- 作者: 金子千尋
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2014/11/15
- メディア: 新書
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Kindle版もあります。
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オリックス・バファローズの、というよりは今や前田健太投手と並ぶ、日本球界のエース・金子千尋投手が野球観、そして投球術について述べている新書です。
多彩な変化球を操る金子投手が、それぞれの球種について、写真も添えてボールの握り方から使い方まで詳細に述べている章もあり、実際に野球を、とくにピッチャーをやっている人にとっては、かなり参考になると思います。
金子投手というのは、僕のイメージよりもはるかに、クレバーというか、「考え続けるピッチング」を実戦し続けてきた人なのだなあ、と、読んでいて感じました。
金子投手は高校時代には、2年生のとき、背番号10で甲子園に一度出ただけで、そんなに目立つ存在でもなく、社会人野球のトヨタ自動車で頭角をあらわしたものの、怪我もあったりして、順風満帆の野球人生ではなかったんですよね。
当時のドラフトで、自由枠として金子投手の獲得を発表していたオリックスは、金子投手の怪我を知って、ドラフト直前に「自由枠指名を取り消せないか」と野球連盟に申し入れたと僕は記憶しています。
そういうリスクも込みの「自由枠」ということで、その申し入れは却下されましたが、もし許されていれば、オリックスは現在ロッテにいる涌井投手を指名するつもりだったと聞いたことがあります。
国内FA宣言をして、ポスティングでのメジャーリーグ移籍の可能性もあり、いまや、日米で大争奪戦となっているエースは、あやうく「見放される」ところだったのです。
入団した年はほとんど投げられなかったそうなので、オリックスの気持ちもわからなくはないのですけどね。
入団後も、金子投手は、二軍のピッチャーたちをみて、「こんなすごいボールを投げる人たちでも、一軍に上がれないのか……」と驚いたそうですし。
まさか、ここまでのピッチャーになるとは。
「ストレートを投げないピッチングをしてみたい」――。
2014年のプロ野球オールスターゲームに選手間投票で選出されたとき、僕はメディアの人たちにそう伝えました。「ファンのみなさんに、全力で変化球を投げているところを見てもらいたい」と。
自分の性格を自己分析すると、あまのじゃくと言っていいかもしれません。
チームメイトやメディアの人たちから「変わってる」とよく言われるのですが、その”他の人とは違う発想”を明確に意識したことが、僕がプロ野球の世界でエースと呼ばれる存在になれた大きな要因の一つだと思います。
どういうボールを投げれば、打者に打たれないのか。
そのテーマと向き合い続けた結果、他のピッチャーとは違う、自分だけにしかない価値観を見つけることができたのです。
全球変化球宣言をしたのですから、変化球に絶対的な自信を持っていると思われた人も多いかもしれませんが、それは違います。僕には自信があるから、変化球を投げるという意識はありません。
ストレートだけでは抑えられないから、変化球をたくさん投げるしかない。自信を持っているのではなく、打者を抑えるために、必然的にいろんな変化球を投げ分けているのです。
変化球をたくさん投げることで、ストレートを打ちづらくしているという言い方もできるかもしれません。
金子投手のストレートに威力がない、というわけではないんですよ。
一流のストレートだと、僕は思います。
でも、金子投手は、「それぞれのピッチャーが自分のベストを尽くすのがオールスターなら、自分は変化球で勝負する」と、ありがちな「ストレート一本勝負」に背を向けて、我が道を行くのです。
入団2年目のシーズン前の紅白戦で、イチロー選手と対戦したとき、金子投手は、初球に、当時いちばん自信があったというカーブを投げました。。
それをみて、当時オリックスにいた清原和博選手が「ストレートをほうらんか!」と怒りをあらわにした、というのが、翌日のスポーツ紙の記事になりました(金子投手は記事をみるまで知らなかったそうですが)。
入団2年目の若手なんだから、イチロー選手とストレートで「真っ向勝負」してみろ、と。
このエピソードは、今年のオールスター戦で”全球変化球宣言”したことと、少し重なるところがあるかもしれません。真っ向勝負=ストレート勝負という感覚が、僕にはないからです。
最高の打者を打席に迎えたとき、自分の最も自信のあるボールを投げることこそが、プロの真っ向勝負だと思うのです。
だからこそ、僕は今年のオールスターで変化球を投げ続けましたし、プロ2年目の宮古島キャンプでの紅白戦では、世界のイチローさんを相手に一番自信のあったカーブを投げたのです。
結局、イチローさんには3球目か4球目を打たれて、ファーストゴロでした。一塁のベースカバーに入ったあと、ベンチに戻るイチローさんとすれちがったのですが、このときイチローさんと言葉をかわす機会がありました。
「最後の球種はスライダー?」
イチローさんがそう声をかけてくれたので、「そうです」と答えました。
すると、イチローさんは少し笑みを浮かべて「ナイスボール」と言ってくれたのです。
時間にすればほんの数秒の短いやりとりでしたが、イチローさんの言葉は、プロに入ってからずっと自信を持てなかった僕に、前を向く勇気を与えてくれました。
三振をとるよりも、効率的にアウトを取りたい。
それを信条としている金子投手は、合理的な思考の持ち主です。
これは、清原選手を代表とする「体育会系の真っ向勝負をよしとする野球観」「ストレートを投げることが真っ向勝負だという野球観」と、「アスリートとして、とにかく結果を出すことを突き詰めていくという野球観」の世代交代の象徴のような場面だったような気がします。
イチロー選手は、「ストレートによる真っ向勝負」なんてどうでもよくて、ひとりの対戦相手として、この若手の「ナイスボール」を称賛したのです。
金子投手は、最初から「すごいピッチャー」ではありませんでした。
しかしながら、類まれなる向上心や研究熱心さで、ずっと進化しつづけ、エースとして君臨するようになったのです。
スプリットという球種を習得したことが、金子投手の大きなターニングポイントとなりました。
いかにボールを変化させるか。
スプリットを習得するまでは、そのことを強く意識して変化球を投げていました。しかし、ボールを挟まずに投げるスプリットの場合、しっかりと挟み込んで投げるフォークに比べると、落差は小さくなります。それでも、斉藤和巳さんや、ソフトバンクのセットアッパーとして活躍したブライアン・ファルケンボーグは、その小さな変化のスプリットで打者を封じ込めていました。
なぜ、小さな変化なのに、打者は打てないのだろう。
そのことを突きつめて考えていくうち、まったく逆の推論が頭に浮かびました。
小さな変化だからこそ、打てないのではないか、と。
同じフォームで、さまざまな球種を投げ分けられること、変化が小さくでも、バットの芯を外すことによって、内野ゴロに打ち取れること、なるべく力みを取ることによって、安定した投球ができること。
ピッチャーというのは、なるべく速い球や、よく曲がる変化球を追い求めがちなのですが、バッターを効率的に打ち取る、という観点からは、それが「最適解」ではないのです。
野球ファンにとっては、とても興味深い新書だと思います。
それにしても、金子投手、いったい、どこへ行くのだろう……