琥珀色の戯言

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【読書感想】ブラック企業VSモンスター消費者 ☆☆☆


内容紹介
ベストセラー『ブラック企業 』著者の今野晴貴氏&雑誌『POSSE』編集長の坂倉昇平氏初の共著。社会に殺される前に読むべき衝撃


内容(「BOOK」データベースより)
「働く」とは何か?労働には自己犠牲が必要か?「お客様」である消費者は「神様」か?個人の生活、未来、命にまでかかわる切実な課題であるにもかかわらず、ずっと置き去りにされてきた「労働」と「消費」の問題について―。若者の格差・労働問題に取り組む話題のNPO法人POSSEの運営者が深刻な「日本劣化」を防ぎたい一心で社会に一石を投じる、共感必至にて衝撃の書!


いまの日本の労働問題の「入門編」という感じの新書。
今野晴貴さんの『ブラック企業』とかを読んでいたり、ネットなどでブラック企業問題について知っている人にとっては、そんなに目新しい内容ではありません。
ただ、こういうのって、案外「知らない人は、全く知らない」問題でもあるので、こうしてわかりやすく新書にまとめられていることに意味はあるのでしょうけど。


それにしても、「ブラック企業」で働いていた人たちの「告白」には、すさまじいものがあります。
2008年に女性従業員が入社2ヵ月で自殺し、2012年に過労自殺としてようやく認定された居酒屋チェーンY社の現役店長は、2013年7月2日号の『FLASH』のインタビューで、こんなふうに語っています。

「寝たり、風呂に入る時間があれば、仕事しろという会社なんです。家に帰れないときも多く、店で寝泊まりせざるをえない。そういうときは厨房のシンクに裸で入り、ホースで体をジャブジャブ洗っていました。男も女も店で寝ていた」

これって、コンビニで冷蔵庫に入ったアルバイトに、不衛生さでは負けず劣らずというか、むしろ、こちらのほうがより悪質なのでは……
そんな環境で働いている人たちには心より同情しますが、そうやって体を洗ったあとのシンクで、皿とか洗っているんだよなあ……
(ちなみに、某チェーン店では、「ろくに食器も洗っていなかった」という話も出ているようです。よかった!このシンクで洗われていなくて……あれ?)


先日、テレビ東京の番組で、「飲食業会、とくに居酒屋などのアルコールを扱う業界は、労働時間が長く、仕事がきつくてお酒が入った客とのトラブルも多いので、アルバイトが集まらない」というのを観ました。
その番組では、アルバイト学生たちの就職対策をしたり、あるいは、マニュアル化、機械化をすすめて、人手が少なくても運営していけるようにする、などの、さまざまなノウハウが紹介されていたのです。
まあ、学生アルバイトは「選べる立場」なので、ブラックっぽいところで働かなければ良いのですが、その分のしわ寄せが「社員」にきているところも少なくありません。
コンビニの24時間経営も、多くは「家族ぐるみの労働」で維持されています。


 著者たちは「ブラック企業が生まれてくる背景」について、こんなふうに述べています。

 ブラック企業が跋扈する背景にあるのは、日本の労働の「職務」が非常にあいまいであるということだ。つまり「シゴトの中身」をきちんと定めないままに、雇用契約を結ぶことが慣例になっているということである。契約書もないままに、なんとなく働き始め、どんどん仕事の内容が変わったり増えたりしても「しかたがない」と考える人も多い。
 POSSEで相談を受けていると、しばしばこんな声を聞く。
「上司に、お前は社会人として甘い、と言われたのですがどうしていいのかわからない」
――そうした言葉だ。「社会人」というものほどあいまいな言葉はない。どこまで頑張れば「社会人」なのか。その具体的な中身や課題はまったく不明である。若者がこの言葉で叱責されると思考停止になり、「すみません」と謝り、理不尽な内容でも「自分が悪いのかもしれない」と思わされてしまうことが非常に多い。
 上司がこうした叱り方、責め方を当然のようにして、しかも叱られた側が「はい」とうなづかざるを得ないというのは、正常な状態ではない。

 
 ああ、本当にそうだよなあ、と。
「そんなんじゃ、『社会人失格』だ!」
 そういう罵声はよく耳にするのですが、逆に「ここまでやっていれば『社会人合格』だ」というラインが具体的に示されたことって、あるのでしょうか?
 自分や組織にとって気に入らないことで、相手を責めたいときに使われる便利な言葉「社会人」。
 この言葉を使って責められたら、謝るか「逆ギレ」するしかありません。
「合格基準」がわからないのだから。
「どうしていいのかわからない」のが、当然なんですよね。


