- 作者: 中沢彰吾
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/04/16
- メディア: 新書
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Kindle版もあります。
- 作者: 中沢彰吾
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/05/22
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内容紹介
◆人材派遣が生んだ奴隷労働の実態を伝える衝撃ルポ◆
年収3000万円を豪語する人材派遣会社の20代社員が、
自分の親世代の中高年を時給数百円の日雇い派遣で酷使。
「ほんとにおまえは馬鹿だな」
「中高年は汚いからダメ」
「てめえみてえなじじい、いらねえから」
塩素ガスがたちこめる密室で6時間にわたって「イチゴのへた取り」、
倉庫内で1日中カッターナイフをふるう「ダンボール箱の解体」……。いったい、これのどこが「労働者にとって有益な雇用形態」
「特別なスキルを活かした熟練労働」なのか?
労働者をモノ扱いする政府・厚労省の欺瞞を暴く!
これはたしかにひどい……
一部の派遣での労働環境のひどさ、というのは知っていたつもりだったのですが、まさかここまでひどいとは……として、「人材派遣会社」のなかに、これほどまで悪質なものがあるとは……
僕自身は、「派遣」で仕事をしたことはないので(でも、医局からの指示で1〜2年単位でいろんな病院を渡り歩くというのは、本人が気づいていないだけで「派遣的」ではありますよね。そのおかげで、退職金も無しに等しいし)、こんなに「正社員」と「派遣の人」が差別される職場があるのか……と驚きました。
すべての派遣労働=悪、ではないとは思うんですよ。
この本のなかにも、芸人を目指している若者たちと派遣先で出会った話が出てくるのですが、「何か他のことをしたいけれど、生活の手段としてお金を得るための仕事をしなければならない」という人にとっては「派遣」というのは融通が利く、悪くないシステムなのかもしれません。
正社員であれば、「出演するライブがあるから、明日は休みます」というわけにはいかないでしょうし。
そういう人が、自らの選択で「派遣」を選べるのは良いことのはず。
しかしながら、現実には、「安い労働力をきわめて低い保障で使うため」に「派遣」が利用されているのです。
この本で挙げられている実例には、読んでいて呆れるというか腹が立ってしょうがないというか。
この問題が根深いのは、経費削減や税金の無駄遣いの防止、法律遵守や公共の福祉への貢献を求められる多くの団体、企業が、事業入札に安価で望む人材派遣会社を「歓迎」していることである。落札させる際、その人材派遣会社が労働者をどう処遇しているかはまったく考慮されない。
問題のある派遣会社の顧客リストには驚くほかない。最高裁判所、法務省、厚生労働省、国土交通省、財務省、文部科学省等の中央官庁、全国の地方自治体が運営する美術館や大ホール、運動場などの公共施設。新聞社やテレビ局などの大手マスコミ、大手通信会社、大手金融機関、大手小売、大手製造……世間から真っ当と見られている団体、企業がこぞって人材派遣会社の繁栄を支援している。
歪んだ労働者に寄生し、中高年を低賃金の奴隷労働で酷使し、ピンはねで肥え太る人材派遣……彼らの増殖と繁栄は底辺の労働者のさらなる困窮と表裏一体であり、日本社会の創造的な活力を削いでいるのではないか。
ちゃんとした企業であれば、ちゃんとした人材派遣会社を利用しているのではないか、と思いますよね。
僕はそう思っていました。
ところが、この新書を読んでいると、「コスト削減」のために、大手企業や公的機関が「とんでもない派遣会社」を多く利用していることがわかります。
確かに「安い」のだろうけど、官庁や自治体が率先して「ブラック企業」を利用してどうするんだ……
「お役所はコスト意識が足りない」と批判する人は多いけれども、「コスト意識がいちばん大事」になってしまうと、さまざまなトラブルが起こるのです。
著者も仰っていますが、「派遣」という業務は、一部の技術職を除けば、「どんな人でもいいし、特別な技能はなくてもいいから、安くて、確実に人を仕事の場に送り込む」というのが基本です。
でも、専門的な知識や行動が要求される場にも、マニュアル一冊だけ渡された派遣労働者たちが、どんどん進出してきています。
