琥珀色の戯言

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【読書感想】離陸 ☆☆☆


離陸

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Kindle版もあります。

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内容(「BOOK」データベースより)
「女優を探してほしい」。突如訪ねて来た不気味な黒人イルベールの言葉により、“ぼく”の平凡な人生は大きく動き始める。イスラエル映画に、戦間期のパリに…時空と場所を超えて足跡を残す“女優”とは何者なのか?謎めいた追跡の旅。そして親しき者たちの死。“ぼく”はやがて寄る辺なき生の核心へと迫っていく―人生を襲う不意打ちの死と向き合った傑作長篇。


ああ、なんだか題材も登場人物も、村上春樹っぽいなあ、と思いながら読みました。
「何も起こらない『ねじまき鳥クロニクル』みたいな小説」だというのが読み終えての感想なのですが、逆に考えると、これだけ淡々とした小説にもかかわらず、400ページ以上読ませられてしまうのが、絲山秋子さんの筆力なのかもしれません。
九州、とくに佐賀県唐津の描写には、絲山さんの「唐津愛」みたいなものを感じました。
そこだけ他よりも描写が細かくて、「観光ステマ文学?」とか、ちょっと思いました。


オビには、伊坂幸太郎さんが「絲山さんにスパイ小説を書いてみてほしかったのが実現した」というようなキャッチコピーが書かれているのですけど、正直なところ、これは大部分の人がイメージするような「スパイ小説」ではありません。
意味ありげなキャラクターや暗号が出てきて、どう転がっていくのだろう?と思いきや……という感じなんですよ。
でも、主人公の東大卒の「官僚になってしまったけれど、なんとなく官僚の世界にも馴染めず、さりとて、赴任先でも『どうせ出て行ってしまう人』とみられていることを自覚せずにはいられない」という、村上春樹的プチエリートの憂鬱、みたいなのは、なんだかすごくリアルだよなあ、と。
これはたぶん、「冒険」の小説ではなくて、中年男の「ミッドライフ・クライシス」の小説なんですよね。
こんなふうに「スパイ小説です!」みたいな売り方をされると、「何これ……」と、言いたくなる人を増やすだけではなかろうか。


『心配事の9割は起こらない』という本があるのですが、まさにこの小説は、「起こりそうな冒険や謎解きの9割は起こらない』そんな感じです。


繰り返し書きますが、だからつまらないということはないというか、こちらが「で、今度はどんなドラマチックなことが起こるんだ?」と身構えていると、スルリと逃げられる、その連続で、これはこれで妙な快感はあるんですけどね。


しかしこれ、最初からこういう構想だったのか、長編を書きはじめたのだけれど、収拾がつかなくなって、こんな形で強引に締めてしまったのか、よくわかりません。
ひとつだけ言えるのは、小説に「ドラマチックさ」を求めている人は、手を出さないほうが無難な作品だということです。
村上春樹さんの初期作品が好きな人には、懐かしい感じがするんじゃないかな。


僕みたいな、なんとなく自分の居場所を失ってしまっている中年男には、ものすごく「染みる」小説ではありました。
主人公が「何もしない、できない」ところが、なんというか、悔しいけどわかるんだよね……

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