琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】タマネギのひみつ。 ☆☆☆☆


タマネギのひみつ。

タマネギのひみつ。

内容紹介
大人気サイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で最も面白かった対談に選ばれた、黒柳徹子さんと糸井重里さんの豪華組み合わせによる珠玉の対談が完全書籍化!


いつもは「聞く」立場にある黒柳さんが「聞かれる」側となって、日常の些細な発見から、大物芸能人のエピソードまで紹介。


黒柳さん独特のマイペースな話の展開についつい笑ってしまうかと思えば、第一線で活躍し続けてきた人ならではの含蓄のある言葉に、ついつい人生を考えさせられてしまったり……。黒柳さんが考えていることを覗き見できる一冊!


黒柳徹子のマシンガントークと糸井重里の緩めの相づちが織りなす絶妙のバランスにも注目。黒柳徹子のさらなる魅力が発見できること間違いない。


生放送で鍛えられたプロのおしゃべりは極上のエンターテインメント!


「『おもしろい』のは、黒柳さんの目に映った世界だったり、 黒柳さんの遭遇した不思議だったり、 黒柳さんに衝突した運命だったりのほうで、 黒柳徹子さんは、「おもしろい」つもりはないらしい‥‥。」 なんでしょう、つまりは、「おもしろ案内人」ということ?
黒柳徹子の尊い好奇心 糸井重里 より

ほぼ日刊イトイ新聞」で行われたという、黒柳徹子さんと糸井重里さんの「伝説の対談」。
 僕は、なんとなく読んだことがあるような、ないような……という感じで、この本を購入しました。
 普段は『徹子の部屋』で対談の「聞き役」となっている黒柳さん。
 でも、聞き役としての黒柳さんを観ていると、『徹子の部屋』のゲストに来てもらいたい一番の芸能人は「黒柳徹子」だよなあ、とか考えてしまうんですよね。
 この人は、自由にしゃべれるシチュエーションでは、どんなことを話すのだろう?

 
 この本は、そんな疑問に答えてくれました。
 ああ、こんな感じなんだなあ、と。
 黒柳さんは、とにかく好奇心のかたまりで、休むことを知らない人のように見えます。
 昔、あるアニメの歌に「24時間 頭のなかで何かが ダンスしている人なんだから」という歌詞があったのですが、黒柳さんって、まさにそんな感じです。
 糸井さんも、いい雰囲気づくりをして、黒柳さんに自由にしゃべってもらって、それをとにかく聞き手として楽しむ、というスタンスなんですよね。
 テレビや雑誌の対談やインタビューだったら、こんな「寄り道、脱線だらけの対談」は成り立たず、主催者の望むテーマに「軌道修正」されてしまう、あるいは文章になるときに編集されてしまうと思われますので、こういう対談をそのまま出せるのは『ほぼ日刊イトイ新聞』あるいは『WEBサイト』の強みだよなあ、とあらためて感じました。
 この対談では、『ベストテン』の水中ヨガの話から、『世界ふしぎ発見』でのスタッフとの勝負、パンダへの愛など、話があちらこちらへ飛びながらも、「楽しい雑談」が続けられています。

糸井重里徹子の部屋」は、放映7000回でしたっけ?


黒柳徹子そうですね、8500に近づいてます。(引用者註:2008年夏の対談時)


糸井:よく考えると、その回数って、ちょっと笑っちゃうくらいですね。


黒柳:いちばんすごいことは、やっぱり8500枚の洋服を着たということことです。


糸井:そうだ。そうですね。


黒柳:毎回変えてるから。8000回までは自分の洋服でやってたんですけども。


観客: (驚)


黒柳:あの番組は、スタイリストさんがいないんです。だいたい、昔はスタイリストってシステムがなかったですから、しかも、ゲストが何を着てくるかまでは想像できないでしょ?


糸井:うん、うん。


黒柳:わたしは、ゲストを考えて自分の服装を決めるようにしています。「あの方は黒っぽいものに違いないから、わたしも黒いもの着ていったら、両方黒いじゃつまんないわね。ちょっと花模様にしようかしら」とかね。相手より派手じゃないけど、ふたりで映ったとき、コントラストがいいように。だから、ゲストとわたしの両方が水玉になったり、花模様になったことは一度もないです。8000回やっても。


糸井:8000でねぇ。


黒柳:でも、8000回すぎたあたりから、頼んで借りてきていただくようにしました。借りてきていただく人はいるけど、でも、スタイリストはいません。借りてきたものと自分の洋服を合わせた中から、今日の人には何を着ようかと自分で選ぶようにしています。

8000着!すごいですね。毎回変えてるのか……
ちなみに、その8000着は捨てているわけではなくて、毎年日本橋高島屋でクリスマスの時期にバザーで売って寄付されていたそうです。
黒柳さんの話を聴いていてすごいな、と思うのは、寄付とか親善大使という仕事を、とくに気負うことなく、それでいて確実にやり続けていることなんですよね。
こういう話って、「すごいことやってます!」と言う人もいるし、逆に「全然たいしたことはやってないんです!」と強く謙遜する人もいる。
黒柳さんの場合は、そのいずれでもなく、本当に自然に会話のなかで、日常の一コマとして寄付の話が出てくるのです。


この対談、正直、「読むと何かの役に立つ」とかいうような内容では全くないのですが(パンダの生態には、若干詳しくなれるかもしれないけれど)、読んでいると、黒柳さんの声が聞こえてくるようですし、黒柳さんの言葉が「日本のテレビ史」そのものなのだなあ、と。

