琥珀色の戯言

3000冊以上の【書評】と500作以上の【映画感想】を、ちゃんと読んで、観て書いてきたブログです。話題になったあの本や映画の感想が、たぶんあります。新書、ノンフィクション、インターネット関連本が多め。

【読書感想】マンガホニャララ ロワイヤル ☆☆☆☆


内容紹介
誰にも真似できない、ブルボン流マンガ評
週刊文春の人気連載「マンガホニャララ」を単行本化! 超人気マンガから知る人ぞ知る名マンガまでブルボン小林がズバッと評します。


内容(「BOOK」データベースより)
読まなきゃいけないマンガが、こんなにある!大人だって、もっとマンガを読んでいいんだよ。あの時のマンガ熱が再燃する、痛快マンガコラム70本。

僕はもともと、あまりマンガを読んでないんですよね。
それは、あくまでも「マンガ以外の本と比較して」という話で、おそらく、それでも同世代の日本人の平均くらいはマンガも読んではいると自分では思っているのですが。


この『マンガホニャララ』、前の単行本のときも読んでいて、ブルボン小林さんの独自の切り口と、同世代の人のマンガ観に共感することが多かったのです。もちろん、連載されていたのが『週刊文春』ということもあり、若者向けのマンガ紹介というより、僕と同じくらいの30〜40代がターゲットになっているのでしょうけど。


このエッセイ集、「アツい少年マンガ」のノリについていくのには、ちょっと抵抗があり、さりとて、『黄昏流星群』を愛読書にするほど枯れてもいない、そんな世代のマンガ好きには、非常に面白いのではないかと思います。
(ブルボンさんは『黄昏流星群』も、嫌いじゃないだろうな、という気もしますが)


僕も子供の頃愛読していた、学研の「ひみつシリーズ」の話など、本当に懐かしかった(しかし、あれほど熱心に読んだはずなのに、内容をほとんど覚えていないということにも気づかされました)。

 それら(『お金と切手のひみつ』『恐竜のひみつ』など)で得た雑学の一部はたしかに今も覚えている。世界一大きな珊瑚礁グレートバリアリーフだし、血が赤いのは赤血球があるからだ。
 だが、雑学と無関係なことを、もっと覚えている。なんでも実践してみる「ヤッタくん」、傍観しているのが「アララちゃん」という命名や、鼠が(ネズミだけに)「チュー意」が口癖とか。アルキメデスがエウレーカと叫びながら、風呂から飛び出した逸話も、なにかを発見したかではなく、彼が裸で飛び出したことばかり印象づいている。

 この「エウレーカ」の場面、僕もおぼろげながら記憶にあります。
 あと、「空中に巨大な蛇口が浮いていて、ずっとその蛇口から水が下に流れ続けている」という「手品(と言っていいのかな)」のひみつも覚えています。
(実は蛇口からの下向きの水流の中心部に、上に水をくみあげる管が入っているのです……って言葉で説明しても、なかなかイメージしづらいですよね……)


「学習マンガ」とか「マンガ日本の歴史」とか、あれほど僕の世代の子どもには読まれていたのに、マンガの歴史からはスルーされることが多いので、これを読んで、けっこう嬉しくなりました。

はだしのゲン』は小学校の図書室に置かれていた。原爆の悲惨さを伝える強い教育性あればこそ書棚に置かれたのだろうが、子供が喜び率先して読んだのはそれが漫画だからだ。つまり、原爆のことを知りたいが活字は難しいので代用で漫画を選んだのではない、原爆のことはどうでもよいが漫画は嬉しいから読んだ。教育テレビでもアニメや人形劇だからみるみたいな、漫画への無闇な渇望が当時はあった。

「漫画への無闇な渇望」!
「とにかくマンガは有害」というPTAからのバッシング(だと当時思っていた)に憤りながら、やむなく、漫画だから「はだしのゲン』や『マンガ日本の歴史』を、あの頃の僕たちは読んでいたのです。
消極的な選択として。
そのおかげで原爆のおそろしさを知ったり、僕みたいに歴史好きになってしまった人も、結果的には多かったのだと思うけど。
今の子供たちは「マンガは有害図書」なんてキーキー言われなくて羨ましい!
まあ、考えてみれば、僕たちが「親世代」になってしまったわけですから、「マンガを読むな」なんて言えるはずもなく。


特攻の拓』の回の冒頭には、こんな文章があります。

 プロレスはまるでみないけど初代タイガーマスクだけは好きだった、という女性がいる。テレビゲームはしないが『ドクターマリオ』は得意という人を複数知っている。
 ジャンルの持つ総合的な醍醐味を解さないのに、その中のある一種類だけ、なぜか愛されるということが漫画にもある。それをきっかけに、ジャンルを掘り下げていくことなく、それ単体だけが愛されるということが。
 日本の漫画には「ヤンキー」というジャンルがあるが、僕が愛読するのは『疾風伝説 特攻の拓』だけだ。
 僕だけでない。ヤンキー漫画はこれだけ好き、という人は周囲にも多い。読書家の女性の、純文学ばかり並ぶ本棚に小さなコミックスの『特攻の拓』が並んでいて驚いたこともある。

 僕も「ヤンキーマンガ」は苦手なんですよ、ずっと。
 学生時代も「ヤンキー」には絡まれて嫌だった思い出しかないし。
 でも『週刊少年マガジン』連載時、この『特攻の拓』は、「ヤンキーマンガ嫌いなんだけどな」と思いつつ、毎週欠かさずに読んでいた記憶があります。
 同じような人は、けっこう多かったのかもしれません。
 コミックスを買うほど好きではなかったにせよ、僕にとっても、唯一「定期的に読んでいたヤンキーマンガ」だったから。
 しかし、なぜ『特攻の拓』だったのか?と考えると、あの絵柄のおかげなのか、それとも、主人公の拓がナチュラル・ボーン・ヤンキーではなく「親近感のわく存在」だったからなのか、あるいは、僕自身のなかに、潜在的に「ヤンキー」に憧れるところがあったのか……


 「『ブス』のアイコンとしての『ジャイ子』」の話を読みながら、引用されている「縁側でひとり、物思いにふけるジャイ子」の絵をみて、なんとなく「ああ、見た目でいままであんなに酷いことばかり言って、ちょっと申し訳なかったかな」としんみりしたりもしました。
 しかし、まさかジャイ子も、後にCMで自分に「国民的アイドル」である前田敦子さんがキャスティングされるとは、思っていなかったんじゃないかなあ。
 

 あと、桜沢エリカさんが、1980年代に『MSXマガジン』にマンガを描いていたというのにも驚きました。
 当時のマイコン雑誌は隅々まで読んでいたので、リアルタイムでみていたはずなのですが。


 とまあ、こんなふうに、30〜40代くらいのマンガ好きにはたまらない一冊ですので、ぜひ、手にとってみてください。

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