル、日本円にすると、17万なり。
実際は、そんなに「おいしい話」ばかりじゃないみたいですけどね。
17万円といっても、全部本人の手取りというわけでもないし。
この本のなかには、実際にマカオで働いていたという日本人女性のインタビューも出てくるのですが、そのなかで著者は、いまの日本の「風俗産業の現状」について、このように述べています。
ある程度まで年齢を重ねた女性が日本の性風俗業界で働こうとすれば「尊厳が無視されるような」行為を強いられるのが当たり前だというのだ。しかもヒカルさんいわく、近年の日本は不景気なので、仕事中にそこまで酷い目に遭わされても、女性の側はお客一人あたりで数千円の稼ぎにしかならない。「スーパーでレジを打っているほうがマシ」だというのだ。
風俗業界では「年齢が高い」というのは確かにマイナス要因なのでしょうが、それにしてもシビアというか、そういうところにまで、「ブラック化」が進んでいるのか……などと考え込まずにはいられません。
それならスーパーでレジを打ってみろよ、とかも、思うんですけどね……
正直、「なぜいま、(対日感情の悪化もあり)日本人にとっては暮らしにくそうな国で生活をするのだろう?」とは思うんですよね。
企業戦士は仕方がないとしても、「普通の日本人が、なぜ中国の農村に『移住』したのか?」「よっぽどの変人なんだろうな……」と、僕はその『2ちゃんねらー』のイメージを膨らませていました。
でも、この本の最後に登場する、彼の「実像」を読んで、すごく考えさせられたんですよね。
ヒロアキさんは中国に逗留しているときに中国人女性と知り合って結婚し、中国に住むことになりました。
ここで話題を変えて、ヒロアキさんの経済面について詳しく聞いてみることにした。
「うちの年間支出、家族旅行に行って贅沢したりしなければ、子どもの学費を入れても1万元(約12万5000円)くらいなんですよ。普通に暮らしている限り、お金はほとんど減らない。で、僕が1年間に数か月だけ日本に行って、ちょっとだけお金を稼いで中国に戻る感じですね」
村にいるときのヒロアキさんは、朝起きてから徒歩で畑に行って土をいじり、その後に帰宅してネットで遊ぶ毎日だ。畑では、国策で作付けが割り当てられている煙草の葉のほか、ジャガイモとトウモロコシを作っている。トウモロコシの一部は、牛や豚の飼料になる。
ヒロアキさんの実家は肉体労働系の自営業で、毎年、年末年始に数か月程度帰国して100万円程度を稼ぎ、中国に持ち帰っているそうです。
それで、1年の残りは、中国で畑仕事などをしながら、のんびり暮らしている。
もちろん、趣味のインターネットもやり放題(まあ、中国のことなので、政治的な発言などにはいろいろ規制がかかるのかもしれませんが、そういうことを発信する気は、現時点ではなさそうです)。
中国で暮らすには、いろんなコネや人づきあいの技術も必要なのですし、「経済格差」があるからこそ成り立つのは事実なのですが、「趣味はインターネット」であるならば、日本で暮らしても、中国で暮らしても、そんなに大きな変わりはないんですよね。
生活に必要なお金は、日本の都会と中国の田舎では、10倍以上の差があるのに。
著者はヒロアキさんに、中国に民主化運動について尋ねています。
「現地の生活者として正直に言うなら、都会の学生とか海外の人間とか、事情のわかってない連中が余計な事を煽るんじゃねえ、と思いますよ。もちろん、共産党政府が弱体化して中国に内戦が起きたって、ホータンプー村は田舎だから直接の関係はないのかもしれないんですけど、流通が止まれば経済的に大きなダメージを受けますし、治安も悪くなりますから。ひとまず平和な現状が維持されていくためには、中国は一党独裁体制のままの方がいいと思います」
外部からみた「正義」とか「人道」と、内部の人間にとっての「現実」は違うのだなあ、と、あらためて考えさせられます。
日本と中国の問題について書かれたルポルタージュだと思っていたのですが、これを読んでいると「日本が抱える問題」があらためて浮き彫りにされてくる一冊です。