琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】売る力 心をつかむ仕事術 ☆☆☆


内容紹介
「皆が反対することこそ成功する」――40周年を迎えるコンビニ業界トップのセブン-イレブンをはじめグループ総売上高九兆円の巨大流通企業、セブン&アイ・ホールディングスを率いる鈴木敏文さん。本書では秋元康佐藤可士和、牛窪恵、鎌田由美子、小菅正夫各氏ら異分野の人々の考え方を引きながら、「『お腹がいっぱい』の人に何を食べさせるか」「海辺の店でなぜ、梅おにぎりが大量に売れるのか?」「人は『得』より『損』を大きく感じる」「動物の『絞り込み』で成功した旭山動物園」といった身近な話題を基に独自の経営理念を分かりやすく説いています。


セブン-イレブン』の鈴木敏文さんといえば、現代の「カリスマ経営者」のひとりです。
この新書では、その鈴木さんが「セブン-イレブンは、なぜ勝ち続けることができるのか」を滔々と語っておられます。

 わたしはことあるごとに、売り手は「お客様のために」ではなく、「お客様の立場で」考えなければならないといいます。「お客様のために」考えるのと、「お客様の立場で」考えるのとでは、一見同じように見えて、まったく違った答えが出てくることがあるからです。どこがどう違うのか。前章で紹介したトーハン時代の『新刊ニュース』のリニューアルを例にお話ししましょう。 
 リニューアル前の『新刊ニュース』は、「本をたくさん買う人が読むものだから新刊の目録をできるだけたくさん載せるほうがいい」という編集方針でつくられてきました。それに対し、わたしは、「本をよく買う人は、何も本だけを読んでいるわけではない。本を読む人であればあるほどホッとした息抜きがほしいのではないか」と考えました。そして、新刊目録の数を減らし、軽めの読み物をとり入れ、サイズも従来の半分のB6版にコンパクト化して、有料で売る案を出しました。すると、出版のプロを自任する上司たちから、「われわれプロの長年の経験からしてそう簡単に売れるわけがない」と反対されました。
 これは、「お客様のために」と「お客様の立場で」の違いをよく表しています。上司たちは、新刊目録を多く載せるほうが「お客様のために」なると考えました。しかし、それは、本をできるだけ多く売るという自分の立場がまずあって、そのうえでお客様のことを考えている。つまり、結局は売り手の立場で考えていたのです。その根底には、過去の経験にもとづいた「読書家とは本をたくさん買う人のことだ」「だから読書家は新刊目録を求めている」という思い込みや決めつけもありました。
 つまり、「お客様のために」と言っても、「売り手の立場で」考えたうえでのことであり、そこには、過去の経験をもとにしたお客様に対する思い込みや決めつけがある。これに対し、「お客様の立場で」考えるときには、ときには、売り手としての立場や過去の経験を否定しなければなりません。

この新書のなかで、鈴木さんは何度も「お客さまのために」ではなく、「お客さまの立場で」と仰っているのです。
「お客さまのために」は、あくまでも「売る側からの目線」であり、自分たちがサービスだと思うものの押しつけになっていることが少なくないのだ、と。
突き詰めていくと、似ているようで異なる、この2つの概念の違いを見分け、「お客さまの立場で」を貫いてきたことが、セブン-イレブンの成功の秘訣なのでしょう。

 実はわたしは、三十歳で総合スーパーのイトーヨーカ堂に転職して以来、店頭で販売を経験したこともなければ、レジ打ちをやったこともありません。グループのなかで、そんな人間はわたしくらいでしょう。

鈴木さんは「自分の現場経験のなさ」に、何度も言及されています。
普通に考えれば「現場のこともわからずに、無理難題を押しつけてくる経営者」は、失敗しそうなものなのですが……


最近読んだ『里山資本主義』という新書のなかで、著者の藻谷浩介さんは、こんなことを仰っておられます。

 世界で最も効率がいいと思われる、日本のコンビニエンスストアの従業員の働き方を見るとよい。お客に対応する傍らで、倉庫から品物を出して来たり、商品棚を整理したり、トイレを掃除したり、ゴミ箱の中身を片付けたり、少数のスタッフが一人多役をこなして効率を上げている。さらには彼らの多くが、学生だったり主婦だったり劇団員だったり、店の外にもやることを持っている人たちだ。

ところが、このコンビニの従業員たちの時給はけっして高額ではないし、世間では「誰にでもできそうな仕事」だと見なされているのです。
いま、コンビニでできることの種類を数え上げてみれば、なんてたくさんの役割をこなさなければならないのだろう、と驚いてしまうのに。


