琥珀色の戯言

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【読書感想】ルネサンス 歴史と芸術の物語 ☆☆☆☆


ルネサンス 歴史と芸術の物語 (光文社新書)

ルネサンス 歴史と芸術の物語 (光文社新書)


Kinde版もあります。

ルネサンス 歴史と芸術の物語 光文社新書

ルネサンス 歴史と芸術の物語 光文社新書

内容(「BOOK」データベースより)
ルネサンスとは、一五世紀のイタリア・フィレンツェを中心に、古代ギリシャ・ローマ世界の秩序を規範として古典復興を目指した一大ムーブメントを指す。しかし、古代の文化が復興した理由、あるいは中世的世界観から脱する流れに至った理由を明確に答えることはできるだろうか。ルネサンスとは本来、何を意味し、なぜ始まり、なぜ終わったのか―。皇帝と教皇による「二重権力構造」をもち、圧倒的な存在として人々を支配していた中世キリスト教社会は、いかにして変革していったのか。美術との関係だけで語られることの多い「ルネサンスという現象」を社会構造の動きの中で読み解き、西洋史の舞台裏を歩く。


ルネサンスとは本来、何を意味し、なぜ始まり、なぜ終わったのか?」
非常にシンプルな質問なのですが、即座に答えられる人は、そんなに多くないはずです。


ルネサンス」とは、イタリアを中心に起こった、ギリシャ・ローマ時代の芸術への回帰運動、というような答えを、この本を読む前の僕なら、していたと思います。
ミケランジェロレオナルド・ダ・ヴィンチラファエロ……
代表的な芸術家や、その作品のいくつかはすぐに挙げることができるけれど、なぜ、この時代のイタリアで「ルネサンス」が起こったのか、そしてそれはなぜ終わっていったのか?というのは、けっこう難しい質問です。


この本を読むと、それが「芸術の世界の流行り廃り」だけの話ではないということがよくわかります。
背景になったのは、「十字軍の遠征」で、イスラム文化との交わりが激しくなったことや、大人数の遠征軍を支えるために、ベネチアなどの都市が発展していったことなどが挙げられています。
そのなかでも、この「聖フランチェスコの話」は印象的でした。
フランチェスコさんは、中部イタリアのアッシジという街で生まれ、イタリアの都市同士の覇権争いの戦いに従軍していたとき、スポレートという街で「どこへ行くのか」という不思議な声を聞きました。
そこから彼の人生は大きく変化し、貧しい人に持っているものを全部与え、郊外にあった朽ち果てた教会をたったひとりで建て直し始めたそうです。
フランチェスコさんに「私の教会を建て直せ」と語りかけたとされるのが「サン・ダミアーノの磔刑像」でした。

 エキセントリックな印象を街の人々に与えたフランチェスコの元に、やがて、その情熱に打たれた賛同者が一人、また一人と集まってきます。こうして11人にまで増えた弟子を引き連れて、28歳になっていたフランチェスコはローマの教皇の元へ赴きます。教皇から認可を得て、「小さき兄弟団」、後のフランチェスコ修道会が誕生します。彼らは徹底して清貧を貫き、自分たちで耕した食料で足りない時には托鉢をして回りました。私有財産を放棄し、武力を否定し、童貞であることを喜び、ひたすら祈りと奉仕にあけくれる毎日を送ったのです。
 彼の影響力は野原に広がる炎のようでした。驚くべきことに、わずか11人で始まった修道会は、彼が1226年に44歳で亡くなる時には数万人に膨れ上がり、ヨーロッパ全体に千を超える修道院を擁するまでになっていました。通常は数十年かかる列聖審査も、彼の場合は特例中の特例として、死後わずか2年で聖人となっています。

 この処女の胎から、みことばは、私たちの人間性と弱さをそなえた真の肉を受け取られたのです。(聖フランチェスコ、「全キリスト者への手紙2」より、庄司篤訳)

