琥珀色の戯言

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【読書感想】大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 ☆☆☆☆



Kindle版もあります。

大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

大世界史 現代を生きぬく最強の教科書 (文春新書)

長らく安定していた第二次大戦後の世界は、もはや過去のものとなり、まるで新たな世界大戦の前夜のようです。わずかなきっかけで、日本が「戦争」に巻き込まれうるような状況です。
こうした時代を生きていくためには、まず「世界の今」を確かな眼で捉えなければなりません。しかし直近の動きばかりに目を奪われてしまうと、膨大な情報に翻弄され、かえって「分析不能」としかいいようのない状態に陥ってしまいます。ここで必要なのが「歴史」です。世界各地の動きをそれぞれ着実に捉えるには、もっと長いスパンの歴史を参照しながら、中長期でどう動いてきたか、その動因は何かを見極める必要があります。
激動の世界を歴史から読み解く方法、ビジネスにも役立つ世界史の活用術を、インテリジェンスのプロである二人が惜しみなく伝授します。


 池上彰×佐藤優
 話題となった『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』に続く、「新書界の2大巨匠による、ドリームマッチ」第2弾です。
 前回のテーマは「世界情勢」と「それぞれの情報収集法」だったのですが、今回は、お二人が「歴史」について語っておられます。

 
 池上さんは、「歴史」、とくに「世界史」を学ぶことの意義について、こんなふうに仰っています。

 「歴史」を知ることが「自分」を知ることだとするならば、その「自分」は、「個人としての自分」だったり、「組織に所属する自分」だったりします。さらには、「日本人としての自分」も存在する。そういう「自分」をよりよく知るには、おそらく日本の歴史だけでは十分ではないでしょう。日本の歴史だけでなく、世界の歴史のなかに位置づけなければ、「日本人としての自分」も、今どこにいるのか分からなくなるからです。


 たしかに、「自分」のことを知るためには、周囲の環境や、所属している組織、信仰している宗教などを無視するわけにはいきませんよね。
 「日本史」だけでは、日本のことはわからない。
 そして、「現代」のことを理解するには、「過去」からの流れを知ることも必要です。


 大まかな内容は、それぞれの著書に準じている、という感じで、これまでの二人の著書をけっこう読んできた僕にはそんなに目新しいものではなかったのですが、間に挟まれている小ネタというか、世界のエピソードがけっこう面白いんですよね。

佐藤優ギリシャ人の働き方というのは、精神的に近い民族であるところのロシア人の働き方と極めて近い。
 ソビエト社会主義に関して忘れられていることがあります。それは、ソ連社会主義の理想を一つだけ実現した、ということです。つまり、「労働時間の短縮」です。
 たとえば、ロシアの出版社の始業時間が10時だとします。すると、編集者は、10時に家を出る。そして地下鉄で会社に行く。比較的に職住近接ですから、10時半に着く。ロッカーの前で身繕いして、お茶を飲んで、前日のテレビ番組の話を皆でして、だいたい12時になる。すると、12時から午後2時までは昼休みです。その間に買い物もする。その後、あちこちに連絡して面会の約束などを取って、仕事が終わるのは5時。それも、5時には守衛以外誰一人いない状態になるから、実質4時にはみんな店じまいしている。
 そうすると、実質労働時間は、一日に3時間程度。そして年に2ヵ月の休みを取る。こういう形で、労働時間の短縮という意味においては、社会主義の理想がかなり生かされた。今のロシアになっても、大きくは変わりません。6、7時間働くのが限度です。ギリシャも、だらだらと会社にいる時間は長くても、お茶を飲んで、お喋りをして、生産性は低い、ということでしょう。


池上彰明らかにそうです。これに対し、ドイツの生産性は、日本よりも遥かに高い。
 テレビ東京の「未来世紀ジパング」という番組でドイツ人の働き方を取り上げたのですが、「これはこれは」と圧倒されました。
 まず早くから会社に着いて、始業時間きっかりにパソコンの電源を入れる。集中して仕事し、12時きっかりにやめる。お昼を食べに行き、1時にはまた机の前に据わって5時まで仕事に集中。5時になるやいなやパッとやめて「はい、さようなら」。機械的に正確です。


 佐藤優さんによると、ドイツで昼間のテレビ放送が行われるようになったのは、この10年くらいのことで、それまでは、「昼間はみんな働いていて、テレビを観る人がいないから」という理由で、テレビ放送がなかったそうです。
 なんとなくダラダラと高率悪く働いてしまいがちな僕としては、ドイツ人を見習いたいところではありますが、こんなにキチンと働いているドイツ人としては、「3時間労働のギリシャ人を支援しろ」と言われても「なんだそれは!」と言いたくなるのではないかなあ。
 日本でも「本当に定時に帰れる社会」になれば、みんなドイツ人のように集中して働くのだろうか。


 また、アメリカについての、こんな話も。

池上:以前、知人から聞いた話ですが、その人の姉がアメリカ人と結婚したので、結婚式で新郎の父親に「どこか外国に行ったことがありますか」と尋ねたところ、「うん、最近ニューヨークに行った」と答えたそうです。アメリカには、50の「州」ならぬ、50の「国」がある、というわけです。
 

