琥珀色の戯言

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【読書感想】穴 ☆☆☆


穴


Kindle版もあります。

穴

内容(「BOOK」データベースより)
仕事を辞め、夫の田舎に移り住んだ夏。見たことのない黒い獣の後を追ううちに、私は得体の知れない穴に落ちる。夫の家族や隣人たちも、何かがおかしい―。ごく平凡な日常の中に、ときおり顔を覗かせる異界。『工場』で話題を集めた著者による待望の第二作品集。芥川賞受賞作のほか「いたちなく」「ゆきの宿」を収録。


第150回芥川賞受賞作。
表題作のみ『文藝春秋』で読みました。
(ですので、評価も表題作についてのみです。すみません)
非正規社員の30歳既婚・子どもなしの女性が、夫の転勤をきっかけに、田舎に引っ越すことになり……という話なのですが、まあ、なんというか「ときめかない川上弘美さんの作品」みたいだなあ、なんて思いながら読みました。
前半の「非正規社員と正社員の壁」みたいな話は、僕は会社勤めというのをやったことがないので(病院というのも、広義の「会社」ではあるのでしょうけど)、こんな感じなのか……と興味深かったんですけどね。

 昼休み、女子正社員は皆外に食べに出る。反対に非正規は皆席で食べる。何となく、それはお互いの暗黙のルールで、正社員の女性が席で昼を食べていたら、よほど仕事が忙しいか、普段一緒に食べている相手と何かあったかということを意味した。嫌い合っているわけではない。いい人もいる。ただただ出自が違うのだ。かたや六、七十万円、かたや三万円、話が噛み合うわけがない。お外でお昼とおしゃべりを済ませた正社員らが歯磨きに来るまでにはあと十五分はあるため、この手洗いにも当分正社員は立ち入らない。


 非正規と正社員って、本当にこんな感じなの?
 こんな感じの「非正規社員の怨念をこめた小説」なのかと思いきや、3分の1くらいのところで、舞台はガラッと変わって、ちょっとしたホラーのような「日常と異なる世界」に主人公は迷い込んでいくのです。
 でもねえ、うーん、端的に言うと、あんまり面白くないんだよなあ、この小説。とくにこの「ホラーっぽくなる後半」は。
 読みながら、「早く終わらないかなあ」なんて、思ってしまいました。
 出てくる「異世界らしい小道具」も、見たことがない獣とか「穴」とか、座敷牢みたいなところに入っていたような人とか、「ステレオタイプだなあ」と逆に感心してしまうくらいだし、物語の展開にも、意外性がない。
 この「ありきたりな妄想小説」よりも、むしろ、前半の「非正規怨念小説」を続けてくれたほうが、まだ面白そうだったのに……


 著者のディテールの描写は、すごくうまいな、と思うんですよ。
 いろんな暗喩みたいなものも使われていて、「プロ好み」の小説なのでしょう。
abさんご』ほど、読み手を選ぶ作品でもなさそうです。


 ただ、本当に申し訳ないのだけれど、僕はまったく愉しめなくて。
 こういう作品を読むたびに、僕は文章そのもののリズムやディテールの描写のうまさを楽しめるタイプの「小説好き」ではなくて、ストーリーの起伏やダイナミズムを重視する読み手なのだなあ、と痛感させられます。
 読み終えて、「ああ、ようやく終わった。で、何これ?」って感じだったものなあ。


 これが芥川賞なのか……というか、こういうのが、芥川賞を受賞するんだろうな、と再確認させられたような気がします。
 『想像ラジオ』とか『さようなら、オレンジ』とかは、選考委員にとっては「ストーリーに頼りすぎている」のでしょうね。
 そういうのは純文学ではなくて、エンターテインメントなのだ、と。

 
 ところで、この作品でいちばん怖かったのは、どんなときでも、黙々とスマートフォンに向かって、「何か」を打ち込んでいる夫、だったんですよね。
 そうか、他人からみると、こんなふうに見えるのか……と、かなり反省しました。

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