琥珀色の戯言

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【読書感想】安倍官邸の正体 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
国家権力の中枢を解明。2015年以降の政局の行方と安倍内閣の「本質」を読み解く。安倍政権はいつまで続くのか。新聞の首相動静にも記されない、日本の行方を決定づける非公式会議に、「隠し廊下」を通って集結していたメンバーとは―。政治記者歴35年の著者が迫った「国家権力の頂点」の真実。


 タイトルとこの「内容」を読むと、なんだかとんでもない暴露本みたいな感じがするのですが、実際は「前回首相の座を1年で手放した際の反省を踏まえて、安倍晋三首相は、いかに政権を運営していっているのか」を、長年の政治記者歴と人脈を持つ著者が書いた新書です。
 「暴露本」というよりは、「安倍内閣の内幕を知る人が、そのカーテンをちょっと開けて中を見せてくれた」そんな感じ。

 首相官邸でほぼ毎日、首相・安倍晋三を中心に開かれている重要会議の存在を知る人はごく限られている。首相の動きを逐一伝えているはずの新聞政治面の「首相動静」にも載っていない。しかし、この会議での政権の基本的方向、すなわち日本の針路が定まり、各省から出向している官邸スタッフも会議内容を知ろうと聞き耳を立てる。非公式ながら、首相官邸で日本を方向づける最も重鵜用な装置と言える。集団的自衛権憲法解釈を変更する閣議決定の時期も、この会議で決まった。


 首相官邸の5階には、外側から見えない「内廊下」があって、この廊下が、首相執務室は同じフロアの官房長官室や官房副長官室などとつながっているそうです。

 政権側の「隠し廊下」を通って、ある時間に首相執務室に集ってくるのは官房長官菅義偉、副長官の加藤勝信世耕弘成杉田和博の四人。これに、執務室隣の秘書官室にいる首席秘書官・今井尚哉が加わって計6人で、「正副官房長官会議」と呼ばれる会議が開かれている。

 この6人での会議が、官邸を、そして安倍政権を動かす基軸となっているそうです。
 前回政権時に比べて、この会議で身近な人々とこまめに意見交換をしていることが、現在の安倍政権の安定感にもつながっているのです。
 前回は「わずか1年間で政権を投げ出した」とさんざんバッシングされたのですが、この新書を読むと、安倍さんがあの挫折から学んだことは本当に大きかったのだな、ということがわかります。
 隠れてやらなくても、とは思うけれど、きれいごとだけでは政治というのはうまく動いていかないのでしょう。


 この人、こんなことよく知ってるなあ!と思いますし、政治家と政治記者の密接な関係というのも、いかがなものか、というところではあるのですが、この新書には、こういう「安倍官邸の裏話」みたいなのがたくさん出てきます。
 安倍首相の周辺の人々についても、けっこう詳しく書かれているんですよね。
 あんまり「暗黒面」についての話はないのですけど。

 
 著者は、携帯電話についての、こんな話を紹介しています。

 小泉政権とその後の政権で、首相と、秘書官や政治家との関係に劇的な変化が起こった。携帯電話の使用だ。小泉は携帯を渡されていたのに、まったく使わなかった。小泉と電話で話すには首相秘書官につないでもらうほかなく、小泉も秘書官に頼んで電話した。
 電話の取り次ぎを秘書官が行うことによって、秘書官は首相が誰と連絡を取り合っているかを把握できた。それが分かると、用件もおおよその察しがつく。(第一次)安倍以降の首相は携帯をよく使っているため、秘書官は首相の動きが分かりづらくなった。だからこそ、官邸の首脳陣が面と向かって話し合う正副長官会議の重要性はより増したと言える。
 小泉は携帯を使わない理由を「政治はフェイス・トゥ・フェイスだ」と説明していた。小泉の二男の衆院議員・進次郎も携帯電話で政治家、官僚らとの連絡を取らない。進次郎は現在、内閣府政務官で復興に加え、地方創生も担当しているが、上司に当たる地方債制担当相・石破茂ですら進次郎の携帯番号を知らない。


 小泉進次郎さんも、携帯電話を持っていない、ということはないと思うのですが……
 仕事には使わない、というポリシーなのか、それとも、めんどうな上司に番号を教えるのがイヤなだけなのか……
 案外、後者だったりするんじゃないか、とか勝手に想像してしまうんですけどね。
 首相が携帯電話で直接相手と話すようになると、秘書官の役割や得ている情報量が変わってくる、というのは、なるほどな、と。
 
