琥珀色の戯言

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【読書感想】ビール職人、美味いビールを語る ☆☆☆☆


ビール職人、美味いビールを語る (光文社新書)

ビール職人、美味いビールを語る (光文社新書)


Kindle版もあります。

ビール職人、美味いビールを語る (光文社新書)

ビール職人、美味いビールを語る (光文社新書)

内容(「BOOK」データベースより)
「五〇年近くビールをつくってきて、いまだにビールというのは難しい酒だと、本当にそう思います」ビール職人・山田一巳はキリンビール在職中、『ハートランド』『一番搾り』など数々の名品を世に送り出してきた。定年退職後、理想のビールづくりを求め、八ヶ岳山麓にある地ビール工房の醸造長に就任した「達人」が語る“美味い”ビール、そして、ものづくりの“原点”と“極意”。


Kindle版で読みました。
Amazonで購入したあと、新書版の発行年月を確認したら、2002年5月で、「ああ、旧い本を買ってしまった……」と、後悔したんですよね。
なんでもかんでも最近出た本が良い、というわけではありませんが、新書というのは、「いま知りたい情報が、簡潔にまとめられている本」だと僕は考えているので、12年前の情報って、いまも通用するのかなあ、と。
でも、読んでみると、全然「古さ」を感じませんでした。
太平洋戦争後の日本で、「ビール」が多くの人に飲まれるようになっていき、キリンビールが大きな会社になっていく推移と、「ラガービール」だけで殿様商売ができていた時代から、アサヒの『スーパードライ』の攻勢を受けて、シェアを落とし、試行錯誤の末に『一番搾り』にたどり着くまでの現場での葛藤が、ひとりの「みんなに愛されたビール職人」の視線で語られている、とても魅力的な内容でした。

 山田さんはもう46年間ビールをつくっている。現役のビール職人の中では、もっとも経験豊富な一人だろう。
 1955年(昭和30)年、当時まだ麒麟麦酒株式会社だったキリンビール株式会社(以下キリン、キリンビール)に入社。醸造ラインの現場で経験を積み、商品開発機構の中枢であるパイロットプラントのチーフになる。以降、プラントの責任者として数々の新商品の試醸を手がけてきた。根強い人気を誇る名品『ハートランド』、日本のビール史上に残る大ヒット商品『一番搾り』、季節商品として定着した『秋味』『春咲き』……。これらの商品開発のプラントの責任者を務めてきたのが山田さんである。
 1996年、定年でキリンを退社。八ヶ岳ブルーワリーの醸造長に就任。「萌木の村」村長、舩木上次さんの「うちで山田さんのビールをつくって下さい」という言葉が決め手だった。
 山田さんを知る人は、まずその人柄を讃える。穏やかで礼儀正しく、快活。人の輪をつくるのがうまい人だ。その人柄も、ビールの味に含まれている。


 この新書は、「ビール職人が、ビールを語る」とともに、「ビール職人・山田一巳が自らの人生と仕事を語ったもの」でもあります。
「職人のなかの職人」である山田さんの言葉の含蓄に、僕は読んでいて何度も唸らされました。

「ビールというのは、もちろん自分がうまいと思っているだけではダメで、お客さんに喜んでもらわなきゃいけない。それもまた難しいところなんです。人の味覚は十人十色。それぞれまるで違いますからね。十人が飲んで十人が満足するビールをつくることは究極の理想ですが、不可能でしょう。十人が飲んで十人がまあまあうまいと思うビールをつくることは可能かも知れない。でも、そんなビールをつくったって平凡なものにしかなりません。それよりも、十人が飲んで三人が本当に感動するようなビールを、私はつくりたいんです。
 ものづくりは、お客さん本位とか時代の流行とか、そういうことも大事ですけれど、つくり手がしっかりと理想を持ってないといけない。どういうビールをうまいと思うか。自分なりに理想をつきつめていく。その意思がなかったら、お客さんを本当に喜ばすようなビールはできないと思います。まずは理想があって、そこに近づけていくための技術や知識がある。経験から来るカンが頼りになることもあります。でも、それ以前に理想に近づけていこうとする気持ちが大事です。それがなくなったらビール職人はおしまいでしょうね。
 完璧なビールがどんなビールかって、結局そんなものはないんです。でも、それがいつかできるだろうな、と。そんな風に思いながらやっていくのがいいんでしょう。
 かといって、あんまり根を詰めすぎてもいけない。職人が鬱々とつくってるビールなんて、何だかうまそうじゃないじゃないですか。先は長いんだから、のんびりと、遊びながらつくっていくのがいいんです。楽しみながらね。


