琥珀色の戯言

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【読書感想】黒子の流儀 DeNA 不格好経営の舞台裏 ☆☆☆☆


黒子の流儀 DeNA 不格好経営の舞台裏

黒子の流儀 DeNA 不格好経営の舞台裏


Kindle版もあります。

黒子の流儀

黒子の流儀

内容紹介
DeNA会長が初めて明かす、企業経営とプロ野球参入のすべて】


DeNA会長、横浜DeNAベイスターズ初代オーナー春田真氏が明かす、 もうひとつの「不格好経営」。
DeNAの成長と苦闘の歴史の裏側、
プロ野球参入の舞台裏で繰り広げられた知られざる真実を、
冷静かつ大胆に綴った経営ドキュメント!


「本書は『不格好経営』の舞台裏的な位置づけで読んでいただけたらと思う。特に、DeNAの歴史を繙いていくと、そのときどきの重要なイベントは当然ながら似通ってくる。南場さんが表舞台とすれば、私はその舞台裏を切り盛りする役。舞台裏の臨場感を感じてもらえれば嬉しい。横浜DeNAベイスターズはじめ、プロ野球に関することについても可能な限り表現することにした。プロ野球球団を運営=経営することや球界についての自分なりの見立てや考えを記した。プロ野球の興行=試合以外の部分について、特に経営サイドがどのようなことを考えているのか、ひとつの例としてベイスターズを通して少しでも理解してもらいたい」(はじめにより)


 DeNAの創業者、南場智子さんが書いた『不格好経営』、僕も読みました。
 世の中にはすごい人がいるものだなあ、と圧倒されてしまうところはあったのですが、なかなか面白い起業物語だったんですよね。
 この『黒子の流儀』は、南場さんとともに、DeNAの立ち上げに携わり、主に財務の面で支えた春田真・DeNA会長の著書です。
 春田さんは、横浜DeNAベイスターズの初代オーナーにも就任され、チームの改革も行ってきました。
 有名銀行勤務から、DeNAというベンチャー企業へ。
 そして、いきなり「野球チームのオーナ―」へ。
 堀江貴文さんが、この間『しくじり先生』に出演されていたとき、球団を買おうとしたエピソードが出てきました。
 生徒として聞いていた芸人さんが「それ、リアル『桃鉄』や!」とツッコミを入れていたんですよね。
 いやほんと、カープの松田一族みたいな同族会社ならともかく、「ごく普通のサラリーマンとして社会人のスタートを切った人が、プロ野球チームのオーナ―になる」なんていうのは、まさに「夢のような話」です。
 長嶋茂雄さんや松井秀喜さんに直接声をかけてもらったり、中畑清さんと一緒にカラオケに行ったりしているというのだから!


 この本を読んでいると、春田さんというのは、実に「身も蓋もない人」だなあ、と感心してしまいます。
 こういうふうに、自分のことを本に書こうとすれば、やはり、「盛って」しまいそうなものじゃないですか。ちょっと面白いエピソードを入れたり、自分が人と違うことをアピールしたり。
 でも、春田さんって、素っ気ないくらい、「別に特別なことは何もなかった」って書いてしまえる人なのです。

 私の出身地は奈良県奈良市である。小学校時代の一時期を除き、高校を卒業するまでずっと地元の公立学校に通っていた。
 今でこそ、大勢の人たちの前で話をすることもある私だが、小さいころは内向的で人見知りをする子どもだった。性格的に気は強いほうではなく、体も丈夫ではなかった。どちらかというと家で絵を描いたり、工作をするほうが好きな子どもだった。
 実は今でも人前で話をするのは好きではない。それでも話しているのは、あくまでも仕事だからだ。会社の代表としてさまざまなパーティーに出席することも多いのだが、名刺を配りながら会話を交わすのはいまだに苦手。幼いころから、そういう性格なのだ。


 そういう性格の人でも、DeNAの会長にまで登り詰めることができたのか……と。
 ただ、春田さんというのは、非常に几帳面というか、「仕事」というのを、とにかく手抜きをせずにキチンとこなしていく人なのだということが、この本を読んでいると伝わってきます。
 世渡りのうまさとか、カリスマ性じゃなくて、着々と実績を積み上げることによって、周囲を認めさせてきた人なのでしょう。
 バイタリティに溢れていて、華がある南場智子さんとは、結果的に良い組み合わせだったのではないかと。
 春田さんがお金のことをしっかり管理して、「縁の下」を支えてくれていたからこそ、DeNAはやっていけた。


 この本のなかに、『樽酒事件』というのが紹介されています。
 2004年にビッダーズの出品物が100万点を超えたお祝い、ということで、ある出資者から樽酒が贈られたそうなのですが、それをオフィスでみんなで飲み始めてしまったところ、とんでもない事態に。
 樽酒って、「飲んでも飲んでも減らない」のですね……

