琥珀色の戯言

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【読書感想】微生物ハンター、深海を行く ☆☆☆☆


微生物ハンター、深海を行く

微生物ハンター、深海を行く

内容紹介
その瞬間、全身に稲妻が走った。キタァァァァァァー! ! ! !
スケーリーフットや! ! ! ! ! ! 白いスケーリーフットや! ! ! ! ! 」
ボクは無意識に叫んでいた。――本文より


研究の現場は、こんなにも熱い。


生命の起源は深海の熱水にある――その仮説を実証すべく、「しんかい6500」で世界中の海へ潜り、我々の共通祖先となり得る微生物を探しているJAMSTECの地球微生物学者、高井研。ナニモノでもなかった21歳の青年は、いかにして世界でもっとも生命の起源に肉迫する科学者になったのか? 地質学者や化学者など、あらゆる分野の研究者を巻き込みながら未知へと突き進む彼の、愉快でエネルギッシュな科学冒険物語。


これは、アツい。
もしあなたが「これから、研究者になってみようか」と思っているのなら、ぜひ、この本を読んでみてください。
これを読んで、「面白そう!オレも(私も)やってやるぜ!」と思えるのであれば、たぶん、あなたには研究者としての適性がある。
研究に、こんなにバイタリティが必要なんて……、と感じたのならば、今後の人生について、立ち止まって考えてみたほうが良いかもしれません。


この本、すごく面白いんですよ。
「何者でもなかった」けれど、なんだかよくわからない自信とバイタリティに溢れた若者だった著者が、「生命の起源を解明する」というテーマに向かって突き進んでいく様子が、軽妙な文章で語られていきます。

 さて、「ひとり VS 宗家」の闘いの行方はどうなったか?
 その詳細はいずれ『修羅の刻(外伝) 最後に生き残った奴が勝者よ! 〜ダブルエージェント黒メガネの回想(民明書房)で語られることになろう。ひとことで言うなら「勝負を決めるのは才能でも能力でもない。背負てるモノの大きさ、つまり覚悟だ。アンタ、背中が煤けているぜ……」(なんのこっちゃ)と。

何の説明もなく、いきなり「民明書房」ですよ。
軽妙すぎて、好みが分かれるかもしれませんが、1970年代はじめの生まれで、著者より少しだけ年下、『週刊少年ジャンプ』の全盛期の洗礼を受けた僕にとっては、このノリはまさに「同世代だなあ!」って嬉しくなってしまうのです。
他の世代の人には「このノリにはついていけない……」と思われるかもしれませんけど。


すごくエネルギッシュで、著者の勢いに引っ張られてグイグイと読み進めてしまう本なのですが、「研究の世界のシビアな現実」も、けっこう赤裸々に語られているのです。


著者は、JAMSTEC独立行政法人海洋研究開発機構)に居候(特別技術研究院)としてやってきた初日に、こういわれるのです。

「タカイ君。とにかくよく来たね。これからよろしく。ところでさー、キミの科学技術特別研究員だっけ? それって3年間の任期なんだよね? だったら、じゃあ、キミ。3年後の就職口をいまからちゃんと探しとけよ!」
 このカトーさんの言葉に、ボクはすぐには口を利けないほどの怒りと寂しさを感じた。
 いまから思うと、このカトーさんのセリフは、どういうつもりで言ったのかは別として、たしかにポスドク研究員に対して最初に言っておくべき大事なものではあると思う。この事実をちゃんと伝えておくことは、ポスドク研究員としての「覚悟」を持っているかを確認するための必要不可欠な通過儀礼だ。しかし、当時の青臭いボクには、「別にキミなんか必要ないからね。やりたい研究だけやったら、とっとと出て行ってくれ」というニュアンスにしか取ることができなかった。


希望に燃えて新しい研究室にやってきた初日に、こんなこと言われたら……
もちろん、すべての研究室が、こうではないと思います。
でも、これが「冷たい言葉」だとも言い切れないのが、ポスドクの現実。
ちなみに、「ポスドク」とは、ポストドクターの略で。 博士課程を終了したが、常勤研究職には就いていない研究者のことです。
いまは、ポスドクの人数に比べて、研究職の枠が少なく、「高学歴ワーキングプア」なんて言われるほど生活に困窮してしまうケースの増加が知られています。


