琥珀色の戯言

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【読書感想】EU崩壊 ☆☆☆☆


EU崩壊 (新潮新書)

EU崩壊 (新潮新書)

内容(「BOOK」データベースより)
2009年のギリシャに端を発し、もぐら叩きのように繰り返される債務危機と、「too little,too late(少なすぎるし、遅すぎる)」と評されるEU首脳たちのドタバタ劇。ドイツ、フランス、イギリスなど主要国は同床異夢で、南欧諸国の放漫ぶりに北欧との溝は深まるばかり。第二次大戦の教訓に始まる大欧州という理想像は、もはや崩壊の途にある―その歴史と、近年の混乱の本質を探る現地最新レポート。


長年の歴史の恩讐をこえて、ひとつにまとまろうとしているヨーロッパ、そんなイメージをずっと僕は持っていました。
ところが、EU(European Union:欧州連合)の足並みの乱れは、ギリシャなどの財政破綻をきっかけとした「ユーロ危機」で、かなり顕在化されてきているのです。
なぜ、ドイツはギリシャを助けたのか、そして、なぜ、ギリシャを助けるべきではない、と考える人も多いのか?
歴史から学び、アメリカ、ロシア、中国と対峙すべくつくられたEUは、いま、歴史的な分岐点にさしかかっているのかもしれません。


著者は、ギリシャの破綻っぷりについて、こう紹介しています。

 ギリシャの財政危機があぶり出したのは、金融政策をECB(欧州中央銀行)に一元化していながら財政主権は加盟各国に残したまま、という単一通貨ユーロの構造的な重大欠陥であった。
 それと同時に、ギリシャ支援に伴うEU、ECB、IMFによるトロイカ体制の調査で、想像を絶するギリシャの放漫ぶりが明らかになった。それをもとにした『グリコノミクス(GREEKONOMICS)』(ビッキー・プライス著)から、呆れたギリシャ事情の一部を紹介しよう。
 ギリシャのビジネス・エリートの多くがサッカークラブを所有し、政治家はファンの票を目当てにオーナーの意見に耳を傾け、彼らに有利な政策を導入していた。
 1833年ギリシャ正教会と国の合意によって、正教会の保有地の96%が国有化された。その見返りとして残りの保有地は非課税とされ、国が聖職者の給与や社会保障を負担するようになった。
 脱税を見逃してもらうため税務署員への賄賂が日常化し、対GDP比の超税率は7.3%とEU平均の11%を大きく下回る。徴収されない税金は80億ユーロにのぼり、ギリシャ財政赤字の約半分を占めている。
 財政再建のため売却しようとした国有地の一部が、すでに違法に売却されていた。
 旧国営航空会社オリンピック・エアウェイズがエアバス6機を1機4000万ユーロで売ろうとしたが、人員削減を恐れる労働組合の反対で売却できず、結局、金属クズとして売られてしまった。
 国鉄は1987人の従業員に、手を洗うだけで毎月420ユーロの追加手当てを支払っていた。国営トロリーバスの従業員1790人は、時間通り出勤するだけで310ユーロ、運行準備を整えるだけで月690ユーロの追加手当が与えられた。沿岸警備隊の乗組員は月840ユーロの「スクリュー手当」、国営電力会社の従業員はファックスの送り方を知っているだけで月870ユーロの「特別手当」があり、電気アンテナの下で働いているという理由の「困難手当」1120ユーロもあった。「困難手当」は管楽器チューバ奏者、理容師など580職種にのぼっていたという。
 他にも、80年前に干上がった湖を管理するために1万人が雇用され、年2億3000万ユーロ以上は支払われ、緊縮策の一環としてレイオフ(一時解雇)された3万人が1年間、給与の40%相当を支給されていたという。
 要するに、あらゆる既得権が守られ、新規参入は阻まれていた。債務危機が起きるまで公務員の全体数さえわからず、労働組合が申告させた結果、初めて76万8000人もいたことがわかったという。総選挙のために公務員数が増えてきたのも、与野党問わず、得票を増やすために有権者に公務員ポストを与えたからだった。
 ユーロ圏加盟によって国債金利が下がり、市場から資金調達がしやすくなったことが、ギリシャの借金体質と役人天国ぶりに一段と拍車をかけた。