糸井:黒柳さん、帽子も面白いですね。どこまでが帽子でどこまでが毛なんだか。


黒柳:これは自分の毛を編んで入れてるんです。


糸井:黒柳さんって、いつも、どこまでが帽子でどこまでが毛なんだか、自分の毛なんだか、わからないんですが。


黒柳:上手ですからね(笑)。


糸井:ふだんはきっとロングヘアだということですよね。


黒柳:タマネギ頭はロングヘアじゃないとできません。ちがうスタイルにするときには中に全部折り込んで、しまっちゃいます。そしてかつらをかぶります。


糸井: ……ということは、「タマネギ」のときは自毛なんですか。


黒柳:あれもかつらだと思ってらっしゃる方がいらっしゃいますけど。かつらだと、襟足のところなんか、ああはうまくいきません。


糸井:じゃあ「タマネギ」じゃないときのほうが、かつら。


黒柳:そうです。「タマネギ」じゃないときのほうが、かつらのことが多いです。そのほうが、すぐに仕事に入れるので。


糸井:はぁああ。あの、おうちにいらっしゃるときは……。


黒柳:そりゃあ、もう、すごいですよ。

「ノーメイクでテレビ局に入るときは、黒柳徹子さんだと絶対に気付かれない伝説」みたいなのを聞いたことがあるのですが、「黒柳徹子の日常」って、なんとなく想像しがたいですよね。
徹子の部屋』に住んでそうで。


僕にとっていちばん面白かったのは、黒柳さんが森繁久彌さんのことを語っておられたところでした。
黒柳さんは、「ねぇ、一回どう?」伝説やお二人の関係なども話しておられます。
ほんと、やってることは「セクハラ」以外の何物でもないと思うのですが、「この人なら許される、のかな……」という気分にもなってくるんですよ、読んでいると。
むしろ、それも森繁久彌の一部なのです。
まあ、真似しようと思って、できるようなものじゃないでしょうけど……

黒柳:森繁さんは「徹子の部屋」放送開始の記念すべき第一回目のゲストでした。トーク番組をどういうふうにやればいいのか、道をつけてくださった方です。96歳で亡くなった森繁さんは、「徹子の部屋」30周年のとき、93歳でした。


糸井:はい。


黒柳:もう、出演していただけないことはわかってたんだけど、メッセージをいただけますか、と申し込んだら、こんなコメントが来ました。ワープロでね、きっとどなたかが代筆してくださったんでしょう。もう、森繁さんがどんな状況にあるのか想像もできなかったんですけども……「時が経つのは早いもの。もう30年にもなりますか、チャック。」チャックというのはうんと若いころ、NHKにいたときのわたしのあだ名なんですけどね。


糸井:はい。


黒柳: 「チャック、君との間の子どもができなかったのはなんとも残念だが」。


観客: (笑)。


糸井:ははははははは。


黒柳: 「そのためには、その前に何かしなきゃなりませんからね」そう、書いてあって。


糸井:はははは。


黒柳: 「30年おめでとう」。そう結んでありました。これはもう、森繁さん以外の人には言えないことです。こんな代筆なんてね。でも、わたし、思った。93歳になっても、まだこんなこと考えてるのか。


糸井:うん。

この本のなかで黒柳さんが語られている森繁久彌さんの人間像は、すごく興味深いものでした。
いいかげんにやっているみたいなのに、人の心を打たずにはいられない、森繁さん。
その「すごさ」を、あらためて思い知らされました。


巻末の、黒柳さんから糸井さんへの「手紙」の一部です。

「わぁ」と思えなくなったときには、私ではないのかもしれません。
でも、それを「尊い好奇心」とおっしゃってくださる糸井さんは、
なんて素晴らしいと思いました。素晴らしいのと、嬉しいのと、
もしそれを最初に行った小学校の先生がわかってくださったら、
私は退学にはならなかったでしょう。
でも、退学になったおかげで、次のトットちゃんの学校に入れたのですから、
退学になったのは、結果的には良かったのですが。
もっとも、新しい一年生を受け持つ、とても綺麗な先生にとって、
ちゃんと机の所に座って、
先生のお話を聞く子どもがいっぱいいるのだろうと、
先生になったばっかりのときに、私みたいな、
窓のところに立って、外のチンドン屋さんと話をしたり、
掃除をしてる、通りの向こうの文房具屋のおばさんに
「こんにちは」と話をしたり、
教室の窓の上に巣を作っているツバメに
「なにしてるの」と聞いたりしてたわけですから、
新しい先生にとっては、
本当に心の底から迷惑だと思ったに違いないと思います。
先生も、私と同じようにツバメに
「なにしてるの」と一緒に聞いてくだされば
先生も楽しかったのかもしれないけど。
やっぱり先生はツバメに
「なにしてるの」なんて聞いたりはしないものなんでしょうね。
そんなわけで、いまでも、ありがたいことに、
私は「わぁ」とか言って、日々を過ごしています。

この本を読んでいて、僕は『窓ぎわのトットちゃん』をもう一度読み返してみようと思いました。
「うまく学校の流れに乗れない、好奇心のかたまりだった子ども」だった黒柳さんが、こうして、その好奇心を持ったまま生き続けている姿は、同じように「どうしてもはみ出してしまう子どもたち」と、「その子どもたちと接する親たち」にとって、大きな「希望」でもあるはずです。
黒柳さん本人は、「自分の好きなことをやってきただけ」なのだろうけど、そうやって生きることは、そんなに簡単なことじゃないから。


窓ぎわのトットちゃん (講談社青い鳥文庫)

窓ぎわのトットちゃん (講談社青い鳥文庫)

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