 この言葉を読めただけでも、僕はこの新書を読んでよかったなあ、と思いました。
 「十人全員にとっての満点」は、おそらく、存在しない。
 でも、そこで、「十人にとっての『まずまず』」ではなく、「十人のうち、三人を感動させられるもの」を目指すというのが、山田さんの考え方なのです。
 「まずまず」の十人がずっとそのビールを飲み続けてくれるとは思えないけれど、「自分にとって感動的なビール」に出会った三人は、ずっと、そのビールを愛飲してくれるはずです。
 そして、大事なことは、「つくる側が、その完成形のイメージを持って、そこを目指しているか」なんですよね。
 「美味しいビール」「売れるビール」というような「漠然とした目標」を掲げて迷走してしまう理由は、つくっている側に「自分の『美味しい』は、これだ!」という確信が無いまま、試行錯誤してしまうから。
 もちろんこれは、ビール作りだけの話ではありません。
 
 

 ビール醸造というのは、酵母という微生物を培養する作業ですから、ちょっとでも管理を怠ると、すぐに雑菌を繁殖させてしまう。特に乳酸菌なんかは、普通にやってたら繁殖させない方が不思議なくらいでね。我々の仕事というのは慎重にやらなきゃいけないんです。
 雑菌が発生するときはだいたい濾過器かパイプの継ぎ目からですから、一週間に一度は全部分解して、きれいに掃除してやる。私が現場にいた頃は、それが徹底されていました。雑菌の怖さは先輩たちから聞かされてよく知っていましたし、ちょっとでも手を抜くとすぐに怒鳴り飛ばされましたからね。


 つねに醸造の現場にいた山田さんの仕事は、けっしてラクではなかったと思うのです。
 食品を扱う仕事というのは、たったひとつの「衛生上の失敗」が、会社を傾けるような大問題となることがあるのです。
 実際、キリンビールにも、そのような事例がありました。
 それでも、山田さんは「仕事を楽しみ、人生を楽しんでいる」のです。
 ビール作りの名人、と讃えられながらも、「キリンビールにいるときは、つくれと言われたビールを忠実につくっていただけ。今は『自分のビール』を作っていて、やりがいとともに責任も感じます」と仰っています。
 この本のなかで語られる、ビール工場の大部分の作業工程が、人の手に頼っていた時代のエピソードを読んでいると、仕事のハードさに驚かされる一方で、「右肩上がりの時代だった日本を支えてきた人たち」の矜持と活気も伝わってくるのです。
 一概に「良い時代だった」とは言えないところもあるのでしょうけど、山田さんの口から語られると、なんだかとても魅力的なんですよね、高度成長期の「キリンビール」という会社は。

 清里で地ビールをつくり始めた頃、ある人たちから『もっと地ビールらしい個性的なビールにしてはどうか』と言われました。山田のところのビールは洗練されすぎている。大手メーカーのビールと区別がつかない。もっとクセのある個性的な味にした方が地ビールらしくて受けるんじゃないか、と。地ビールブームの頃にはよくそんなことを言われたものです。
 それを聞いて、何を言ってるんだと思いましたね。個性って何だって。
 うちのビールは十分に個性的です。
 自分がうまいと思うビールをつきつめていったら、今のビールになった。それ以外に個性なんてないじゃないですか。地ビールらしい味にしようとか、大手とは全然違う味にしようとか、そんなことを考えてつけた個性なんて、本当の個性じゃないでしょう。
 それにビールの個性なんて言うのは、つけようと思ってつけるべきものじゃないんです。もちろん、もっとキレのいいビールをつくろうとか、もっとコクのあるビールにしようとかいうことは私も考えます。でも、自分の理想に近づけようと思ったら、職人がよく対話してやらなきゃいけない。職人が話しかけ、ビールの声を聞いて、時には酵母の気持ちになってみたりしてね。それぞれの持ち味を大事にしながら、よく対話してやる。そうやって時間をかけてつくっていくと、ビールの方が少しずつこちらの言うことを聞いてくれるんです。職人が一方的に思い通りにしようとしたって、絶対にうまいビールはできないですよ。
 原料と水と酵母が出会って自然にビールになっていこうとしているところに、職人も加わっていく。それくらいのスタンスでつくるのがいいんじゃないかと思っています。

山田さんは、「職人の力が一番発揮されるべきなのは、発酵不良などのトラブルが起こったときだ」と仰っています。
 この「見守る」という姿勢は、なかなか真似できないよなあ、と。
 そして、この「個性」についての話を読んでいて、僕は中日の落合元監督のことを思い出したんですよね。
 落合さんの「勝つことが最大のファンサービスなんだ」という言葉を。
 落合さんもまた「職人」だものなあ。

 
 もしこれを読んで興味を持たれたら、ぜひ一度読んでみてください。
 12年前に出た新書ですが、この本に関しては、その時間で、うまく発酵し、味わい深くなっているような気がします。


ちなみに、山田一巳さん、まだまだ現役で、美味しいビールを作り続けておられます(2014年9月現在)。
僕も山田さんのビールを飲みに、八ヶ岳に行きたい!

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