佐藤:確かに、ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカのステートを訳せば、「国」になる。


池上:「50カ国」のどこへ行っても、英語が通じて結構な話です。
 だいたい連邦議会の共和党議員の半数以上がパスポートを持っていない。たとえば、2008年の大統領選挙で共和党の副大統領候補だったセイラ・ペイリンは、アラスカ州知事になるまでパスポートを持っていなかった。アラスカ州の州兵がイラクに派遣されて、その激励に行かなければならないので、初めてパスポートを取得したそうです。
 このため副大統領候補になった際には、あまりに国際感覚がないので特訓をしました。そうしたら、「アフリカ大陸は一つの国だ」と思っていたのが、ばれてしまった。
 レーガン元大統領も、南米諸国の歴訪後に、記者団に対して、「きみたち、驚くかもしれないが、南米にはいくつも国があるんだぞ」と言いました。
 

佐藤:ペイリンが熊撃ちをして、殺した熊と一緒に写っている写真が非常に印象的でした。アメリカには、ああいう写真がプラスに作用する人たちがいる。トランプの支持層も同じでしょう。「侵入者がいたら自分の鉄砲で守る」という発想です。


 この部分、町山智浩さんの著書を読んでいなかったら、「この二人ともあろうものが、そんな与太話を信じて本に書くなんて……」と思っていたかもしれません。
 町山さんに『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』というタイトルの本があるのです。
 いやちょっと待ってくれ、日本人の9割くらいは東京の場所を知っているだろうし、半分以上はニューヨークの場所だって知っている……と思う。
 でも、これがアメリカの「現実」なんですね。
 日本も近年「海外留学希望者が少なくなった」と嘆く声が多いのですが、アメリカは、さらに「他国に(あるいは、国内の他の地域にさえ)興味を失っている人がたくさんいる社会」です。
 その一方で、民主党支持者の「世界の貧困に対して積極的に声をあげるような、意識高い系」も大勢いる国、なんですけどね。


 トルコのエルドアン大統領が「独裁化」してきていることや、「アラブ人とペルシャ(イラン)人は違う」という話など、中東の情勢については、僕も知らない(あるいは、意識してこなかった)話が多くて、勉強になりました。
 「『イスラム国』こわい」で思考停止してしまうのではなく、なぜ『イスラム国』が生まれて、とりあえず現在も存続しているのか?


 あと、「これはすごい」と思ったのは、佐藤優さんが、内田樹さんをあからさまにディスっていたことでした。
 いやほんと、最近の言論界も、いろいろありますね。

佐藤:いまの日本には、さまざまな陰謀論が横行していますが、最近、気味が悪いのは、反米陰謀論です。これは、右にも左にも共通することです。
 たとえば、内田樹さんと白井聡さんの『日本戦後史論』(徳間書店)という対談本がありますが、白井さんの方は、「かわそう、かわそう」としているのに、内田さんは、陰謀論のワンパターンで押し通していて、極めて危ないと思いました。
 内田さんによれば、まず、日本人は、対米従属を通じて対米独立を得ようとする。店子の立場から独立していこうという心理を持っている。
 それから、1930年代の旧軍の暴走は、薩長土肥体制に対する東北の反乱である。
 この二本立てで、この世の中で起きていることをすべて説明しようとするのです。戦後史はすべてアメリカの陰謀によって動いてきた、とする見方です。
 これでは、現実認識というより、ある種の観念で、だんだん妄想に近づいていきます。内田さんの発言が陰謀論だと指摘しても、賛同する人はそれほど多くないかもしれませんが、あの人の思考の鋳型は、陰謀論そのものです。元外務省の孫崎亨さんも、そこまで極端ではないけれど、やはり陰謀論的です。
 最近は、大手出版社の編集者が陰謀論の需要に向けて本をつくっている。「既存の歴史は全部嘘で、真実は隠されていて、特定の人しかアクセスできない。その秘儀をここで解き明かす」というつくりです。これは、黙示録的思考そのものですが、こういう類の本が急増しています。

 この部分、池上さんはとくに同意もせず、反対もせず、「かわそう、かわそう」としているような感じでした。
 

 ちなみに、佐藤優さんの沖縄に対する一連の発言を、小林よしのりさんや宮台真司さんが「佐藤優さんは、現地の人々の感情も理解せずに、勝手に『沖縄の声』を代弁している」と別の新書での対談で批判していました。
 ほんと、誰が正しいのか、よくわからなくなってきますが、「誰か」を信頼するより、いろんな人の考えに触れてみることが大事なんでしょうね。
 誰かが正しくて、誰かが間違っているというよりは、誰でも正しいことを言うこともあれば、間違うこともある。


 これを読むと、新書界の二大巨頭は、とりあえず協力体制を敷いていくようです。
 内田樹先生は、どう出る?
 (……って、なんか話が飛躍してしまいましたね。悪ノリすみません)



アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない (文春文庫)

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