琥珀色の戯言

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【読書感想】プロ野球 もうひとつの攻防「選手vsフロント」の現場 ☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
オリックス球団代表が記すフロント業務の実際。「ドラフト」「トレード」「契約更改」「MLB移籍」「外国人選手獲得」「戦力外通告」などに直接かかわった著者が、それらの現場で起こる「攻防」をイチロー長谷川滋利田口壮ら選手、そして仰木彬監督などとのやりとりを交えながら具体的に記す。例えば、史上初の200本安打を放ったイチローの年俸が800万円から一気に1億円になる過程で行われた事前交渉の内容や、MLB移籍を熱望する長谷川とのやりとり、ドラフト会議前日に行われる球団内の会議の様子など、実際の内容を示すことでプロ野球界をより深く紹介していく。


プロ野球の「フロントのお仕事」。
プロ野球のフロントって、ファンにとっては「なんでこの選手を放出するんだ!」とか「契約交渉で余計なことを言うから、選手が機嫌を損ねてFAしちゃったじゃないか……」など、何かとネガティブなイメージを持たれやすいですよね。
でもまあ、プロ野球チームにも予算と選手枠があるなかで、チームを「運営」していかなければならず、もちろん運営するだけではなく、少しでも「強いチームを」を求められるのですから、フロントっていうのも結構大変です。
スポーツ新聞などのメディアでは、どうしても「選手の言い分」のほうが採り上げられがちですし。


この新書では、オリックスの球団代表を長年つとめてきた著者が、「フロントの業務」と「球団側の代表として接してきた、さまざなま選手について」を語っています。
「フロント側」から語られた本というのはちょっと珍しく、また、お金の話とかもけっこう具体的な数字とともに紹介されていました。
ただし、野球にほとんど興味がない、あるいは、オリックスというプロ野球チームのことをほとんど知らないという人にとっては、あまり興味がわかない新書かもしれません。
やっぱり「あの選手、監督には、こんなエピソードがあったのか!」っていうのが、この新書の醍醐味なので。
「フロント」と言っても、著者は「球団代表」なので、裏方さんの細かい仕事についての詳しい描写はありませんし、その紹介のための本でもありません。


この新書のなかでは、著者が球団代表だった時代(あるいは、オリックスの歴史を通じて)の最高のスター選手である、イチロー選手に関するエピソードに多くのページが割かれています。

 私がイチローと契約更改を行った9年間、交渉でもめたことは一度もなかった。彼はいつも予備交渉の段階で球団が示した年俸をあっさり了承してくれた。大幅アップとなった94年の交渉でも8000万円の提示に「それで、けっこうです」と簡単に了承した。だが、その後で「査定の数字は問題ありませんが、ひとつお願いがあります」と、言葉をつないだのだ。
「今年、僕の名前がマスコミでたくさん扱われましたが、報道されるときにはいつも『オリックスイチロー』という形でした。これはオリックスにとって宣伝効果が大きかったと思いますが、その効果はお金に換算するとどれぐらいか、一度、広告代理店に出してもらうことはできませんか?」
 球団経営を任されている私の立場としては、ここは彼の要求を抑え込むべきだったのかもしれない。だが、イチローにそう言われて、嫌な気はしなかった。彼は相手の立場を尊重しながらも、気になることは交渉の現場ではっきりと口にする選手で、後になってからいろいろ言うことはないからだ。

他球団の一野球ファンからすると、イチローはもともとあまりお金にこだわらない性格なのかもしれませんが、当時のオリックスイチローへの評価そのものが破格だったので、揉めることがなかったのかな、とも思うんですけどね。
このイチロー選手の「要求」の結果がどうなったかは、ぜひこの新書を読んでみていただきたいのですが、結果を出す人は「尊重」されるということを思い知らされます。


ちなみに、オリックスからはたくさんの選手がFAしてしまったのですが、著者は、これらの選手に対しても、「ケンカ別れ」ばかりではなかったと説明しています。
複数年契約や代理人交渉への嫌悪感は、現場の人としてはわかるのだけれど、結果として多くの選手がチームを離れることになってしまったのは、ファンにとっては、やっぱり「もうちょっと融通きかせてくれたらいいのに……」ではありますよね。
また、メジャーリーグ通である著者は、「ポスティング制度」の制定に大きな役割を果たしているのですが、その第一号となったのが「チームのために、絶対にFAまでは出せない選手」だったはずのイチロー選手だったのは、歴史の皮肉というべきでしょう。
ただ、そのメジャー指向が強かったとされるイチロー選手も、「神戸のファンには特別な思い入れがあるし、嫌われてまでメジャーに行きたくない」と言っていたそうです。
なんとなくクールでドライなイメージがあるイチロー選手なのですが、自分の所属するチームやファンへの愛着は強いのだなあ、ということがわかりました。
そういえば、低迷するマリナーズからも、なかなか移籍しなかったものね。