それにしても、著者が体験してきた派遣会社はひどい。
私の担当だという、歌手のアンジェラ・アキ似のやり手風の女性は、「試験監督は先週までで一段落しちゃったんですよねえ」といかにも残念そうに言う。そして、「他にも楽で楽しいお仕事がいっぱいあるんですよ」と言いつつ、頼みもしないのに次々に仕事を紹介して帰らせようとしない。
「人気のあるお仕事に派遣されるのは、就業実績の多い方からですよね。まずは実績を作りましょう」
なるほどそんなものかと思い、「自分は年齢も高く体力に自信もないが重労働でなければやります」と応えた。
彼女一押しのおすすめは「化粧品の検品」。
「扱うモノがモノなので女性が多く、明るく楽しい職場ですよ」
時給は900円で交通費はなし。勤務時間は17時から22時と変則的だが、これは中高年労働者を集めやすくするための設定だとあとで気づいた。
(中略)
道すがら、この作業を一度経験したことがあるという男性に話を聞いた。
「仕事はどんな感じですか」
「一言で言って、きついっすよ。作業自体は簡単なんですが、5時間ずっと同じことをするので体もそうですが精神的にやられますね」
精神的にやられるとは穏やかではない。女性たちと化粧品の検品をするきれいな楽しいお仕事ではなかったのか。
「ああ、それは嘘です。カレンダーを作るんです」
「はあ? カレンダーって、印刷の仕事?」
「違います。強いていえば組み立てですかね。中沢さんは話し好きみたいだけど気をつけて下さい。私語が多いとクビです」
「5時間ずっと?」
「はい、倉庫に入ったときからずっとです」
とぼとぼと無言で歩く5人は、まるで野外作業に向かう囚人のようだった。
(中略)
休憩のベルが鳴るやいなや、人を押しのけ待機室まで一目散に走った。女性事務員の「ばっきゃろう、制服はここで脱ぐんだ!』という怒声を背に制服をたたみつつトイレまで階段を駆け下りた。一番乗りだったがトイレは一ヵ所しかなく、飛び込んだ途端、「おい、早くしろよ」。ドアの向こうに並ぶ人々の罵声と、ドアをドンドンと叩く音に責められ気が気ではなかった。ここはまさしくタコ部屋だった。
作業場の監督は、「おまえらが25秒で作らないと、うちは赤字なんだよ」と何度も繰り返していた。私はとうとう最後まで25秒以内にはできなかった。当たり前だ。どんな作業かあらかじめ知らされておらず、老眼鏡も持っていないのだから細かい手作業などできるわけがない。
タコ部屋に連れ込むために真実を隠し、その結果、ぜんぜん能率が上がらない。悪意に満ちた労働環境。21世紀の日本でこんな働かせ方をする職場があることに驚いた。貧しい途上国の幼い子供を酷使する工場にも似た光景。
こんな恐ろしいエピソードが満載なんですよこの新書。
それでもこの仕事には少数ながらリピーターもいて、昼の仕事がを終えたあとのダブルワークとしてやっているそうなのです。
だから、17時から22時という、中途半端にみえる時間に設定されている。
22時なら、まだ終電にも間に合うし。
しかし、他の仕事をしたあとで、これをやるのって、あんまりではなかろうか。
そもそも、派遣会社の人が言っているのと、全然仕事の内容が違うし……
ここ数年、人材派遣業界は増殖を続けている。1999年には9678ヵ所だった全国の事業所の数は、2012年には7万以上に膨れ上がった。詳細については第四章で触れるが、経済規模が日本よりはるかに巨大な米国の3倍、日本とほぼ同じドイツの10倍以上という異常な数である。日本だけが大増殖したのは、人材派遣の仕組みが欧米ではとても金儲けできるようになっていないからだ。
人材派遣会社の社員は総じて若く健康そうな若者たちだ。東京のあるテレビ局が、「夜遅くまで頑張る人材派遣会社の若者たち」なるノンフィクション番組を放送したことがある。人材派遣業の実態など知らず、若者たちが夜中まで電話をかけまくって労働者の手配に明け暮れる様子を印象的に撮影しただけの「ど根性番組」だった。
密着取材された新入社員は、人生の目標を問われると、「社内には25歳で年収3000万円以上のすごい先輩が大勢いる。僕も彼らを目標にして頑張っている」と語っていた。生きる目標が金儲けなのは本人の勝手なのだとしても、25歳で年収3000万円とはいくらなんでも異常だ。
欧米では、人材派遣業に対する規制が厳しく、あまり儲からない仕事なのだそうです。
それに比べて、若くして高収入が期待できる日本。