最先端の研究というのは、JAMSTECの「狭き門」をくぐった著者でさえ、「3年後の保証」は無い、そういう世界なのです。

 ではここで、「ボクなりの戦略」というものを紹介してみよう。
 まず、心やさしいヤンキーだった幼なじみの金言、「ヤンキー(研究者)は最初になめられたらおしまいよ。最初から、がんがん(研究発表で、特に論文発表で)ツッパっていかなあかんやろ」だ。カッコ内を置き換えれば、ポスドク研究者にとっても至言と言える。
 そして次に、いまソコにある現実(現時点で最速・最大限評価されうる論文を書ける研究テーマ)と将来辿り着くべき理想(成し遂げたいと考える研究テーマ)をいかに両立させるかという、自分で考えた戦略だった。
 この戦略は、最初のアメリカ留学のとき、ワシントン大学の研究仲間だったジム・ホールデンが日本人研究者の論文の少なさに驚いて思わず口にした「えっ、大学の研究者なのに論文ないやん!」という言葉に強く影響されているような気がする。
 プロの研究者は、国も文化も言葉も違う「世界」というステージで勝負している以上、世界共通の開かれたコミュニケーション媒体である研究論文が存在のほぼすべてなのだ。ここで言う論文とは、専門の近い、能力の認められた複数の研究者によって査読された(ピアレビューと言う)、英語で書かれたもののことである。研究者の能力も、夢も、想いも、人間性も、基本的にはすべて研究論文のみを通じて理解される、厳しくもあるが屹然とした美しいルールが適用される世界なのだ(とボクは思っている)。

 
研究の世界の夢やロマンと、すべてが「論文」という結果で判断される、シビアな現実。
お金をもらって、最前線で研究を続けるには、結果を出し続けるしかないのです。
いやほんと、バリバリ論文を書き、自分で研究グループを立ち上げ、スタッフを引っ張っていく著者のバイタリティには、とにかく圧倒されるのです。
それと同時に「やっぱり、ボクには向いていない世界だったのだなあ……」なんて、ちょっとしんみりもしてしまいました。


著者の次のターゲットは、なんと、あの「はやぶさ」が行ったような「小惑星サンプルリターン」への参加。

 エンケラドゥスNASAの探査機である「カッシーニ」によって調査されており、宇宙空間に噴出する巨大な氷ブルーム(氷柱)が存在していることまでは知っていた。しかし検索して引っかかってきたいくつかの論文をしっかり読んだとき、ボクは久しぶりに落雷を受けたかのような衝撃を受けた。
 多くはまだ想像の域を出なかったけれど、エンケラドゥスの氷プルームが内部海と岩石核のあいだの海底熱水活動に支えられている可能性があること……氷プルームの化学分析が進んで、水素やメタン、硫化水素アンモニアといった地球の深海熱水と同じような物質やエネルギー源に満ち溢れている可能性があること……多種多様な有機物が存在する可能性があること……が示されていたのだ。
 中にはエンケラドゥスの惑星内部構造の想像図まで示し、エンケラドゥスにおける生命存在可能性について言及する論文まであった。
 それらを読むうちにボクは燃えてきた。
「ちょっと待て、オマエら。地球の深海熱水環境をはじめとする暗黒の生命生態系の駆動原理を突き止めたのは誰だと思ってやがる。地球だろうがエンケラドゥスだろうが、深海熱水の生命に関しては誰にも負けんぞ。深海熱水がある以上、宇宙だろうがなんだろうが、そこはオレのフィールドオブドリームス。よっしゃ、やったろうやんけー!」と思い始めた。
 それはまるで、ボクが最初にJAMSTECに来たとき、岸壁から見える海の美しさを見ながら「深海の研究」に対して抱いた熱い想いと同じようなものだった。


この人なら、相手が「宇宙」でも、やってくれるんじゃないか、そんな気がします。
『ジャンプ』のマンガの主人公になっても良いくらいですよ本当に。
研究者って、カッコいい。
もちろん、その陰には「カッコよくなれなかった研究者の死屍累々」という世界なんですけどね。


研究の世界に興味がある人には、オススメの一冊です。
「深海熱水」って何?というような人でも、全然問題ありません(僕もそうでした)。


著者の研究内容について、もっと詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ(この新書も面白いですよ)。

生命はなぜ生まれたのか―地球生物の起源の謎に迫る (幻冬舎新書)

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