そのイチロー選手から、高校時代のバッティングについて、こんな話も聞いたそうです。

「僕は高校3年のとき、プロへ行くという明確な目標を立てて過ごす覚悟を持っていました。そこで最後の夏の愛知県予選で打率10割の目標を立てました」
 イチローらしい話である。
 結果を聞くと「6割8分で終わりました」と言う。
 だが、ここで「おっ」と思った。10割はともかく、高校野球でも7割近い数字は相当なものである。打ち損じた3割強に興味がわいたので、三振の回数を聞いてみた。
「三振は3回です。でも、全部見逃しです。全部ボールでした」
 イチローは最後の言葉に語気を強めた。おそらく、きわどいコースではあったが、イチロー自身には外れているのが見えたのだろう。つまり彼は、3回の三振はすべて審判の誤審だと言いたかったのである。
 イチローはそんな高校生だった。

こういう選手でも、ドラフトでは4位指名だったのだから、わからないものですね。
著者は、「イチローオリックスが4位で指名するまでの舞台裏」も明かしています。


あと、「外国人選手との接し方」もなかなか興味深いものでした。
その発掘方法から、契約内容、日常生活のサポートなど、チームによる「格差」もあるだけに、なかなか大変みたいです。
故・仰木彬監督と当時の外国人選手のあいだに、こんなやりとりがあったそうです。

 この難敵ニール(オリックスで活躍した外国人選手)を見事に操縦したのが、仰木監督だ。
 シーズン半ばの7月のある試合、同じ年に来日したダグ・ジェニングス(登録名D・J)とともに先発メンバーから外したことがあった。試合が終わると、彼らは2人で私のところにやってきて、「今からすぐ監督に会わせてほしい」とすごい剣幕だった。
 仰木監督に「ニールとD・Jに会いますか? 会わないほうがよければ、そう話しておきますが」と聞くと、監督は「かまいませんよ。監督室へよこしてください」と言う。そこで2人を仰木監督のもとに連れて行った。
 顔を真っ赤にして、まくしたてたのはニールだった。
「なぜ監督は、今日の先発メンバーから自分を外したのだ? 日本では我々のことを助っ人と言っているが、その助っ人を外して試合に勝てるのか?」
 監督は黙って聞いていたが、ニールの抗議が終わると「これを見てごらん」と選手のデータ表を見せた。いわゆる仰木マジックの種本である。
「このデータでわかるように、今日の相手チームの先発投手を君たちは苦手にしている。数字を見れば打てていないだろう。だから先発メンバーから外した。もし今日の試合に出て4打数ノーヒットだったら打率が下がってしまう。試合に出なかったことで君たちは打率を下げなくてすんだ。君たちの給料が下がることを防いだのだから、文句を言うのではなく、お礼を言ってもらいたい」
 監督の話が終わるとニールもD・Jも自分から「サンキュー」と握手を求めた。
 外国人選手の扱い方はかくあるべきというお手本かもしれない。
 仰木監督は選手とのコミュニケーションが抜群にうまい監督だったが、相手が外国人でも変わらないところが、まさに仰木マジックである。

 この話には、「仰木マジック」なんて曖昧な言葉で賞賛されがちな仰木監督の本当のすごさが凝縮されています。
 起用に対して立腹している選手を拒絶するのではなく、ちゃんと言い分を聞いたこと。
 「今日の試合に起用しなかった理由」を、データで示したこと。
 「造反」とも言えるような行為に対して、お互いが傷つかないように、うまく「落としどころ」を見つけたこと。
 「お礼を言ってもらいたい」「サンキュー」なんてやりとりのあとでは、遺恨もあまり残らなかったはずです。


 メジャーリーグに行った日本人選手が起用してもらえない理由を、日本の野球ファンが「邪推」してしまうのと同じように、日本に来ている外国人選手もナーバスになりがちなのかもしれません。
「ガイジン」だから、使ってもらえないのではないか?と。
 それに対して、仰木監督は、誠意とデータと鷹揚さを駆使して、かえって信頼を深めたのです。
 高度に研ぎすまされた「技術」は、他者には「魔法」のように見えることがある。


 しかし、フロントっていうのはけっこう大変な仕事ですよね。
 選手やファンやメディアからは敵視されやすいし、優勝したって年俸が跳ね上がるわけでもないし。


 それでも、カープの選手の年俸、もうちょっとどうにかなりませんかね、鈴木本部長……(本部長がお金出してるわけじゃないのは重々承知の上ですが……)

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