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【読書感想】中国絶望工場の若者たち ☆☆☆☆


中国絶望工場の若者たち 「ポスト女工哀史」世代の夢と現実

中国絶望工場の若者たち 「ポスト女工哀史」世代の夢と現実


Kindle版。紙の単行本よりも安かったので、僕はこちらで読みました(紙は1470円、Kindle版は1048円)。

中国絶望工場の若者たち

中国絶望工場の若者たち

内容紹介
いま、中国には1980年~90年代生まれの「第二代農民工」(新生代農民工、新世代農民工)と呼ばれる若者たちがいる。
親が出稼ぎ農民として都市部に来た世代で、子供である彼らは都市に住みながら「農村戸籍」のため、差別と不遇をかこっている。
その数、なんと約1億人。
彼らの不満や鬱屈があるとき反日デモストライキに至ることは、2012年の反日暴動で証明された。
中国ビジネスを行なう日本企業にとって、また体制崩壊の不安におびえる中国共産党にとって、いま「第二代農民工」とどう付き合うかは最大の問題である。
著者はこれまで調査されなかった「第二代農民工」の現地ルポを敢行。
工場で働く若い男女の「日系企業に対する愛と憎しみ」や「将来の夢」、「なぜ日系企業ではストライキが多いのか」を赤裸々に伝える。「絶望工場」とまで称される中国の生産現場では、どのような人生が繰り広げられているのか。その目でぜひ確かめていただきたい。


フォックスコンでの「非人間的な労働」や、日本での「『研修』という名目での『出稼ぎ』での厳しい労働環境」などが話題になることも多い中国人労働者たち。
著者は、彼らに実際に取材をして、そのナマの声を集めています。


著者は「日本に出稼ぎに行く(行った)中国人たち」に取材し、こんな話を聞いています。
取材した出稼ぎ経験者の多くは「日本はよかった、また行きたい」と答えていたのが僕には意外でした。
日本人である僕からみると、かなり「搾取」されているようなイメージしかなかったから。

 ただ冷静に考えてみれば、月6万円で通常の労働者なみに働かされる「研修」とう制度は、やはりあざとい。「搾取」と指摘されても仕方ない部分があるだろう。2010年7月から「技能実習ビザ」(中国人の言うところの労働ビザ)が創設されて、一年目からきちんと労働関連法令で守られて働けるようになったが、それでも、日本弁護士連合会などから「問題あり」と指摘され、廃止が求められている。
 そういう話を劉震(著者が取材した出稼ぎ経験者)に振ってみると、「それなら韓国の企業のほうが、よっぽどひどいよ。日本はずっと条件がいい。一度日本に行った奴は、もう一度行きたいと必ず言う。僕ももう一度行きたいよ。今なら一年目から『労働ビザ』で働けて、残業もできるんだもんな。でも技能実習制度は一度しか使えないから、次に外国へ出稼ぎに行くとしたら、韓国かシンガポールくらいしか選択肢がない。けれど、それなら中国国内で出稼ぎに行くのとあまり変わらないね」と話していた。
 韓国への出稼ぎをなぜ彼らは嫌がるかというと、(1)仲介業者に預ける保証金6万元は帰国後も全額返還されない、(2)労働時間が12時間から14時間と長いのに日本よりも月給が低い、(3)日本のように住居、宿舎が準備されない、(4)韓国人のほうが性格がきつい(付き合いづらい)、からだそうだ。また、観光ビザで入国させて違法就業を斡旋されることが多い、とも。
 シンガポールへの出稼ぎは、給与がかなり低い。人民元にして5000〜6000元というから、広州あたりの工場とそう変わらない。ただ出国前に支払う仲介費が2万元と安いので、韓国よりは希望者が多いらしい。

 日本人にとっては「ありえないような酷い労働環境」でも、中国から出稼ぎに来る人にとっては「好条件」なんですね、一般的には。
 少なくとも、「韓国やシンガポールで働くよりも良い」と考えている人が多いようです。
 そして、中国国内の「格差」もかなり広がっており、国内の工場で「出稼ぎ」をする農民工も少なくありません。
 これを「日本はまだ良心的」だと考えるか、「それでも日本人の労働者に比べたら、厳しすぎる環境だし、差別だ」とみるか……
 ある意味、日本人は「おひとよしすぎる」のかもしれません。
 それはもちろん、美徳でもあるのだけれども。
 少なくとも、彼らにとっては日本へ出稼ぎに行くと、数年で家が建てられるほどの稼ぎがあるし、「残業をどんどんしてでも、稼ぎたい」という人も少なくないのです。
 