 深夜の時間帯になると、ついに吐しゃ物の量が多くなりすぎて、トイレが流れなくなってしまった。結局、私たちではどうすることもできず、24時間対応の水道修理業者を呼ぶことになった。
 この時点で、私はついにキレてしまった。あまりの体たらくに、どうしても怒りがおさまらなくなったのである。羽目を外すにしても、ほどというものがある。
 かろうじて正気を保っている者が、潰れているやつをタクシーに乗せて家まで連れて帰るように指示すると、ようやく騒ぎが収まっていった。こうして樽酒パーティーはお開きとなったのである。
 翌日がまたひどかった。会社に行くと、ビルの中には依然として酒のにおいが漂っていた。さすがに知らん顔はできないので、南場さんと一緒に他のフロアに入っている会社に謝りに行った。
 この夜のことは、のちに「樽酒事件」と呼ばれるようになり、古くからいる社員の中では忘れられない出来事になっている。
 会社が成長していく過程では、いろいろなことが起こる。この事件もそれらのうちのひとつではあるのだが、それにしてもひどい出来事だった。以降、たとえそれがDeNAへのお祝いの品物であったとしても、樽酒だけはお断りすることになっている。


 このくだりを読んでいて、映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』みたいだな、と思ったんですよ。
 まだ若くて、無謀なまでの勢いがあったDeNAの様子が伝わってくるな、と。
 しかしながら、春田さんは、この出来事は「昔は若かったねえ」なんて遠い目で微笑みながら振り返るのではなく、「あってはならないことだった」と反省し、いまでも「良い思い出」にしてはいないのです。
 本当に「身も蓋もない人」だなあ。
 でも、こういう人がいなくて、イケイケドンドンで突っ走ったおかげで、あっさり潰れていった会社って、たくさんあるのだろうと思うのです。

 DeNAというとモバイルの会社というイメージがあるが、当初からモバイルに力を入れていたわけではなく、実際にサービスを開始したのはモバオクを始めた2004年からに過ぎない。
 DeNAは、先を見越しながら戦略的にモバイル事業に軸足を移し、飛躍的な成長を遂げてきたと捉えている人もいるかもしれないが、実際にはそうではない。戦略的に先々を見通しても、思いどおりに進むわけではなく、その場その場で挑戦し、試行錯誤を繰り返してやっと今の成功をつかむことができたのである。
 もちろん、モバイルで成功することを目的にプロジェクトをスタートさせたわけだが、今のような大成功が待っていると確信していたわけではなかった。
 サービスを立ち上げながら、守安や創業者である渡辺たちが成功確率の話をしていたのを聞いたことがあるが、2人とも「20〜30パーセントじゃないでしょうかね」と、ずいぶんのんきな話をしていたぐらいだった。それぐらいの感覚でモバイルへの挑戦を続けていたのである。


 DeNAという会社は、創設当初から確たるビジョンがあったわけではなく、けっこう「場当たり的」な事業展開で、結果的には成果を出してきました。
 それだけに、財務を担当してきた春田さんにとっては、先が見えないところもあり、苦労も絶えなかったようです。
 そして、プロ野球チームの買収と、オーナ―就任。


 横浜というチームは、DeNAがオーナーになってから、中畑清監督のキャラクターもあり、注目度が上がり、雰囲気も明るくなったようにみえます。
 春田さんは、チームフタッフに「ファンサービスの充実」を常に求め続け、選手たちもそれに応えているのです。

 たとえばキャンプの期間中、練習後にサインをするのが面倒だと思うこともあるだろう。だが、そんなときにでもベテランの三浦選手は率先してファンにサインをしている。
 シーズン中のファンサービスも重要だ。横浜スタジアムでの試合では、試合後にサインボールをスタンドに投げ入れている。試合後のヒーローインタビューの後にこれを行っているのだ。
 選手のほとんどが、ベンチ裏に引き上げて早くシャワーを浴びたいと考えているはずだ。だが、それを我慢してサインボールを投げてくれる。
 面倒臭いと思えば、横着をして内野席スタンドにだけ投げて終わりにすることもできる。しかし、それで済ませるようにはなっていない。これは、埼玉西武ライオンズに移籍する前の森本稀哲選手の影響が大きい。彼はいつでも一目散に外野に走っていき、ボールを投げ入れていた。


 こういう話を読むと「ベテランの影響力」というのを再認識させられます。
 三浦大輔選手のこの姿をみれば、若手はサインをせずにはいられないはず。
 森本選手も、横浜では何もできなかったなあ、なんて思っていたのですが、こういう「置き土産」をDeNAに残していったのですね。


 現在、横浜DeNAベイスターズのオーナ―は南場智子さんにバトンタッチされているのですが、「リアル『桃鉄』を成し遂げた男」からみた球界の風景は、とても興味深いものでした。
 日本のなかでも、もっとも入るのが難しい会員制サロンみたいなものだものなあ、プロ野球のオーナー会議って。


 春田さんは、DeNAでの仕事に一区切りをつけ、また新しいことをはじめられる予定なのだそうです。
 実際に世の中を動かしているのは、春田さんのような「黒子」なのかもしれないな、そんなことを考えさせられる一冊でした。

 

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