 
 そして、著者は、民主党政権では、官邸がどうなっていたのか?についても書いています。

 安倍官邸と比較するため、民主党政権時代を少し振り返る。菅直人は首相就任から九日後の2010年6月17日、民主党参院選公約を発表した記者会見で消費税率について「2010年度内にあるべき税率や改革案の取りまとめを目指したい。当面の税率は、自民党が提案している10%を一つの参考にしたい」と語り、突然、当時5%の税率を倍に引き上げることに言及した。
 この発言の相談を受けていたのは首相補佐官阿久津幸彦と寺田学の二人だけだった。時の官房長官仙谷由人も、副長官・古川元久福山哲郎も、財務省出身の秘書官も寝耳に水だった。そら恐ろしいことだが、国民の負担を倍にするような話が首相のひと言で動きだしてしまう、本人もそれが政治主導だと思い込んでいるのが菅政権の内実だった。


 うーむ。あまりにも「官僚の言いなり」であることに反発するあまり、重大な政策に対して、根回しもせずにいきなりトップダウンで決めてしまおうとしたのが、あの「政治主導」の正体だったわけです。
 気持ちはわからなくもないんだけれど、それでうまくいくわけもないよなあ、と。
 「自分の言いなりに、みんな動くのが政治主導」だとするならば、いまの安倍政権よりも、菅さんのほうが、よっぽど「独裁者的」だとも言えます。
 

 しかも、それからの菅首相の対応もまずかった。

 その後、菅は同30日、参院選の街頭演説で、消費税を引き上げた際の低所得者対策として所得に応じて税金を還付する考えを表明した。ところが、その所得の水準を青森市で「年収200万円とか300万円」、秋田市で「年収300万円とか350万円以下」、山形市で「年収300万円、400万円以下」と発言し、くるくると変わった。同行していた秘書官もその誤りに気づかず、仙谷らは報道で知った。

 ……こりゃダメだ。
 まあ、こんな政権が、長持ちするわけがないですよね。
 そういう意味では、安倍政権は、やはり、「民主党政権時代よりはマシ」ではあるのでしょう。


 安倍首相は、政権維持のため、さまざまな手練手管を使っており、周囲との連係も現時点ではしっかりとれているため、長期政権となる可能性が高いのではないか、と著者は推測しています(この新書が出た時点では)。
 また、安倍首相のこんな面についても、触れられているのです。

 安倍はテレビ映りが良いだけでなく、数人で会っていると話が弾む。本音に近い話や内輪話をするし、話が途切れると、自分から笑いを誘うような話題を提供する。安倍と初めて会食する方の席に同席したことがあるが、初めてだからどうしてもぎこちなくなる。すると、安倍は2012年4月末のロシア訪問時の、大統領・プーチンとのワーキングランチの様子を話し始めた。
キャビアがどっさり出てきたんですよ。それを、私が話している途中にウェイターが下げようとしたんです。普段はそんなことしないが、自分の手で皿を押さえた。私が話の途中、『あとで江藤拓農水副大臣から説明させる』と言ったもんだから、江藤さんは一口も食べずに話が振られるのを待っているうちに、皿を下げられてしまった。ほかの人のところも下げるのが早くて、あとで『なぜ、あんなに早く下げたんだろう。ウェイターが残った分を自分たちで食べているんじゃないか』という話になったんですよ」

 考えてみると、こういう「食べ物の話」っていうのは、とくに誰かを責めるようなものではなくて、「キャビアを食べたかった安倍首相」という親しみやすさも感じられますし、すごく巧いトークだなあ、と。
 最初に首相の座から転落したとき、「外を歩くのもつらい時期があった」とも仰っていたそうで、苦労もされているんですよね。


 安倍政権というのは、見かけの印象よりもはるかに強固だし、安倍さん自身も強い人なんだな、と感じた新書でした。
 短期政権が続いていた日本を考えると、そのタフさは、心強くもあります。
 とはいえ、経済問題や増税の可否、東アジアとの外交、「イスラム国」の問題など、一筋縄ではいかない問題が山積しているのも確かです。
 僕としては、誰が首相かということよりも、どんなことをやってくれるか、それだけなんですけどね。

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