 その一方で、やはり「過酷」であることは間違いありません。

 実習生の過労死問題もある。2008年に、茨城県の金属加工工場で働いていた中国人実習生が急性心不全で死亡。残業時間月180時間という長時間労働を強いられていたほか、工場側が二種類のタイムカードをつくり違法な残業実態を隠していたという悪質な事件だった。2012年11月に、この事件は工場側が遺族に賠償金を支払うことで和解が成立した。
 ちなみに、2008年度の外国人技能実習生の死亡は34人、2009年は27人、2010年は24人、2011人は20人。死因を含めて公式に公表されているが、過労が原因と見られる心臓・脳疾患が圧倒的に多い。
 給料を管理費名目でピンはねされた、一日13時間労働を強制されて残業代は未払い、割増残業代が支払われていないどころか最低賃金をはるかに下回る残業代しか払われていない、といった労働法違反、ろくな研修もないまま重機やフォークリフトを運転させる労働安全衛生法違反、そういう危険な作業を強いて発生する労働災害、セクハラやミスに対する罰金強制と、問題は枚挙にいとまがない。
 大阪の小規模縫製工場で中国人実習生の労働環境を目の当たりにしたことがある日本人工場従業員は、「はっきり言ってブラック企業。人権侵害も甚だしい絶望工場。ただ、それでも、日本の工場のほうがましと本人たちが思っているみたいなんだ」と話していた。

 この世界は、いったいどうなっているんだ?と問いかけたくなる話です。
 要するに、「これでもマシなくらい、中国国内や他国の労働環境はひどい」ということなのでしょうね……


 それでも、近年では国内の工場で働く若者たちの意識も変わってきていて、「あまりにも品質管理が厳しく、束縛される日本企業」は、人気がなくなってきているようです。
「もっとラクに働きたい」と。
 中国国内の場合は、日本企業が他国の企業よりも高給というわけではないようですし。
 

 中国の「第二代農民工」たちは、海外との格差だけではなく、国内の「都市の住民との格差」にも直面しているのです。
 著者は、中国の戸籍制度をこう説明しています。

 中国では農村戸籍都市戸籍(非農村戸籍)がある。農民の子は農村戸籍が与えられ、都市民の子は都市戸籍が与えられる。中国人口のうち農村戸籍者は約8.3億人、都市戸籍者は約5.1億人。農民が都市で暮らし子供を産んでも、その子供は農村戸籍となる。要するに、農村戸籍都市戸籍は一種の厳格な身分制度、階級制度でもある。
 中国では官二代、富二代、農二代といった言い回しがあるが、官僚の子は官僚に、金持ちの子は金持ちに、農民工の子は農民工にと、親の身分からは原則逃れがたい社会なのだ。戸籍管理制度は人によっては中国版アパルトヘイト、つまり「農民隔離政策」だと言う。農民を農地に縛り付け、都市に自由に流入させないための制度、あるいは農村と都市の格差を維持するためのシステムだ。

 巨大な人口を抱える中国で、農村からどんどん人が都市に流れ込んでくれば、食料生産は減るし、都市はスラム化するしで、国としての存亡に関わってきます。
 ですから、「政策」としては致し方ないのかもしれませんが……

 都市民と農民の待遇差を大まかに言うと、たとえば計画経済時代、都市民は住宅や主食、副食の配給を受け、医療・教育で公的支援を受け、年金や保険が保証された。農民は農地・宅地を分配されたが、食料・燃料も自給自足、医療・教育も全額負担で保険なども整備されていなかった。
 計画経済時代が終わり、経済の自由化が進むと、都市民の配給の恩恵などは消えていったが、経済発展の波に乗り不動産の転売なや株で富を築くチャンスは都市民に圧倒的に多くもたらされた。農民は土地(使用権)を持っているが、それは自由に転売できず、農民に資本はない。経済成長によるキャピタルゲインもない。むしろ再開発を名目に農地を強制収容される「失地農民」の問題が深刻化した。

 中国には、「都市民」と「農民」というふたつの「階級」が、いまも残っているのです。
 「都市に移住すればいい」というわけではなく、農民は、どこに住んでも、出稼ぎに行っても農民。
 親が出稼ぎに長期間行ってしまい、親不在で育てられた子供たちが、成長して犯罪を起こしやすくなっている、という社会問題も生じてきています。


 「発展途上国でありながら、経済大国でもある」という中国の矛盾が、この「絶望工場」に集約されているように思われますし、今後、中国を揺らしていくのは、この「格差」への反動ではないか、という気がします。
 現場で働いている若者たちは、けっこう明るくて将来に希望を持っていたりもするんですけどね。


 この本、「グローバル経済」のなかでの中国、そして日本の立ち位置を知るための興味深いレポートだと思います。
 

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