 これは、フランチェスコが遺した言葉です。
 爆発的に人々の支持を集めた彼の、この言葉の影響もまた絶大でした。


修道士・フランチェスコさんが、「人間性と弱さをそなえた」という「イエスの人間味」みたいなものを語ったのがひとつのきっかけになって、絵画や彫刻に描かれる神や人も「人間らしく」なっていったのです。
そこでお手本になったのが、古代ギリシャ・ローマ時代の芸術だった、というわけです。


ひとつの国やひとりの人間の力だけで「ルネサンス」がなされたわけではないけれど、その大きな転機となった人や事件、作品は、やっぱり存在しているのです。


この新書では、多くの作品がカラーで紹介されており(そんなに大きな写真ばかりではないのですが)、著者の解説と一緒にみていくと、「ルネサンスで起こった、絵画や彫刻、建築の変化」が視覚的にもよくわかります。
ルネサンス以前」と「ルネサンス後」が並べて比較されているので、すごくわかりやすいのです。
ああ、これは確かに、「劇的な変化」だったのだなあ、って。


(初期キリスト教時代以降の)「はじめて作者がわかるように署名された作品」の話も興味深いものでした。

 ジェノヴァのあるリグーリア州に、サルザーナという街があります。ここの大聖堂にある磔刑図は(この新書のなかにはカラー写真が掲載されています)、目をしっかりと見開いて前方に視線を送っており、先に見た二つのイエスのタイプのうち”超人的なイエス”に当たることがわかります。体もS字を描く前であり、まるで自分の意志で立っているかのようにまっすぐな姿勢をしています。
 この作品は、はっきりと年代と作者がわかるように署名された、最初の作品であるという点において、絵画史の中でも非常に重要な位置を占めています。
 この絵には、次のように記されています(欠けている文字は補っています)。
「ANNO MILLENO CENTENO TER QUOQ(UE) DENO OCTAVO PINX(T) GUILLEM ET H(AEC) METRA FINX(IT)」。
 これは、「1138年にマエストロ(親方)グリエルモが描いた」という意味です。この画家がどのような人物か詳しいことはわかっていないのですが、大聖堂にその作品が残るほどですから、当時も一級の画家としてみられていたはずです。
 もちろん、グリエルモよりも早く、年代と作者の名を署名した画家もいたかもしれません、そうした作品のほとんどが失われて、たまたまグルエルモ親方の作品だけが残ったのかもしれません。しかし、ここで重要なのは、これが本当に最初かどうかなどではなく、他者による伝聞でも記録でもなしに、画家本人が自分で自分の名前を作品に書いたという点です。

 僕はこれを読んで、「なぜそれまで、画家たちは、自分の名前を作品に遺そうとしなかったのだろう?」と疑問に感じました。
 それに対して、著者は、「その時代までの美術は『神の聖なるイメージ』を、ひたすら忠実に模倣し、人々に見せるためのもので、画家が個性を出すことは許されなかった」のに対して、この時代には画家が自分の個性を作品に込められるようになったからこそ、「自分の作品として署名をする」という「自意識」が生まれてきたのだと説明されています。
 いまの時代から考えると、「自分の作品に署名しない」ほうが不思議なのですが、当時は「神の絵なのだから、誰が描いたのかには意味がない」と考えられていたのですね。


この新書では、「歴史の流れ」「作品の変化」が中心となって語られていますので、ミケランジェロダヴィンチのような「ルネサンスの有名人たちの列伝」や「有名作品の紹介」は、ほとんどありません。
しかしながら、そういうガイドブック的な内容から、ちょっと踏み込んで、「今度イタリアに行ったとき、観てみたい作品」を増やしたい人には、最適な内容になっているのではないかと思います。
「あえて有名作品を採り上げなかった潔さ」が、この本をスジの通ったものにしているように感じられます。


それにしても、ルネサンスにおける「十字軍」や「イタリアの都市間の争い」の影響を考えると、「戦争というのは、人間を荒廃させる」一方で、「短期間で劇的に文化や科学を発展させる」のだなあ、と嘆息したくもなりますね。

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