琥珀色の戯言

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【読書感想】クロネコヤマト「感動する企業」の秘密 ☆☆☆


内容紹介
利益より、お客様の「ありがとう」を追求すると、奇跡が起きる!
≪18万人で挑む全員経営の裏側に密着取材≫
・震災時の巨額の寄付、最終決断は数秒で下された
・悲しみをバネに生まれた「まごころ宅急便」
・観光地にぽつりとクロネコマーク!? 1日の取り扱い荷物3個の店舗の役目とは


クロネコヤマトと聞けば、感じの良いセールスドライバーを思い浮かべる人も多いだろう。東日本大震災では率先してボランティア活動に励み、142億円もの寄付を実現させたことは記憶に新しい。近年では、高齢者向け生活支援、車両整備サービス、はたまた家電修理など、国内で活躍の場を広げるのはもちろん、アジアでも順調にヤマトイズムを展開中だ。
「現場が大好き」な経営陣から、「全員経営」を胸に働くセールスドライバーまで、多くのヤマト人のドラマがあなたの心をゆさぶり、本当の仕事とは何かを考えさせてくれる。


いまや「宅急便」というサービスは「あるのが当然」のように思われがちなのですが、その歴史は、そんなに古いものではありません。
1976年の1月にスタートしたそうなので、僕が生まれて、物心ついたくらいの時期のことです。
そういえば、あの「クロネコヤマトの宅急便〜」という有名なCMをみながら、子供心に「これって、誰がどんなふうに利用するんだろうなあ。そんなに使う人がいるのだろうか?」なんて考えていた記憶があります。
今となっては、僕あてにAmazonからの荷物がしょっちゅう届くようになっているのですけど。


著者は「なぜ、クロネコヤマトのセールスドライバーは感じが良いのか?」という問いかけから、この本をはじめています。
そう言われてみると、たしかに、他の宅急便会社に比べて「感じがいい人が多い」のと「女性が多い」ような気がします。あくまでの僕の観測範囲内の話ですが。
この本では、クロネコヤマトの震災支援や人づくり、企業としての目指しているものなどが、100人を超えるスタッフへの聞き取りをもとに紹介されています。
やや「企業PR本」っぽいのですが、クロネコヤマトが、さまざまな意味で「他の企業とは違う心意気」を持っていることは、伝わってきます。


クロネコヤマトという会社の特徴は、東日本大震災への対応に、ある意味、集約されているのです。

 震災から20日ばかりたった4月1日、期首のこの日の朝礼には150人ばかりのヤマト幹部が集まっていた。この日は、木川ヤマトホールディングス新社長の就任の日でもあった。
 年度計画について話していた木川HD社長が、最後に話を始めた。
「今回の震災で、現地の人達が自主的に救援物資輸送に動いてくれたことを誇りに思う。今度は本社として何ができるかを考えてみた。東北はクール宅急便などでヤマトを育ててくれた地域でもある。その地域に対する恩返しとして、水産業、農業、そして学校や病院等の生活基盤の復興に寄付先を指定して、宅急便一個につき10円の寄付をしていきたい」
 社長就任日、この挨拶は幹部を一瞬驚かせた。宅急便一個につき10円となれば、当時の年間取り扱い量は13億個だから、累計130億円にもなる。ヤマトの通常の最終純利益は300億円程度なので、その4割にもなる、大変な額である。
 幹部達もその金額がいかに大きなものであるかは、すぐに気付いたのだろう。そして、その後に起きたこと――。
 静まりかえった雰囲気を、拍手の嵐がかき消していったという。大きな拍手で、賛意と感激に満ちた雰囲気が会場全体を覆った。朝礼での社長の話に拍手が起きたことなど過去にはなかった。初めてのことだった。


この本を読んで、「宅急便一個につき10円」というのが、「薄利多売」のクロネコヤマトにとって、どれほど大きな金額なのかがわかりました。

 ヤマトという会社は、会計人である私の目には「普通の大会社」として映る。売上高は年間1兆3000億円弱だから、トヨタ18兆円、JX、NTT、日立、日産など10兆円近辺の企業と比べれば、だいぶ差がある。日本企業の中で100位前後だろう。
 一方で社員数は18万人ほどだから、日産などと比べても多い。悠々、日本のベストテンに入る水準だ。労働集約産業の典型である。


ヤマトの社員たちは、震災の現場でも、率先して「できること」をやっていきました。
それも、上からの命令ではなく、現場の判断で。


『できることをしよう。〜ぼくらが震災後に考えたこと』(糸井重里ほぼ日刊イトイ新聞著・新潮社)で、こんな話が紹介されています。
糸井重里さんと木川眞(ヤマトホールディングス社長)の対談「クロネコヤマトのDNA。」の一部です)

糸井重里最初にうかがった、救援物資を運ぶチームのことについて、もうすこしくわしくお話しいただけますでしょうか。


木川眞:「救援物資輸送協力隊」ですね。


糸井:そう、それです。その活動は現在も続けられている。


木川:続けています。


糸井:救援物資がちゃんと被災者のみなさんに届くのか、ということについては、心配されたり話題になったりいろいろなかたちで言われていますが、実際のところはどうなんでしょう。


