琥珀色の戯言

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【読書感想】テレビに映る中国の97%は嘘である ☆☆☆☆


内容紹介
村上龍氏が絶賛――「中国は一筋縄ではいかない。一筋縄ではいかない男、小林史憲がそれを暴く!」
中国すべての省と自治区を取材し、当局に21回拘束された記者が、見て、感じて、触れて、そのなかで泳いだ中国の「内臓」!
共産党政権の厳格な監視は国中隅々まで行き渡り、真実はまるで伝わらない。われわれがテレビで観ている中国は、まったくのニセモノなのだ!!

 2008年から2013年まで、北京支局特派員を務めていた、テレビ東京のプロデューサーによる「ナマの中国」。
 テレビやネットのニュースでしか中国を知らない、という人にとっては、ちょっと意外なことも書かれているのではないでしょうか。
 その一方で、「97%というのは、さすがに言い過ぎ」という感じはするんですけどね。
 その3%の過激な部分ばかりを報道しているのは、著者が属しているマスメディアじゃないの?と言いたくもなりますし。
 ただ、いまはメディアにとっても、ジャーナリストにとっても「もう、中国の話では視聴率も取れない、本も売れない」と言われているそうですし(まあ、日本人にとって「気持ちのいい話」はあまり出てきませんしね)、現地で取材にあたる人は、大変だろうなあ、とは思います。


 著者は、1997年、大学4年のときに、チベットを旅行していて逮捕されたことがあるそうです。
 逮捕といっても、ワイロを渡せば解放してもらえ、さらに追加でお金を出せば「通行許可証」も書いてもらえた、とのことですが。

 この体験から11年後、私は2008年10月に、テレビ東京・報道局の特派員として、中国に赴任することになった。
 以来、2013年4月に帰国するまでの4年半の間に、中国当局によって身柄を「拘束」された回数は、合計21回に及ぶ。
 学生時代は「逮捕」だったのに、この21回はなぜ「拘束」と書くのか? それは、外国人立ち入り禁止区域に侵入したときとは違い、特派員としての取材中は、私が違法行為をしていて捕まったわけではないからだ。
 逆に言えば、中国は、違法行為をしたわけでもないのに簡単に身柄を拘束される国だと言うこともできる。
 強制的に家を立ち退きさせられた農民へのインタビュー中に拘束される。北京に陳情に来た人が、木の上からビラをばらまいている様子を撮影して拘束される。出稼ぎ労働者の家を取材中に拘束される。四川大地震で崩壊し、「手抜き工事」が問題とされた小学校を撮影して拘束される。警察が路上でウイグル族の若者たちに殴る蹴るの暴行を加えている場面を撮影して拘束される……
 中国政府が発行した「外国人記者証」を携帯して取材している以上、こうした取材活動は中国の法律でも違法ではない。だから当局も逮捕はしない。
 要は、中国政府にとって都合の悪い事柄を隠すために、「拘束」して取材対象から遠ざけようというわけだ。


 著者だけではなく、中国駐在の外国人記者の多くが、当局に「拘束」された経験を持つそうです。
 「あなたの身の安全を確保するため」と称して。
 この新書を読んでいると、著者の場合は、当局に牽制されても、さまざまな手段で対象に近づき、取材を行おうとしているため、拘束された回数も多くなってしまっているようなのですけど。
 この新書「中国の現状のレポート」であるのと同時に、「メディアは、中国でどのように取材をしているのか」の貴重な報告でもあるのです。
 日中関係は、それまでも微妙な時期はありましたが、尖閣諸島の問題が大きくなって以降、人々の「反日感情」があらわになって、それまで経験したことのなかった「タクシーの日本人への乗車拒否」まで行われるようになった、という話には、領土問題による亀裂の大きさがうかがえます。

 店先だけではなく、日本風の店名を中国国旗で覆い隠している店もある。興奮したデモ隊が、日本関連のものを手当たり次第に破壊する恐れがある。そのための自衛手段であった。
 しかし、国旗はともかく、「釣魚島は中国のものだ」というスローガンを張り出している店まであり、なんだか嫌な気分になる。
 店に対してではない。店は、そこでの生活を考えれば、仕方がないだろう。同情こそすれ、責めるべきではないと思う。
 それよりも、何の罪もない小さなレストランが、自衛のためにこんな政治的なスローガンを張らざるをえない状況に追い込まれている現実に、嫌な気分になったのだ。
 ちなみに、日本料理店と言っても、オーナーは日本人とは限らない。中国人オーナーも多い。従業員は、ほとんどが中国人である。彼らが、中国人による破壊工作に怯えなければならないのだ。
 こうした自衛策もあって、幸い、襲撃された店はなかった。ただ、真っ赤な中国国旗に染まったラッキーストリートをバックに、通りすがりの中国人たちが、面白がって次々と写真を撮って行った。それがネットに投稿されて広まる。日本が屈服したかのようなイメージが流布されることに、私はさらに憂鬱な気分になった。
 ちなみに、この日、上海のユニクロのある店舗がショーウインドーに「釣魚島は中国固有の領土であることを支持する」と張り出した写真がネット上に出回り、日本国民から非難を受けた。
 判断したのは中国人の店長。デモ隊が迫り来るなか、警察から、安全確保のために張り紙をするよう、強く要求されたのだという。
 有名企業だけに目立ってしまったが、この店長の置かれた状況からすれば、やはり同情せざるをえない。何しろ、自分の店を襲うかもしれない数千人の群衆が迫ってくるのである。責任者として、店や従業員を守る立場がある。まして、中国では当局の命令に下手に逆らえば、今後、営業させてもらえないリスクもある。そうしたリスクや恐怖心は、現場にいた者にしかわからない。

