琥珀色の戯言

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【読書感想】HARD THINGS ☆☆☆☆


HARD THINGS

HARD THINGS


Kindle版もあります。

HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか

HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか

内容(「BOOK」データベースより)
強力ライバルからの反撃、会社売却、起業、急成長、資金ショート、無理な上場、出張中に妻が呼吸停止、バブル破裂、株価急落、最大顧客の倒産、売上9割を占める顧客の解約危機、3度のレイオフ上場廃止の危機―。壮絶すぎる実体験を通して著者が得た教訓は、あらゆる困難(ハード・シングス)、に立ち向かう人に知恵と勇を与える。シリコンバレーのスター経営者に慕われる最強投資家からのアドバイス。


 僕自身は起業とか経営とかには縁のない人間なのですが、この本で、著者が体験してきた「経営者、あるいはリーダーとしてのさまざまな困難」を読んで、「こんなに大変なものなのか……」とあらためて思い知らされました。
 下々の者としては、経営者というのは、給料も高いし、人を好きに使えるし、夜は高級料亭やクラブで豪遊、馬とかクルーザーとかも買って……というような「明るい、派手な面」ばかりのイメージを持ってしまうのですが、現実にはそんなこともなく。
 とくに、ネットビジネスなどで「起業」した人たちにとっては、ネットバブルの崩壊や同業者との激しい競争など、本当にキツかったんだなあ、と。


 「訳者あとがき」で、著者の創業者CEO(最高経営責任者)としてIT系ベンチャー企業を経営した際の「艱難辛苦」は、次のようにまとめられています。

 ホロウィッツが詳しく語る危機のエピソードはすさまじい。会社が軌道に乗った直後にバブルが破裂し、資金があと3ヵ月で底をつくことが判明する。全売上の9割を依存している相手から突如契約解除を通告される。信頼していた会計事務所に買収交渉の土壇場で裏切られる。経営者なら一生に一度でも経験したくない悪夢のような事態が連続する。いったいこの窮地をどう乗り切るのだろうと読むほうも思わず手に汗握ってしまう。

 まさに「苦難の連続」なんですよ。
 この本のなかで、著者は「自分がどうやって、その危機を切り抜けていったか」を赤裸々に語っています。
 綺麗事は抜きで。
 こういう「成功者の物語」というのは、なにかとドラマチックに書かれがちなものですが、著者は、現実に起こった、さまざまな難題を自分は同解決してきたか、というのを具体例をあげながら紹介していきます。
 その内容も「社員をクビにするときの作法」や「親友を降格させるとき」「友人の会社から有能な人材の転職を受け入れるべきか」というような人間関係の問題から、取引先から突然契約解除を通告されたときに、どうやってその危機を乗り切ったか、というような仕事上の危機まで、さまざまです。
 こういう問題を一挙にクリアしてしまうような裏技は存在せず、ひとつひとつ、面倒なこと、イヤなことに、地道に向き合っていくしかない。
 

 アメリカのIT企業の創業者たちについての本を読むと、必ず「初期メンバーが、会社が大きくなっていくにつれて、仲違いしていく」話が出てくるのです。
 この点について著者は「企業の大きさによって、必要とされる人材のタイプは変わってくるから、やむをえないことなのだ」とも言っています。


 経営というのは、「一発逆転」みたいな世界ではなくて、ギリギリのところで、いかに踏ん張ってチャンスを見つけ、それを活かすか、という、ストレスフルな仕事なのだな、というのも伝わってくるのです。

「成功するCEOの秘訣は何か」とよく聞かれるが、残念ながら秘訣はない。ただし、際立ったスキルがひとつあるとすれば、良い手がないときに集中して最善の手を打つ能力だ。逃げたり死んだりしてしまいたいと思う瞬間こそ、CEOとして最大の違いを見せられるときである。

 CEOには「もうこんな仕事は投げ出したい」と思う瞬間が繰り返し訪れるものだ。実際、私は多くのCEOがこの圧力に負けて酒浸りになったり、辞めていったりするのを見てきた。どの場合にも彼らは怖気づいたり、投げ出したりすることを合理化するもっともな理由を挙げた。しかし、もちろんそれでは優れたCEOにはなれない。優れたCEOは苦痛に耐えねばならない。眠れない夜と冷や汗――私の友だちのアルフレッド・チュアン(BEAシステムズの共同創業者、CEOである伝説的起業家)はこれを「拷問」と呼んだ。私は成功したCEOに出会うたびに「どうやって成功したのか?」と尋ねてきた。凡庸なCEOは、優れた戦略的着眼やビジネスセンスなど、自己満足的な理由を挙げた。しかし偉大なCEOたちの答えは驚くほど似通っていた。彼らは異口同音に「私は投げ出さなかった」と答えた。