僕はつい、考えてしまうのです。
鈴木会長が「徹底したお客さま目線」を維持できているのは、「現場に深くコミットしなかった」おかげではないのか、と。
もし、長年現場に出ていて、コンビニの店員たちの仕事ぶりをみていたとしたら、あんなに多種多様な業務を、高いとはいえないような時給で(経営者は違うかもしれませんが)やってもらうということに対して、ためらうのではないかなあ。
「そこまではアルバイト店員に求められないし、24時間営業では無理だろうな」って。

 創業当初、製パンメーカーに正月も製造を求めたことがありました。正月も営業する以上、新鮮なパンを提供したいと思うのはコンビニエンスストアとしては当然のなりゆきでした。しかし、製パンメーカーの社長からは、「正月まで社員を働かせるのか」「社員に正月と盆に休みをとらせることは経営者の責任だ」と猛反発されました。担当者が社長のもとに日参して、交替制で社員の休暇と工場の稼働とを両立させることはできないかと説得を重ねましたが、交渉は難航しました。労組の委員長にも頼みましたが打開しません。戻って肩を落とす担当者に、わたしはこう言いました。
「ぼくらはもともと素人集団だ。原点だけは見失わずにいよう」
 担当者は再び通い始め、「おいしいパンを毎日お客様に提供したい」という「当たり前」の思いを伝え続けました。粘り強い要請がようやく受け入れられ、一号店開業翌々年の1976年の正月から店に新鮮なパンを並べることができました。

これは「美談」なのかどうか。
もちろん、消費者の立場からすれば、「正月から、コンビニで新鮮なパンを買うことができる」のは革命的なことでした。
でも、そのために、正月から工場で働いている人が大勢生まれたのです。
そして、どこかひとつのコンビニがそうすれば、他の店も追従していくことになります。
本当に、そこまでして、「正月に新鮮なパン」が必要だったのか?


鈴木会長は、「現場の状況」を知らないからこそ、あるいは、極力見ないようにしているからこそ、「お客さまの立場で」商売ができるのです。
ふつうはそういう経営者は現場からの不満が溜まって追い出されそうなものですが、そのギリギリの線をなんとか保つバランス感覚というのが、この人の「センス」なのかもしれません。
いやほんと、コンビニでの労働って、ものすごく大変みたいなんですよ。とくに責任がある店長とかは。
お客にとっての「さまざまなサービス」「便利さ」を追求すればするほど、現場で働いている人たちの負担は増していきます。
それでも、セブン-イレブンは、コンビニ業界で「ひとり勝ち」している。
お客の立場からいえば、たしかに、他のコンビニチェーンよりも弁当とかデザートは充実していると思いますし、魅力的な商品は多いのです。
「お客様にアピールするためのテクニック」も研究され尽くしている感すらあります。

 限られた店舗スペースのなかで、弁当類などの主力商品については、仮説を立てて売れ筋商品を絞り込み、それぞれの商品ごとにフェイスを目一杯とってボリューム陳列を行っているのは前述したとおりです。本来売れ筋になるべき商品も、種類を絞り込んで十個以上置いたら十個以上売れるのに、絞り込まずに三個ぐらいしか置かないとお客様は見逃してしまい、あまり売れません。
 たとえば、ソフト飲料を入れる冷蔵のリーチインケースも、一アイテムずつ横に並べていくと百五十アイテムぐらい入るとしましょう。奥行き一列に何本も入りますから、お客様からの見た目で多くのアイテムを並べたほうが選択の余地が広がってよさそうに思いますが、本当は九十アイテムぐらいに絞り込み、売れ筋のアイテムはツーフェイスもスリーフェイスもとったほうが全体の売り上げが伸びます。
 雑誌コーナーでは、あれだけ限られたスペースでも並べる雑誌を絞って、一つの雑誌に二〜三フェイスをとると、雑誌全体の売り上げが伸びます。
 ヨーカ堂でも衣料品のブランドや品番を大幅に絞り込んだところ、売れ行きが上がりました。

 客はコンビニで「自分で選んで買い物をしてる」はずなのですが、実際はかなり「無意識のうちに店側に選ばされている」面があるのです。
 商品の並べ方ひとつで、売り上げは大きく違ってくるそうです。
 そして、「選択の幅を広げすぎる」よりも、「ある程度絞り込んで、『オススメ』を提示する」ほうが、全体としては売れるのです。


 セブンイレブンは、こんなふうにして「勝ち組」になっているのか……と感心させられるのと同時に、こうやって「お客様の立場で」サービスのハードルを上げていった先には、いったい何があるのだろう?と、ちょっと怖くなる新書でした。
 でも、このハードルは、一度上がったら、もう、誰かが引っかかって大怪我するまで、下がることはないのでしょうね……

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