木川:それはですね、救援物資をどこにどれだけ送るか、送った物をどうやって管理するか、そういう整理整頓が、できていないケースがやっぱり多いんです。


糸井:ああ……。


木川:災害が起きたときには、常に同じことが起きているのですが、救援物資の管理については地方自治体のかたが仕切るわけです。多くの場合そのかたには、ロジスティックス(物流・資材調達)の専門知識がありません。


糸井:そうでしょうね。


木川:その一方で、救援物資はどんどん集まってくるわけです。水が来る、食料品が来る、衣類も来る。そしてそれらは、およそ物流の拠点にふさわしくない体育館であったり、公会堂であったり、学校であったり、そういう場所へまずは運び込まれます。ところが、そういう場所は、中は広くていいんですが、出入り口が狭いんです。救援物資はどんどん来るから、どんどんそこに入れられていく。そうするともう、最初に入れられた荷物は出せなくなる。


糸井:ボトルネックだらけになるんですね。


木川:そう。必然的に「後入れ先出し」になるんです。後から来たものを最初に出す。いちばん最初に入れたものが食料品だったら、賞味期限が切れてしまいます。


糸井:うーーん……。


木川:ほしい物がいちばん奥にあるとわかっていても出せない。それどころか、奥に何があるのか誰も知らない状況になる。


糸井:簡単にそうなってしまいそうですね。


木川:あとは、これ、ほんとうに、とある避難所で見たんですが、そこにはひとりも赤ちゃんがいないのに哺乳瓶と粉ミルクの段ボールがどーんと置いてあったんです。つまり、それを必要とするところはほかにあるのに、まったく別のところに行ってしまっている。


糸井:せつないなぁ。


木川:そういう状況をロジスティックスの専門家が仕切ると、うまく回転がはじまるんです。たとえば、気仙沼市では、「ぜんぶヤマトに任せる」ということになりました。もう自分たちの手に負えないと。それで、大混乱してる状態でぼくらが引き受けて、二日目には完璧に「どこに何がいくつあるか」をパソコンに入力し、その置き場所のレイアウトも完了しました。


糸井:所番地をつけたわけですね。


木川:そう、所番地をつけた。すると、歯ブラシ一本とか、長靴一足とか、ほしい物をすっと出してお渡しすることができるようになりました。


糸井:たった二日で。


木川:忘れてはいけないのが、自衛隊の方々の協力です。ヤマトがその場を仕切ると決まってから、自衛隊のみなさんがですよ、ぼくらの支配下に入って、指示通りに動いてくれたんです。これはね、ほんとに……。


糸井:すごいっ! もう、立ち上がって拍手したいですよ(笑)。


木川:ひと言の文句もなしに、われわれの指示で動いてくださる。自衛隊っていうのはすごいな、と。


これを読むと、クロネコヤマトというのは「荷物を預かって運ぶだけの会社」ではなくて、「物流をマネージメントするプロフェッショナル」であるということがよくわかります。
そして、彼らはあの大災害のなかで、自分たちの経験を活かして(あるときには、一企業人としての仕事を後回しにしてまで)、さまざまな貢献をしていたのです。


ちなみに、木川社長は、「こちらからあれこれ指示を出すのではなく、現地の判断に任せるように。困って相談してきたときは、相談に乗ってやれ」という指示を震災の際に本社に出していたそうです。
それは、社長自身の、NY同時多発テロの際の現地の混乱を体験したことによる判断でした。
しかし、その状況で、自分たちで考え、行動したヤマトの社員たちは、やはり素晴らしかったと思いますし、信頼していたからこそ出せた指示でもありますよね。


この本のなかでは、クロネコヤマトの「お客様志向」が、繰り返し語られています。
あるとき、著者はヤマトの若いSD(セールスドライバー)の車に同乗し、取材をしていたそうです。

 さて、この若いSDが、午後、荷物を集荷し始めてしばらくした時だ。
 彼が非効率な巡回をしていることに気がついた。一時間ほど前に来た場所にまた来ているのだ。現在よりも格段に広い一人のSDの担当エリアのことを考えれば、効率よく廻らねば無駄な時間が多く発生することは明らかだ。
「アレ、ここってさっき来たところですよね。まだ、あのときは注文が入っていなかったのですか?」
「注文は入っていましたよ」
「じゃあ、なぜあのときに一緒に廻ってしまわなかったのですか?」
 私の口調は、セールスドライバーの行為に対する質問というより、効率の悪い行動に対する詰問に近かったかも知れない。
「石島さん、私たちは一日200件以上廻ります。だから効率は大事です。でもね、効率だけで仕事を考えていいんでしょうかね。早くから配達以来を出した人は、まだ来ない、いつ来るかと、ヤマトを待っているではないですか。そういうお客さんの気持ちを考えたら、効率だけで仕事の順番を考えることはできませんよ」