派遣業者の側にとっては「夢がある」のかもしれませんが、人材派遣業の収入源というのは、「派遣先からもらう報酬と、派遣される人に払うお金の差」なんですよね。
ということは、「なるべく高く仕事を請け負って、安く労働者を働かせるほど、儲かる」ということになる。
ただ、これだけ競争が激しいと、受注のためには派遣先に、あまり吹っかけるわけにはいきません。
要するに「弱い労働者を買い叩くのが、いちばんの近道」になってしまっているのです。
なんかこれ、映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』みたいだな……
埼玉県内に住む50代の女性は、有名カフェチェーンの洋菓子工場への派遣の仕事を受けた。長く近所の弁当屋で働いていて、総菜の盛りつけは楽しく、さまざまな料理レシピも教えてもらえた経験があり、今度は本格的なお菓子作りに挑戦しようと意欲的だった。労働契約時の説明は、「お菓子の工場での製造補助。女性に大人気の職場.パティシエにお菓子作りを教えてもらっちゃいましょう」といった内容で、いかにも楽しそうなイメージでわくわくしたという。ただ、具体的な作業内容は教えてもらえなかった。
現場はJRの駅から徒歩で30分、道行く人も少ない工場街の一角にある灰色の建物で、華やかなカフェのイメージとは程遠く少々がっかりした。その上、菓子製造所の室内の気温は10度程度と寒く、彼女が配置された流し台のあるコーナーは消毒液の塩素ガスがたちこめる密室で、指示されたのはイチゴのへた取りだった。流し台の左側にはパック入りのイチゴが山になっていて、それを洗浄しながらへたを取って右側のトレイに並べていく。
冷たい流水にずっと両手を浸しての作業で、しばらくすると両手が真っ赤になって感覚が失われていた。6時間の勤務中、途中休憩30分以外はずっと同じへた取りで、その間、パティシエに指導してもらえるどころか、ケーキを目にすることもなかった。
イチゴと強烈な塩素臭がセットでトラウマになり、その後しばらくは、スーパーでイチゴのパックを見ると塩素臭がよみがえって手を出す気になれなかったという。
6時間ずっと(休憩時間はあるそうですが)「イチゴのヘタ取り」なんていう「仕事」が、本当にあるのか……
しかもそれを「パティシエにお菓子作りを教えてもらっちゃいましょう」って宣伝しているとは。
恐るべし、派遣の現場。
この新書を読んでいると、正社員との差別に、単調な仕事、年下の派遣先の担当者からの罵声に、賃金のピンハネなど、「これは派遣で仕事したくないな……」と思うこと請け合いです。
しかしながら、中高年となると、正社員の口なんてそうそうあるものではないし、とりあえず収入がないと干上がってしまう。
そこを派遣会社もうまく利用して、ギリギリ(あるいはそれ以下)の条件で、高齢者をこき使う……
それでも「仕事があるだけありがたい」と派遣会社とのトラブルを嫌う登録者のほうが多いくらいなのです。
ほんと、こんなに劣悪な働いている人たちが大勢いるのに、なんで日本の景気はこんなに悪いのだろうか。
こうしてつくられたお金は、誰のところに行ってしまうのだろうか。
毎月発表されている総務省の労働力調査でも、アルバイト、パート、派遣社員などの非正規社員は2014年11月の調査で初めて2000万人を超え2012万人になった。2014年の一年間だけでも49万人増えている。
役員を除く雇用者5308万人に占める非正規社員の割合は38パーセントに達する。このうち中高年は45〜54歳が一年間で12万人増えて387万人である。さらに高齢の非正規社員が増えており、65歳以上では男性が16万人増の141万人、女性が8万人増の106万人。定年退職後に再就職できず、非正規社員になっている。
こんな働き方をしている中高年が、さらに増えつづけてきているのです。
いまの日本では、若者が搾取されているイメージが強いのだけれども、中高年もラクじゃない。
というか、「夢」とか「ライフスタイル」のために派遣で働いている人は、それで良いんじゃないかと思う。
でも、「生活」のため、生き延びるために、高齢者がこんな「仕事」を続けていかなければならないのは、あまりにも物悲しい。
「正社員になるのが人生の目的なんて虚しい」と思うけれど、こういう現実を知ってしまうと、「正社員」にこだわりたくなるのもわかるんですよね。
正社員がすごく恵まれているわけじゃないけれど、こんな派遣労働よりはマシだろうから。
……と思って正社員になれる会社を探したら、ブラック企業だったというオチなんだよね、いまの日本では。