 この本を読んでいくと、経営者に必要なものは、煌めくような才能よりも、「逆境でも諦めない粘り強さ」だということがわかります。
 良い時期があれば、悪い時期もある。
 それは、会社の経営だけに限りません。


 僕はこれを読んで、松井秀喜さんが語った、ニューヨーク・ヤンキースのキャプテン、デレク・ジーター選手の話を思い出しました。

 松井選手は、2005年のシーズンを述懐する中でジータのことをさらにこう話している。
 シーズン終盤からプレーオフにかけて、ジータの活躍には目を見張るものがあった。特にチームが戦意を喪失しそうになる場面でよく打った。

「彼への信頼が、さらに強くなりました。ジータというプレイヤーがよくわかってきました。チームを引っ張るところは勿論ですが、踏ん張れる男なんですよ。死に体に見えても、最後まで踏ん張る男なんです。ミスター・ヤンキースですね」

 さらに松井選手は親友をほめちぎった。

「打とうが打つまいが、彼の振る舞いは何ひとつ変わらないんです。自分より常にチームが優先しているんです。自分の影響力の大きさもちゃんとわかってるんです」

 松井選手は素晴らしい友を得たものである。


 こういう「チームがピンチになっても、最後まで踏ん張る人」が、「最良のリーダー」なのだなあ、と。
 それは、スポーツの世界でも、経営の世界でも変わらない。


 この本のなかで、僕にものすごく響いたエピソードがあるのです。
 それは、著者が転職をして、ハードな仕事を強いられていた時期のことでした。

 この転職は、結局大失敗だった。ネットラボは元ヒューレット・パッカード(HP)の幹部で、もっとも重要なことにロゼリーの夫であるアンドレ・シュワガーによって経営されていた。
 アンドレとロゼリーは株主であるベンチャーキャピタリストたちによって「経営のプロ」として会社に送り込まれた。ところが、ロゼリーたちは製品についてもテクノロジーについてもほとんど知識がなく、会社はあらぬ方向に右往左往するばかりだった。この出来事から私は、会社は創業者によって経営されるべきだと学んだ。
 ちょうどそのころ、私のふたり目の子供、マリアが自閉症と診断され、状況をさらに困難にした。この状態で私がスタートアップで働き詰めになるというのは、家族に非常に大きな負担を強いることになった。
 ある暑い夏の日に、父が私を訪ねてきた。われわれはエアコンが買えず、父と私が40度の暑さの中で汗を流して座っている間、3人の子供たちは泣き続けていた。
 父は私のほうに向いてこう言った。「お前、何が安い買い物か知ってるか?」
 父が何を言おうといているのか見当がつかず、私は「わからないよ。何だい?」と答えた。
「花さ。花はまったくお買い得だ。それに引き換え、おそろしく高くつくものは何だと思う?」。
私はこれにもわからないと答えた。
「離婚だ」と父は言った。
 このジョークは実際のところ、ジョークではなかった。私はこのままでは時間切れになってしまうのを思い知らされた。そのときまで、私は本当に真剣な選択をしたことがなかった。自分には無限の時間と無限の能力があって、やりたいことは何でもできるとぼんやり考えていた。しかし父のジョークのお陰で私は、このままでは家族を失いかねないと気づかされた。ありとあらゆる努力をしながら、私はもっとも大切なことを忘れていた。自分がしたいことではなく、何が大切なのかという優先順位で、世界を見ることをこのときに初めて学んだ。


 「自分がしたいことではなく、何が大切なのかという優先順位で、世界を見る」
 この言葉、いまの僕には、なんだかすごく腑に落ちるのです。
 本当に大切なものは、失ってみてはじめてわかるのだ、ということも。


 著者の真似ができる人は、そんなにいないと思うんですよ。
 能力的にも、立場においても。
 ただ、「使われる側」としては、「こういうふうに、経営者は考えている」ということを知ることに意味があると思うし、何より、経営っていうのは数字じゃなくて、人と人とのつながり、なんですよね。
 経営者もまた、ひとりの人間です。
 真似できない、別世界の話にように思えるからこそ、読んでみて損はない、そんな内容だと思います。
 

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