また、「ヤマトの車」に関しては、こんな話もあります。

 ところで皆さんは、ヤマトの車で他の普通のトラックよりも背が高い車をご覧になったことがあると思う。というか、多くの宅急便の車はそうなってきている。
 実はあの車高の高い車(ウォークスルー車という)は、瀬戸HD会長が若い時に、中心メンバーとなって作りあげたものだ。
「あれはなぜ、車高が高いと思う?」
 瀬戸HD会長にこの質問をされたとき、私はすぐに答えた。「それは荷物がたくさん入るからでしょう」。他に何の理由があるというのだろうと思った。
 ところが、まずは安全管理のためだという。配送しに行って、車を止める。運転席側から出ると、車の走行の関係で危険が伴う。だから、背を高くしたウォークスルー車を使って、助手席から出やすくしたというわけだ。
 もっと大きな理由が、セールスドライバーの腰痛防止だという。かがんで荷物をとることで、腰痛を起こしやすい。かがんで荷物をとることで、腰痛を起こしやすい。その点、かがまないで移動できるウォークスルー車は、荷台まで運転席から行くこともできるし、かがむ必要がないのだ。なるほどと思った。ウォークスルーの開発動機がすごいと感じた。
 働く人のことを想って、改善の努力を惜しまない様子が伝わってくる。発想の始点をどこに置くかによって会社の体質は変わってくるのだと、つくづくと感じた。現場を重視するから、現場社員を大切に、だからこうした発想に結びつくのだ。

ヤマトは「お客様志向」で、「働く人たちの身体にも注意を払っている」、実にすばらしい企業であるように思われます。
僕も「こんなに立派な会社が、日本にもあるのだなあ」と感心してしまいました。
その一方で、「薄利多売」で「お客様志向」である宅急便の仕事というのは、やっぱりハードなものではあるのです。
「効率重視」にしたほうが、働いている人はラクができ、仕事が早く終わるだろうし、車への工夫は「腰痛になるドライバーが多い」ことの裏返しです。


著者は、この本の「エピローグ」で、こう書いています。

 しかし、経営層の幹がぶれないとしても、一般社員は社訓等の刷り込みだけで、会社のポリシーを理解できるのだろうか。
 たとえばセールスドライバーの場合、中途入社が多いから集合教育はできない。ではどうしているかというと、特定のSDが助手席に乗せて、実践教育をしていく。一ヶ月間くらいそうした状況が続くのが普通だ。
 この時間が、重要な役割を果たす。新入社員にしてみれば、同行するSDがお手本になるのだ。その時に、お客様に対する考え方やサービスの品質をたたき込まれる。だから、その指導するSDが要となる。
 では、その考え方についてこられない新人はどうなるのか。 
 これは、もう去るしかない。
 冷たい答えのようだが、この答えは複数の人から、同じように聞いた。ヤマトは、実際に理念経営を行っている。だから、その会社の考え方に合わない場合は、会社の中にいてはいけないのだ。組織としては、自動浄化装置を持たなければいけない。
 組織の中の多くの人員がお客様志向の考え方をもてて、新入社員も同じ方向に行けるなら、組織は維持される。ヤマト運輸の山内社長もこの点をこう話す。
「仕事の仕方は多種多様と思います。しかし、お客様のためにやるのが自分たちの仕事であり、『お客様に喜んでもらって嬉しい』という、仕事に対する価値観を共有することは絶対重要だと思います」


「なぜ、クロネコヤマトのセールスドライバーには、感じの良いひとが多いのか?」
 その答えには「ヤマトの社風」というだけでなく、「感じの良いひとじゃないと、ヤマトという会社の中でふるい落とされてしまうから」という理由もあるのです。
ディズニーランドの「キャスト」のサービスの優秀さがよく話題になりますが、彼らもまた「たくさんの希望者のなかで、ディズニーランドに適応できた人たち」なんですよね。
あのすばらしいキャストたちの陰には、うまく笑顔をつくれなかったり、気が利かなかったりして夢破れた人たちのが死屍が累々と横たわっています。


オリエンタルランドやヤマトは素晴らしい会社だけれど、魔法が使えるわけじゃない。
「デキないひと」も、その会社に入ってきただけで優秀なスタッフになるわけではないのです。
「合う」ひとにとっては、やりがいのある、理想の会社だけれど、そうでないひとにとっては、過剰なまでのサービス精神を求められる、厳しい職場なんですよね。
そうやって、多くの応募者をふるいにかけられるほどのブランド力があればこそ、「クロネコヤマト」は成り立っているのです。
もちろん、それは責められるべきことではないし、ヤマトは「かなり良心的な会社」なのだけれども。


「すばらしい企業」の理想と現実。
結局のところ、「デキる人」にとっては、どこも「理想の会社」なのだろうし、「デキない人」にとっては、どんな職場も「ひどい会社」なのかもしれませんね。

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