- 作者: 大和屋暁
- 出版社/メーカー: ベストセラーズ
- 発売日: 2015/02/14
- メディア: 新書
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内容紹介
2015年1月4日に引退したジャスタウェイの馬主・大和屋暁が自ら綴る、新米馬主と世界最強馬のとんでもないサクセスストーリー。ハーツクライ産駒としてクラシックへの期待を背負いながらも低迷したジャスタウェイ。やがて天皇賞秋、そしてドバイデューティーフリーをレコードで圧勝、2014年度ロンジンワールドベストレースホースランキングで1位となる。三冠馬ディープインパクトやオルフェーヴルもなしとげられなかった世界一の快挙の舞台裏では何が……。アニメのシナリオで活躍中の著者らしく、ジャスタウェイ、ハーツクライとの妄想会話集や須貝調教師との飲み食べ歩きリポートも完全収録。
面白いなこれ。
運良く世界的名馬の馬主になった人の自慢話かよ、ケッ!とか思いつつ読み始めたのですが、これがまた、潔いくらい素直な自慢話で、逆に感心してしまいました。
嫌われないように縮こまって書かれている「馬主体験記」よりも、勝ったときは嬉しい、負けると「もう、あのレースのことは思い出すのもイヤ」という、大和屋暁という人間が見たこと、感じたことがダイナミックに伝わってくるこの本のほうが、僕は好きです。
大レースの前は須貝調教師と飲みに行き、競馬場には「当時の彼女」「お嬢様」「ゆとりな彼女」など、次から次へと入れ替わる女性連れ、レースの後は、関係者と祝勝会(あるいは反省会)。乾杯の音頭は「ジャスタウェーイ!」。
うーむ、まあたしかに、「ぼっち」で競馬場にやってくる馬主って、あんまりいそうにないよね。
僕だったら、馬主会のキアヌ・リーブスを目指したいところです(ルックスは絶対無理なので、ひとりぼっちが好き、というところだけ、ね)。
いやほんと、こんなことが世の中にあって良いのか、社台ファームの良い馬って、昔からの付き合いの有力馬主にしか売られないんじゃないのか?
もちろん、大和屋さんは「例外中の例外」なのかもしれないけれど、最初は馬主席に入れてもらえなかったり、JRAの馬主として初勝利をあげたとき、口取り式というレース後のセレモニーに行くために、どう動けばいいのかわからなくて困惑した、なんていうエピソードを読むと、「大会社の社長」とか、「馬主三代目」とかじゃなくても、こんな偉業を達成できるのだなあ、と。
この新書には「ジャスタウェイという名馬の馬主になったことによって、どんな体験をしたか」が、けっこう詳しく書かれているのです。
それと同時に「口外できないような、めんどくさい体験もすることになった」ことも仄めかされているのです。
「天皇賞・秋を優勝すると、日本中に1億3千万円の臨時収入があったことをアピールするようなものだ」
「お金を貸してほしい」とか「これを買ってください」みたいなのが、たくさん来るそうです。
もちろん、負け続け、損ばかりというよりはずっとマシだとは思うけど。
大和屋さんはもともとハーツクライの一口馬主で、そのハーツクライ産駒を自分の馬として持ちたいということで、馬主資格をとったのです。
そして、馬主になって2頭目に購入したのが、ジャスタウェイ。
1頭目はレースに出ることができなかったので、所有馬で競馬場を走ったのはジャスタウェイが最初でした。
後の実績からは想像できないほど、ジャスタウェイは仔馬のときのセールでの評価は低かったのです。
静寂のまま、コツンとハンマーは落ちました。
「1200万、番号お願いします」
なんということでしょう。1200万円で簡単に落とせちゃいました。その後は前にも書いた通り、白老F(ファーム)の責任者である角田先生と出会い、須貝(調教師)さんを紹介してもらうという幸運に見舞われました。この時、角田先生は僕がハーツクライの一口会員だということを告げると、
「ああそう。じゃあ外向でも大丈夫だよね」さらっとそういいました。
もちろん大丈夫です。だって偉大なお父さんは、ものすごいガニ股でしかたから。
ですが僕、彼が外向だったということに、まったく気づいておりませんでした。後から判断すると、この外向が幸運でした。基本的に脚が曲がっている馬は敬遠されます。いくら父親がそうだったとしても、とてもこんなガニ股君では走るようには見えなかったのでしょう。話によると、金をもらってもこんな馬ほしくないといった馬主さんがいたとかいないとか。
「このくらいの値段だから、当時の自分でも買えた」と大和屋さんは仰っています。
このセールでは、評価の高い馬は1億円を越えることも珍しくないのです。
