琥珀色の戯言

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【読書感想】後妻業 ☆☆☆☆


後妻業

後妻業


Kindle版もあります。

後妻業

後妻業

内容(「BOOK」データベースより)
金が欲しいんやったら爺を紹介したる。一千万でも二千万でも、おまえの手練手管で稼げや。妻に先立たれ、結婚相談所で出会った二十二歳歳下の小夜子と同居を始めた老人・中瀬耕造は、脳梗塞で倒れ一命を取り留めたものの意識不明の重体に。だが、その裏で、実は小夜子と結婚相談所を経営する柏木は結託、耕造の財産を手に入れるべく、周到な計画を立てていた。病院に駆けつけた耕造の娘・尚子と朋美は、次第に牙をむく小夜子の本性を知り…。

 京都府向日市の連続不審死事件を想起させる、ということで、最近はワイドショーなどでも頻繁に採り上げられ、「なんてタイムリーな本なんだ……」と感心していたのですが、この作品、2014年8月29日発売なんですね。
 テレビのインタビューで、著者の黒川博行さんが「数年前に知人に聞いた話」だと仰っていました。
読みながら、「まさか、あの事件は、この小説を売るための宣伝だったのでは……」という考えが、一瞬頭をよぎってしまうくらいのリアリティ。
 そもそも、いくら「次々とパートナーが亡くなっていく」としても、ひとりあたり数ヶ月〜数年くらいは時間がかかっているわけですし、この本の記述からは、弁護士や司法書士の世界、結婚相談所などでは、「後妻業」の存在は、「公然の秘密」であることもうかがえます。

 柏木は金井の相談所で会員から金を吸いあげるノウハウを学んだ。ターゲットは女より男。それも妻に先立たれた老人だった。彼らはイベントやパーティーにせっせと参加し、紹介された相手の容貌や気立てがどうあろうと、一言優しい言葉をかけられれば、ほぼ例外なく交際を望んで驚くほど安易に金を出す。子供や孫に資産を残してやろうという考えは薄く、老い先短い現世に固執し、孤独が癒やされさえすれば、あとはどうでもいい。たとえ老人でなくても、主導権と選択権は常に女のほうにあり、寂しい男ほど騙しやすいものはないと思い知った。

 警察も「高齢者の事故死や急病死についても、保険金がかかっていなければ、積極的に犯罪であることを疑うことはない」と書かれています。
 まあ、現場的には、それも致し方ないのだろうな、と。
 年齢が離れた夫婦であるとか、後妻であるとかいう理由で、司法解剖を行ったり、捜査に人員を割けるほど、警察にも余裕はないでしょうし、世の中には、たぶん「年は離れているけれど、ごくあたりまえの夫婦」のほうが多いはずです。

「結婚はしましたけど、まだ籍を入れてないんです」
「すると、法的には他人ですか」
「法的には、内縁の妻です」
「ごめんなさい。おっしゃる意味が分からないんですが」
「次長さんは公正証書遺言を知ってはりますか」
「はい。もちろん」
「じゃ、これを見てください」
 小夜子はバッグから茶封筒を出し、四つ折りの紙片を抜いて広げた。「主人が書いた公正証書です。原本は堺東公証役場にあります」
 奥本は公正証書に見入った。柏木も見る。一昨年の冬、柏木が立ち会って作成した証書だ。


 いまワイドショーで話題の事件と、そっくり!
 これを読んでいると、「後妻業」というのは、かなりの歴史があり、ノウハウが積み上げられてきた職業(?)みたいなんですよ。
 今回話題になっている事件は、まさに「氷山の一角」なのかもしれません。
 そもそも、効率的に財産がある異性に出会うためには、結婚相談所的な「紹介サービス」は不可欠でしょうし、「公正証書」を作成する人物も必要です。こういう「ノウハウ」を「プロ後妻」に伝授する人もいるはず。

 守屋はひとつ間をおいて、「後妻業の必須三条件はご存知ですか」
「いえ……」尚子は首を振る。
「住民票、家具持ち込み、顔出し、この三つです」
 守屋は指を立てて、「まず、後妻は入籍前に住民票を移して、狙った相手と同居しているという形を作ります。次に、ドレッサー、ベッド、洋服ダンスを家に持ち込みます。そうして、地域の老人会などに顔を出して、中瀬の妻です、とアピールします」
「それ、みんな当たってます」
 尚子はいう。「小夜子は父のマンションに住民票を移してます。ドレッサーとベッドも部屋に入れました。マンションの自治会やグランドゴルフの会にも顔を出してます」
「なるほど、これはまちがいなく、後妻業です」
 守屋はうなずいた。「いま確認した三つの事実、結婚相談所を経由したこと、公正証書遺言をしてることで、武内小夜子はプロであると認識してください。一から十まで計画した上での犯行です」

 それにしても、出会って間もない異性が、財産にこだわり、公正証書を求めてきたりしたら、いくらなんでも「ちょっとこれはおかしいのでは……」と感じそうなものですよね。
 ワイドショーから得た知識では、それで距離を置くことにした、という男性もいたようなのですが、それでも、多くの人が、証書を遺しているのです。


 もちろん、「高齢者の後妻になった人」のすべてが、「財産目当て」であっても、「相手を殺害している」というわけではないんですけどね。
 年齢差を考えて、「その日」が来るのを待っている、というほうが多数派なのかもしれません。
 「財産目当ての結婚」というのは、けっして違法でも犯罪でもないのです。
 感じの良いものでは、ないとしても。


 こういう「後妻業」の人に遺産をかすめ取られるのは許せないのだけれども、その一方で、「自分のことを放ったらかしにしている妻や子供に、親族だからといって、遺産をあげること」に、ちょっと引っかかる感じも、僕にはあるんですよね。
 「血がつながっている」けれど、介護もせず、お金も、顔さえも出していない「実の子供」と、最期の短い期間とはいえ、看取った「後妻」とでは、後者に財産を遺したい、という気持ちも、わからなくはないんだよなあ。
 遺産がどうなろうが、死んでしまった本人にとっては、関係ない、といえばそうでしょうし。


 「後妻業」はあんまりだけれども、「遺産を奪い合う親族」だって、見栄えの良いものじゃありません。
でも、そういう「骨肉の争い」の事例は、うんざりするほどあるわけです。


 さて、この「プロ後妻」の小夜子と、小夜子と結託している「後妻業関連会社」の人々の運命やいかに。
 物語としては、ラストがちょっとアッサリしすぎているんじゃないか、とは思ったのですが、いままさに旬のネタでもあり、一気に読んでしまいました。


 この作品を読んでいると、正直、暗澹たる気分にはなってくるんですけどね。
健康への自信がどんどん揺らいでいる中年男としては。

「うちの秘密兵器、知ってる?」
「秘密兵器……。なんや、それは」
「味噌汁と漬物やんか。醤油をいっぱいかけて爺さんに食べさせるねん」
「ただでさえ塩辛いもんに、まだ醤油をかけるか」血圧が高くなるはずだ。
「年寄りは舌が鈍いやろ」平然として小夜子はいう。


 うーむ、「消極的プロ後妻」みたいな人って、実は、けっこういるんじゃないかな……

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