- 作者: 加藤一二三
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2013/04/10
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (12件) を見る
内容紹介
「神武以来の天才」と呼ばれる著者が、天才棋士「羽生善治」を徹底分析。なぜ、彼だけが強いのか? 七冠制覇達成を可能にしたものとは? 40歳になっても強さが衰えない秘密とは?
あの加藤一二三さんが、羽生善治さんを分析した「天才論」だということで読み始めてみたのですが、この本「羽生善治論」というか、あくまでも「加藤一二三は、羽生善治をどう見ているのか」という内容なんですよね。
羽生さんについて、多くの関係者から話を聞いてまとめているわけではなくて、あくまでも「加藤一二三の視点」からの分析です。
それを「偏っている」とみるか、「加藤さんだからこそできる、羽生さんの話」とみるか、なかなか難しいところではあり、「なんか加藤さん、自分の話ばっかりしているなあ。これを読んでも、羽生さんが強い理由はあんまりわからないなあ」とも思うのですが、将棋ファンにとっては、「棋士仲間、それも頂点を極めた人からは、羽生さんはどう見えているのか」というのは、けっこう興味深くはあるのです。
第一章と第二章で見てきたように、羽生さんは異次元といっても過言ではない、圧倒的な強さを誇っている。
それは記録面から見ても明らかだ。2013年2月現在、通算タイトル獲得数83期は歴代1位。通算勝利数1226は大山、私(加藤一二三)、中原に次いで歴代4位であるが、1200勝達成は将棋界最速記録であり、勝率7割2分3厘はもっとも高い数字だ。あと1期竜王のタイトルを獲得すれば永世竜王を名乗る資格を得られ、7タイトル(永世竜王・永世名人・永世王位・名誉王座・永世棋王・永世棋聖・永世王将)すべてで永世称号を持つ永世7冠という偉業も達成する。また、通算公式戦優勝回数124回(タイトル戦83・一般棋戦41)、同一タイトル獲得通算20期(王座)は大山康晴(タイトル戦80・一般棋戦44、王将20期)に並んで歴代1位タイである。
現在、42歳の棋士としては驚異的だといっていい。いったい、その強さの秘密はどこにあるのだろうか――。
羽生さんの将棋の特色として、まず指摘しておかなければならないのは――もしかしたら意外に感じられるかもしれないが――基本的には非常に正当派の将棋であり、王道を行っているということである。
決して奇を衒った考え方や発想をするわけではないし、凝った指し方をするわけでもない。手順の組み立て方は、古典的といっても過言でないほど、王道と呼ぶにふさわしいものだ。
その根拠として、第一に彼は基本を非常に大切にする。
第二に羽生さんは、非常に研究熱心である。過去の棋譜はもちろん、最新の作戦や注目すべき作戦をじつによく研究している。
この記録、羽生さんがまだ42歳であることを考えると、どこまで伸びていくのかと、おそろしくなるほどです。
トップにあっても研究をおこたらず、ひとつの得意な形にこだわらず、さまざまな戦法で勝つことができるというのもすごい、と加藤さんは賞賛されています。
この本のなかで、羽生さんの「すごさ」をあらためて思い知らされたのは、加藤さんのこんな話でした。
羽生さんが4局以上対局している現役棋士のなかで、唯一負け越し(この本の執筆時点では21勝25敗)しているのが森内俊之さんなのですが、この両者は、2011年、2012年と名人戦で対決しています。
羽生さんはいずれも森内さんに敗れているのですが、加藤さんは、このときの羽生さんの状況について、こんなふうに紹介しているのです。
端的なのが、羽生さんに森内さんが挑戦した2011年の第69期名人戦のときだ。この7番勝負は、名人である羽生さんが3連敗したあと3連勝し、第7局までもつれこんだ。第6局が行われたのは6月7、8の両日、第7局は6月21日からはじまることになっていた。そのわずか2週間のあいだに羽生さんは、タイトル戦も含めなんと3戦っていたのである。
6月11日 棋聖戦第1局 対深浦康市九段
6月13日 王位戦挑戦者決定戦 対藤井猛九段
6月17日 竜王戦一組三位決定戦 対郷田真隆九段
(中略)
かたや森内さんの対局は6月15日の竜王戦第一組 対深浦九段の一局だけ(森内負け)。
むしろ良い調整ができたくらいで気力、体力とも万全を期して第七局に臨むことができたはずだ。英気を養いつつ、存分に研究したうえで臨むことができる。
この差は決して小さくないはずだ。少なくとも、盤上にまったく出ないということはない。森内さんが第七局に向けて万全を期して準備しているときも、羽生さんは対局を続けていたのである。読みや判断に影響が出ないとはいえないだろう。
プロの将棋の世界では、ほぼ一日、あるいは二日にわたって将棋盤に向かって対局をします。
そのあいだは、ずっと脳をフル回転させているわけです。
しかも、タイトル戦ともなると、対局は全国各地で行われ、それに付随するイベントもあります。
羽生さんの場合は、対局以外の講演とか取材の仕事もたくさんあるでしょうし。
加藤さんは、自分が名人戦を戦ったときの経験を踏まえて話をされているのですが、たしかに、こんなハードスケジュールを続けていても負けない羽生さんというのは、「単に将棋が強い人」ではありえないと思うのです。
精神的、肉体的な強さがないと、勝ち続けることは不可能なはず。
あらためて考えると、頭だけが良くても、「ずっと羽生善治であり続ける」ことはできないんですよね。
こういうスケジュールのなか、自分をターゲットとして研究しつくしてくる相手と、戦い続けているのだよなあ、羽生さんは。
あと、羽生さんの「逆転勝ち」が多い理由として、こんなエピソードも紹介されていました。
子どものころ、羽生さんは家族全員で将棋を指していたという。ご両親と妹さんは、ルールを知っているというレベルだったので、羽生さんひとり対三人(お父さん・お母さん・妹さん)の対局だった。
それでも、あっという間に羽生さんが優勢になってしまい、勝負がついてしまう。そこで、こういうルールを設けることにしたそうだ。
「お父さん・お母さん・妹さんの連合軍は、いつでも好きなときに180度盤をひっくり返してもかまわない」
要するに、ご両親と妹さんは局面が不利になったら盤面を回して優勢な羽生さんの側を持って指せるというわけである。
結果的に、これが「不利な局面」に対応するトレーニングになったのではないか、と加藤さんは推測しておられます。
言われてみれば簡単なことみたいですが、なかなか思いつきませんよね、こういうのって。
「羽生さんの真似をするためのコツ」みたいなのはほとんど書かれていませんが、将棋に、羽生善治という人に興味がある人にとっては、なかなか興味深い一冊だと思います。
しかし、羽生さんの時代というのはある意味、「人間の棋士にとっての、最後の黄金時代」なのかもしれないな、と僕は感じているのです。
「電王戦」でのコンピュータとプロ棋士の戦いをみていると、コンピュータは、もうすぐそこまで、迫ってきています。
僕が子供の頃の「とりあえず相手がいなくても将棋を指せる」レベルのコンピュータ将棋のことを思うと、あまりにも速い進化に驚かされるばかりです。
おそらく、「人間がコンピュータに勝てなくなる日」も、そう遠くはないでしょう。
チェスでは、もう人間は勝てなくなっていますしね。
その時代の人間の「名人」は、はたして、今ほどの価値を認められるのだろうか?
それも「歴史の流れ」であり、将棋そのものはこれからも愛好されていくと思うのですが、これからの「棋士の生き方」を考えると、ちょっと寂しい気もするんですよね。
コンピュータも、もうしばらく手加減してくれないかな、なんて。