 また、「モンスター消費者」にも、同じような「日本のあいまいさ」が影響しているのではないか、と考察されています。

 日本ではモンスター消費者が蔓延している。そんなことをいうと「アメリカにもいるじゃん! よく消費者が訴訟を起こしてる報道を見かけるし」と思う人もいるだろう。たしかに、アメリカはクレーマー社会だと言われる。しかし、日本とアメリカの「クレーム」には、決定的な違いがある。
 簡単にいえば、契約内容がはっきりしているアメリカにおいて、クレームがなされるのは、契約に違反したからだ。契約されたサービスが提供されていないことに対して、初めてクレームは成り立つ。ところが、日本のクレームは、消費者も従業員も、契約という意識は希薄だし、支払われた金額にいったいどこまでのサービスを含まれているのかは、曖昧なままだ。
 だから、「この商品を買ってあげたんだから、これくらいの誠意は見せてくれてもいいんじゃないの?」「俺は客なのに、その態度はないんじゃないの?」など、仕事そのものから乖離して、際限のないクレームが平気で飛んでくる。

 なるほどなあ、と。
 ただ、「猫を乾かすために電子レンジに入れた」とか「ファストフードチェーン店のコーヒーが熱すぎて、こぼして火傷した」というようなクレームの話を聞くと、アメリカのサービス業も大変だよなあ、と思いますし、日本とアメリカ、それぞれ問題点はありそうなんですけどね。
 たしかに「誠意」とか「態度」にクレームをつけられると、どうしようもないところはあります。
 差別的な言葉を浴びせられたとか、つばを吐きかけられたとかなら、もちろん「アウト」なのでしょうが。


 この新書の巻末には、今野晴貴さん、坂倉昇平さん、五十嵐泰正さんによる「消費者はブラック企業を変えられるか?」と題した鼎談が収録されています。
 そのなかで、こんな話題が出てくるのです。

今野:そもそも「おもてなし」やら「ホスピタリティ」なんて、本当に日本人に特有の「資質」なのかな。


五十嵐:違うと思うなあ。木曽崇さん(国際カジノ研究所所長 エンタテインメントビジネス総合研究所研究員)がブログにとても面白いことを書いています。ワールドエコノミックフォーラムの年次総会(ダボス会議)では、毎年観光競争力などについての国際比較ランキングを発表しているんだけど、2013年、日本の観光競争力は震災直後に発表された2011年の22位からランクアップして14位になった。
 このなかで「事業者による顧客主義の程度」(Degree of customer orientation)という項目があるのですが、日本は2位のスイスをぶっちぎりで引き離して1位なんです。つまりホテルや旅館、飲食店などの施設におけるサービスは圧倒的にいい、という評価でした。
 ところが地域全体で外国人観光客を受け入れる姿勢(Attitude of population toward foreign visitors)、つまり国民一般のホスピタリティの態度なんですが、これは140ヶ国中、74位なんです。これは、おもてなしとかホスピタリティの高さが「日本人の国民性」なんて大ウソということだろうと。要は、ありとあらゆるレベルのサービス業が、国際的にみれば度が過ぎたほど圧倒的に「お客様に尽くす」だけのことなんですね。
 それが行き着くところまで行き着いたというか、あるゲームセンターのチェーンで見かけてびっくりしたんだけど、「おもてなしの心」を競うゲーセンのバイト対象の「接客総選挙」なんてものまである。
 

板倉:深堀りしすぎて意味がわかんないよね。ちなみに私は、某コンビニエンスストアバイトの面接で、「おもてなし」が大切だという店長の話を三時間も聞かされたことがあります。コンビニでですよ?


 板倉さんが(仕事だったのかもしれませんが)三時間もそんなお説教を聞いていたということがすでに、店長へのかなりの「おもてなし」なのではないかとも思うのですが、これを読むと「おもてなし」は、日本の国民性というわけではなくて、後天的にサービス業界でつくられた概念であることがわかります。
 僕の目に入る範囲での地方都市では、外国人を排斥することはなくても、言葉の問題などもあり、「あたらずさわらず」的なスタンスで接しているように見えます。
 それが良いとか悪いとかじゃなくて、「日本人は『仕事外』では、とくに外国人に対して親切でもフレンドリーでもない」ということです。
 まあ、そんなものだろうな、と。
 それが、「仕事だから」世界一の「おもてなし」をしている。
 ストレスたまりそう……


 ゲームセンターの「接客コンテスト」には笑ってしまいましたが、この手の「今日いちばん輝いていた店員を教えてください」というアンケート、最近けっこういろんなところで見かけます。
 ひとりのお客としては「そんなめんどうなことを客に押しつけるなよ……」という感じなんですよね。
 そもそも、そんなに長時間いるわけでもなく、多くの店員と接するわけでもないのに、比較なんてできないし。
 ああいうのは、誰が考えているのでしょうか?
 それで、現場のモチベーションは上がっているのかなあ。


 サービスを受ける側としては、「良質のサービスを安価で受けられるのは嬉しい」のですが、この本を読んでいると「安さ」には労働搾取とか、衛生面、安全性の問題などが潜んでいることが多いのだな、とあらためて思い知らされます。
 どこかで「行き過ぎたサービス競争」に歯止めをかけなければならないのでしょうけど……


 「ブラック企業」問題について、まず最低限のことを、簡潔に知りたい人には、役に立つ新書だと思います。


ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪 (文春新書)

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