 ちなみに、ギリシャの人口は1100万人、1ユーロは100円ちょっとくらいです(2013年12月はじめの時点で)。
 ギリシャといえば、「民主主義がうまれたところ」というイメージがあるのですが、長年この国を覆ってきたのは、政治家による「人気取りのための政策」だったのです。
 しかし、これはいくらなんでもひどすぎます。
 こんな「放漫経営」によって膨れ上がった借金に対して、「同じユーロ圏で、EUの仲間だから」という理由で救済を求められても、そりゃドイツもたまりません。むしろ、よく救済したものだ、と感心してしまうくらいです。
 ただし、著者によると、ドイツは第二次世界大戦中にギリシャを占領し、ボーキサイトなどの鉱物資源や農作物を徴発、ギリシャの国庫から資産も強奪したにもかかわらず(その総額は推定800億〜1000億ユーロにのぼるそうです)、戦後処理で連合国の取り決めとして賠償を放棄してもらったという「負い目」もあった、ということなんですよね。
 日本の「戦後処理」に比べて、ドイツのやりかたはすぐれていた、と思っていたのですが、そのドイツも「歴史上の罪」から自由になれているわけではないようです。
 それにしても、いま生きて、働いているドイツ人の大部分は、ナチスの行為に対して「加害者意識」を強く抱いているわけではないでしょうから、「なんでオレたちが助けなきゃいけないんだ?」と言いたくもなりますよね。
 『アリとキリギリス』で、夏の間遊んでいたキリギリスが冬になって困ったら、アリがキリギリスを援助してあげた、というようなものです。
 こんな状況にもかかわらず、ギリシャでは、緊縮財政への大規模な反対運動が起こってもいるのです。
 酷い放漫経営でも、それに慣れてしまっていれば、その「権利」を失うことは受け入れ難いのです。


 EU圏では、ギリシャだけではなく、アイルランドキプロス、スペイン、ポルトガル、イタリアなどの国も放漫財政で危機的な状況に陥っており、ドイツ、オランダ、ベルギー、北欧などの「堅実なユーロ圏」との格差は、どんどん広がってきているのです。
 にもかかわらず、同じ「ユーロ」を使用しているので、EUの堅持、通貨安定のために、北側は、南側をサポートしないわけにもいかない。
 そういう状況に対して、「ずっと援助している側」の苛立ちはつのる一方です。
 イギリスでは、「EU離脱」の是非を問う国民投票も予告されているそうですし。


 各国の首脳にとって、とくに「援助する側」にとって難しいのは「EUを維持すること」と「自国内での不満を抑えること」を両立していかざるをえないところなんですよね。

 しかし、ユーロ圏のGDPの27%を占めるドイツと21%のフランスの力関係は、欧州債務危機が悪化していくにつれ、ドイツ優位が目立つようになった。
 メルケル(ドイツ首相)はブリュッセル(EU本部)の権限を強化し、ギリシャに財政規律のタガをはめようとしている。ドイツ国民の税金が南欧諸国に垂れ流されてはいないことを国内に印象づけなければならない。

 著者は、現在のヨーロッバの情勢を、このように分析しています。

 ドイツは堅実派のオランダやフィンランドとの連携を強め、フランスはスペインやイタリアなど南欧諸国を味方につける。危機は小康状態にあるものの、ユーロ圏は、財政の緊縮と規律を要求する北欧と、経済成長のための金融と財政の緩和を唱える南欧に引き裂かれつつある。

 まさに同床異夢、というのが、EUの現状で、経済的な不調にともない、移民排斥などを唱える極右勢力が伸長している国もあり、その一方で、安価な労働力としての移民がいないと成り立たない国もあり、「緊縮財政」で対応するのもなかなか難しい。
 第一次世界大戦後の世界恐慌と賠償金の負担が、ドイツでナチスの台頭の原因となったという苦い記憶もあり、「放漫経営の国は、勝手に滅びろ」とも言えませんしね。
 前述のように、ドイツも「借り」が無いとはいえないわけですし、ユーロ圏は大切な「市場」です。


 EUのもうひとつの「大国」フランスも問題が山積みです。

 フランス経済の特徴を物語る数字がGDPに対して公共支出の占める割合で、56%強。北欧型の高福祉・高負担のモデル国家スウェーデンでも50%前後、イギリスとドイツは45%前後、ちなみに日本は41%強だ。
 小さな政府、減税、規制緩和自由主義経済のキーワードだが、フランスは欧州一「大きな政府」を抱えている。歳出削減せざるを得ないのは明らかなのに、オランドは大統領選で教員を6万人増やし、警察官を増員すると訴えてサルコジを退けた。
 もっと興味深い数字がある。「資本主義はうまく機能し、維持すべきシステムか」という世論調査(2010年12月)にフランスで「イエス」と回答したのはわずか15%。イギリス45%、アメリカは55%、皮肉なことにいまだに共産主義を看板に掲げる中国は65%に達していた。要するに、フランスは市場主義経済とウマが合わないのだ。

 フランスひとつとってもこんな感じなのですから、同じ「欧州」という地域にあっても、さまざまな個性をもつ国々が、「ひとつにまとまる」というのは、かなり難しいことなのですよね。
 これから、欧州は、さらにひとつになろうとしていくのか、それとも、ふたたび分裂していくのか。
 

 いまのEUの情勢が簡潔かつバランス良くまとめられている、読みやすい新書だと思います。
 手にとったときには、ちょっと薄いかな、と感じたのだけれども、読んでみると、このくらいだから読みきれる、という分量でもありましたし。

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