 僕もあのときのユニクロの張り紙をネットで見て、「情けない、なんでそんな横暴な中国側の主張に迎合するんだよ……」と思った記憶があります。
 でも、現場にいた著者の話を読むと、よっぽど信念のために殉じる覚悟がある人でもないかぎり、あの状況下で「日本側の主張」を続けることはできなかったはずです。
 ましてや、店で働いている人の大部分は中国人なのだから。


 この新書を読んでいると、結局のところ、「反日という名目での破壊活動」は、日本企業にダメージを与えているのと同時に、日本企業で働いている同じ中国人たちを苦しめてもいるのですよね。
 

 青島で焼き討ちされたパナソニックの工場の中国人従業員は、匿名での取材で、こう話していたそうです。

「工場で働いているのは、みな中国人だ。なぜそれを襲わなければならないのか? 工場がいつまで休業になるかわからない。その間、給料が出たとしても、その先どうなるのかわからない。不安だ。仕事を探し始めなければならない」
 彼は23歳で、内陸部からの出稼ぎだった。このパナソニックの工場で、二年ほど働いていたという。職場環境も給料も悪くなく、結構気に入っていたらしい。
 デモの日は非番で寮にいたために目撃していなかったが、同僚から状況を聞いて、デモ隊に対して憤りを感じたという。
「こんなのは愛国じゃない。犯罪だ。僕たちの生活をどうしてくれるんだ? 同じ中国人なのに」
 もっといろいろ聞きたかったが、彼はそれだけ言うと、
「これ以上は勘弁して」
 と去って行った。

 
 直接自分の生活に影響を受けるわけでもない、デモ隊や日中両国のネットユーザーたちが「愛国」を振りかざして争っている一方で、地元の中国人たちは、生活の場を失って困っている。
 たしかに「こんなのは愛国じゃない」と僕も思います。


 この新書を読んでいて、現在の中国を考えるうえでの重要なキーワードは「格差」なのだな、と痛感しました。
 経済的に大きな成功をおさめた「中国一の金持ち村」華西村では、寂れた農村地帯に、地上72階、高さ328メートルの超高層ビルが、360億円かけて建設されたそうです。
 急速な経済成長で、「うまくやった人達」は、冗談のようなこんな施設をつくり、そこに出稼ぎに来ている人たちは「食べていくのに困らなくはなったけれど、あまりの格差に絶望している」。


 中国が抱えている最大の国内問題は、この「格差」なのです。
 経済成長のためには「がんばった人が報われるシステム」が必要で、それは共産主義とは本来相容れないものでした。
 しかしながら、中国は、それを容認せざるをえなかった。
 おかげで国全体の経済力は上がったけれども、格差は、広がっていく一方です。
反日」でさえ、その格差に対する不満への「ガス抜き」として利用されているようにもみえます。

 反日デモが起きると、日本では、
「日本企業は中国から撤退せよ」
「襲われるのは、中国なんかに進出しているからで、自業自得だ」
 などといった論調も時折見られる。だが、日系企業にとって、いや、日本経済にとっても、いまや中国との関係を切るのは難しいのが現実だ。生産拠点としても、市場としても、無視はできない。
 逆に言えば、私たちテレビのニュース報道にも、反省すべき点がある。テレビは、反日デモの激しい現場だけを、何度も繰り返し放送する傾向がある。あの映像だけを見れば、中国全土が日本に対して敵意をむき出しにしているように感じるだろう。
 中国の国土は日本の約25倍もある。人口は日本の10倍以上の13.5億人だ。
反日デモが中国全土100都市以上に拡大」
 というニュースの見出しを見ると、すごい感じがするが、全国の都市数からみれば、それほど多くはない。参加者も人口からすればごく一部だ。しかも、参加者のなかには、動員された人や、通りすがりの野次馬も多い。

 伝える側の立場からすれば、「いちばん過激な場面」を選んでニュースで流している、のですよね。
 そのほうが、視聴者へのインパクトが強いから。
 テレビやネットのニュースだけを情報源としていては、それを「平均的な姿」だと思ってしまいがちです。


 中国の現在を体感してきた人による、「メディアでは伝えられない感覚」が収められている新書だと思います。
 政治的にはいろいろあるけれど、経済的には、お互いに「なくてはならない存在」になってしまっているのは、紛れもない事実ですしね。

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