いまはハーツクライ産駒の活躍馬が続出しているため、以前よりも産駒の価値が上がり、大和屋さんも「自分には手が出せない金額になってしまった」そうです。
もしジャスタウェイの脚が曲がっていなかったら、もっと値段が上がってしまい、他の人が落札していたかもしれません。
そうすると、須貝尚介厩舎に入ることもなく、大和屋さんも、ジャスタウェイも、まったく別の道を歩むことになっていたでしょう。
もちろん、そうだったら、凱旋門賞に勝てた、なんて言う人もいるかもしれないけれど、ドバイで勝ち、秋の天皇賞と安田記念にも優勝し、9億円を稼いだという以上の「成功」を収めた可能性は低いのではないかと思われます。
大和屋さんの視点でジャスタウェイのレースを追っていくと、4歳の天皇賞・秋の圧勝劇には、本当に「関係者もみんな驚いた」ことがよくわかります。
ジャスタウェイは、3歳春にアーリントンカップを制してから、惜しい2着が続いてはいたものの、ずっと勝てないまま、1年半以上が経過していました。
僕もあの天皇賞「ジャスタウェイは2着ばっかりの馬だから、ここで来たとしても2着までだろう」と思っていました。
格下のレースで勝ちきれない馬が、G1で通用するわけがない。
ところが、天皇賞・秋で、ジャスタウェイは、直線でジェンティルドンナをはじめとする他馬を一気に突き放す、圧巻のパフォーマンスで勝ったのです。
それを観た僕は「えっ、ジャスタウェイ、ずっと勝てなかったのに、日本最高峰のレースのひとつで、いきなりこんな圧勝って、アリかよ……」と悶絶しました。
ジャスタウェイ1着の馬券など、全く買っていませんでしたから。
馬って、急に強くなるものなのだな……と、思い知らされたレースでした。
そういえばあのとき、競馬予想紙で、「ジャスタウェイの調教が抜群」って書いてあったんだよなあ。
でも、いくら調子が良くても、G1なら、せいぜい2着までかな……というのが僕の当時のジャスタウェイに対する評価だったのです。
いまから思い返せば、「のちに世界一になる馬の単勝が、1550円もついていたのに……」と後悔してしまうのですが、あのときは、本当に「この馬、本当にあの2着コレクターのジャスタウェイなの? 詐欺だよこれ……」と絶句するばかり。
写真やレイアウトは違いますが、基本的には関係者のコメントは一緒です。須貝先生、角田先生、福永(祐一騎手)さん、榎本君、そして僕。皆コメントを残していますが、ほんとうにおかしいのが須貝先生以外、皆びっくりしています。
須貝先生は、後日話したら自分はびっくりなんかしてないといい切っていましたが、ほかの皆さんは一様にびっくりしていました。僕は頭真っ白でびっくり、福永さんもあんなに伸びてびっくり、榎本君も直線を見てびっくり、そして角田先生もワイルドアゲイン(母シビルの父)の血にびっくりしてました。
関係者もみんなびっくりしているんだから、僕が当てられるわけないよ……
ほんと、競馬ってわからない。
その後のジャスタウェイは、3億円の賞金のドバイのレースに勝ち、国内では安田記念をグランプリボスとの壮絶な叩き合いの末に制し、凱旋門賞で8着に破れたあと、ジャパンカップ(2着)、有馬記念(4着)で引退しています。
それにしても、大和屋さんは潔い。
ちっきしょー。フランス、大嫌い。
さんざん引っ張ったあげく、なんの成果もなかった凱旋門賞。数千万の金をかけたわりには本当になんの成果もありませんでした。僕の心に残ったのは凱旋門賞に挑戦したという思い出だけ。あと面白かったのは、僕の友人A君が現地調達で彼女をつくったということくらいしか特筆することはありません。
「あの凱旋門賞」に挑戦したということに対して、多少なりとも「世界に挑戦した日本のホースマンとしての想い」みたいなものをアツく語りたくなりそうじゃないですか。
お金もたくさん使ったことだし。
「それでも、日本の馬は挑戦し続けなければならないのだ。夢のためにっ!」とか、教訓めいたことのひとつやふたつ、言い残しそうなものです。
ところが、大和屋さんは「なんの成果もなかった」と、サラッと流してしまうのです。
ああ、馬主の本心って、こんなものかもしれないなあ。
自分の馬がダメだったレースって、「どうでもいい」。
この新書を読んでいるかぎりでは、馬主生活と飲み会に明け暮れて、なんて楽しそうな人生なんだ!と羨ましくなるのです。
「でも僕も仕事が大変なんですよ」なんて不粋なことは、ほとんど口にすることはありません。
それが、僕にはとても、心地よかった。
これは「馬主、それも世界的な名馬の馬主に突然なってしまった人の異文化体験記」なんですよね。
競馬ファンにとっては、「ちょっとだけ、自分も夢を見てみたくなる」一冊です。
ジャスタウェーーーーイ!!