琥珀色の戯言

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【読書感想】ちいさな城下町 ☆☆☆☆


ちいさな城下町

ちいさな城下町

内容紹介
ぼくの城下町の好みは十万石以下。そのくらいが一番それらしい雰囲気を今も残している――2014年3月に急逝したイラストレーター・安西水丸が惹かれてやまない城下町を訪れ、歴史的人物や事件にまつわるエピソード、町の名物やたたずまいをスケッチ。読むと電車に乗って旅に出たくなる、楽しいエッセイ集です。


登場するのは、村上市(新潟県)、行田市(埼玉県)、朝倉市(福岡県)、飯田市(長野県)、土浦市(茨城県)、新宮市(和歌山県)など、日本全国の20都市。岸和田市中津市高梁市は単行本のための描き下ろし。


内容(「BOOK」データベースより)
“有名すぎない”ローカル城下町の歴史が作り出す家並み、神社仏閣、人々の暮し、食べ物を絵と文で紹介。「思わず旅に出たくなる」著者最後のエッセイ集!


 安西水丸さん、最後のエッセイ集。
 とはいえ、本当に突然亡くなられてしまったので、このエッセイ集そのものには、いつもの水丸さんと変わらない、穏やかな時間が流れています。

 旅の楽しみの一つとして、何処か地図で城址を見つけ、そこを訪ねることがある。たいていの城下町には城址があるわけだが、ぼくの城下町の好みは十万石以下あたりにある。そのくらいの城下町が、一番それらしい雰囲気を今も残している。


 この「十万石以下」というのは、現在でいうと、人口数万人くらいの市になっていることが多いようです。
 実際にそのくらいの町にいくつか住んだことがある僕の実感としては、「地元の若者にとっては、何もない、つまらない土地」なんじゃないかな、なのですが、そこを水丸さんが訪れて、土地の歴史を語ると、なんだかとても魅力的な感じがするんですよね。
 僕も中津市とか天童市に行ってみたくなりました。
 「歴史」について興味があれば、小さな町にも「見どころ」はたくさんあるし、実際に、そうやって興味を持って旅をしている人も、けっこういるんだなあ、と。

 
 あと、このエッセイのところどころで、水丸さんの昔の友だちの話とか、仕事仲間の話とかが出てくるのも、読みどころでした。
 そうか、水丸さんは、こんなに昔の友だちのことを覚えているのだなあ、とか、水丸さんが若い頃って、「大学の友だちに誘われて、相手の地元に旅行して泊めてもらう」なんてこともあったのだなあ、と。
 ああ、よくよく思いだしてみると、僕にもそんなエピソードがあったような。
 

 田中室長は歴史話が好きで、酒の席でもよく歴史話を口にした。スコッチを傾けながら戦国期の話などをしていると、ふしぎともう少しこの会社で頑張ってみようといった気分になった。
「戦争というのは恐ろしいもんだ。思い出すと今でも身体が震えてくる。だがなあ、こうやって生きてもどってくると、あんな貴重な体験はない。横にいた仲間が、一瞬目を離すと死んでるんだ」
 彼はノモンハンでの体験をそんな風に話した。


 水丸さんの思い出話は、カラッとしているというか、そのときに起こったこと、誰かが言っていたことを、そのまま書いているんですよね。
 その虚飾のなさが、すごく、重い。
 村上春樹さんも、水丸さんのそういうところが好きだったんじゃないか、とか、僕は勝手に想像しているのです。


 1987年に出た『日出ずる国の工場』(現在は新潮文庫)という工場見学の本の取材のため、村上春樹さんと新潟県のアデランスの鬘工場に行き、それがこんな縁になっているそうです。

 これも余談だが、村上市では毎年の9月に国際トライアスロン大会が開かれており、この訪問の後、春樹君は毎年大会に出場している。ぼくはいつも応援に同行しているが、二回だけ仕事で行けなかった以外、彼は水泳、自転車、マラソンとすべて完走している。大へんなことだ。

 ああ、水丸さんと、村上春樹さんは、ずっと「友だち」だったんだなあ、って、これを読んで、なんだか微笑ましくなりました。
 ふたりとも(とくに村上春樹さんって)、そんなに友人と群れたがるタイプじゃなさそうだから。
 水丸さんを失ったことは、村上さんにとっても、きっと痛恨事だったのだろうなあ。
 写真を使わず、イラストでお気に入りの町を紹介している水丸さんの飄々とした文章を読んでいると、僕もなんだか、すごくせつなくなってしまいました。
 そんなつもりで書かれた文章では、ないはずなのにね。


 三重県亀山市の項の冒頭で、水丸さんはこう書いておられます。

 今の仕事に就いて約40年が経とうとしている。飽きもせず毎日絵を描いているということは、よほど好きなのだろう。
 そんなぼくだが、何故か画家になろうと思ったことはなかった。画家や小説家や、もしかしたら芸術家と呼ばれる人たちには多少の苦悩というものがあるはずだ。ぼくに関していえば苦悩はまっぴらである。楽しいからやっていられるのだ。
 時々インタビューなどを受けることがある。そんな時よく出るのが、壁に突き当たったりしませんか、描けないといって悩んだりしませんか、などといった質問だ。こんな風に答えている。
「芸術家ではありませんので、そんな格好いいことはないですね」
 インタビュアーは困ったような笑みをうかべるが、ぼくの正直な気持である。


 僕の勝手なイメージなのは百も承知のうえで、水丸さんは、きっと、幸せな人生をおくった人なのではないかと思うのです。もちろん、それなりに起伏はあったのだろうけど、それも含めて。


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