琥珀色の戯言

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【読書感想】服従 ☆☆☆


服従

服従


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
2022年、フランス大統領選。既成政党の退潮著しいなか、極右・国民戦線党首マリーヌ・ル・ペンと穏健イスラーム政党党首モアメド・ベン・アッベスが決選投票に残る。投票当日、各地の投票所でテロが発生し、ガソリンスタンドには死体が転がり、国全体に報道管制が敷かれる。パリ第三大学で教員をしているぼくは、若く美しい恋人と別れてパリを後にする。自由と民主主義をくつがえす予言的物語、英語版に先駆け、ついに刊行。


 フランスがイスラム化する?
 そういう小説だという話を聞いて、僕は村上龍さんの『半島を出よ』みたいな内容なのかな、と想像していたのです。
 イスラム教徒に「支配」されたフランスを取り戻すための、レジスタンス活動を描いた、という「激しい」内容を。

 ソルボンヌ=パリ第三代学の准教授に就任して最初の何年間かのぼくの性生活には、特記すべき展開はなかった。ぼくは、毎年のように、女子学生たちと寝た。彼女たちに対して教師という立場であることは、何かを変えるものではなかった。ぼくと彼女たち学生の年齢の違いは始めの頃は大きくはなかったし、それがタブーの様相を呈してきたのはどちらかと言えば大学での昇進のせいであって、自分が年を取ったからでも、老いが外見に現れたからでもなかった。女性の性的魅力の崩壊は驚くべき荒々しさで、ほんの何年か、時には何か月かの間に起こるが、男性の加齢はその性的な魅力をとてもゆっくりしか変えないという基本的な不公平をぼくは十全に利用した。学生の頃との大きな違いは、年度が替わると同時に二人の関係に終止符を打つのが今ではぼくの方だということだった。

 ところが、この「服従」を読んでいると、大学勤めのインテリ文学者のセックスライフみたいなのが延々と語られていて、正直、面喰らってしまいました。
 毎年、違う学生と寝るって……何考えてるんだ?
 そんなの読まされるつもりじゃないかったのに。


 そもそも、ドンパチはどこへ行ったんだ?
 というか、オッサンのエロ小説じゃないのかこれ?


 この本、あの「シャルリー・エブド襲撃事件」の当日に発売されたということもあり、ヨーロッパではかなり話題になっているそうです。
 内容も、「フランスにイスラム政権ができる話」ですし。
 ただ、実際に読んでみて切実に伝わってくるのは、主人公のインテリ文学者と、「キリスト教に支えられたヨーロッパ」が、ともに抱えている閉塞感(これを「ミッドライフ・クライシス」(中年の危機)と呼ぶのだろうか……)なんですよね


 「ここではないどこか」に行けるのなら、もう、どこでも良い。
 あるいは、今まで信じてきたものへの信頼が完全に揺らいでしまって、もう、何を信じて良いのかわからない。
 

 あの事件の当日に発売され、「イスラムがフランスを支配する」的な文脈で紹介されることで話題になった小説なのですが、そこにあるのは、「イスラムへの共感や反感」ではなく、「もう、インテリでいることとか、ヨーロッパであることに疲れてしまった人や国」だと僕は感じました。
 逆にいえば、イスラムのことについては、主人公が、いままで自分にとっての「内なる支え」だと思いこもうとしてきたキリスト教への「揺らぎ」のきっかけとなる存在に過ぎない。
 そもそも、登場してくるイスラム教徒たちでさえ、「改宗」を求めながらも、相手が心の底から信じるものを変えてしまうことを期待していないようにみえるのです。
 「方便としての棄教と改宗」で良いのだ、という誘いに対して、そしてそれが、経済的・社会的に大きなメリットを伴う場合、いまの人間は、「それでも殉教する」という選択ができるのだろうか?
 もう、そんな熱量は、残っていないのではないか?
 

 もっと昔、人は家庭を作っていた、つまり子どもをこしらえた後、彼らが成人するまで何年か汗水垂らして働き、それから創造主の元に召されたのだ。しかし、今では、カップルが家庭を持つのは50歳か60歳になってからがふさわしい。身体が老いて、辛くなり、貞節で心温まる家族的な接触しかもはや必要ではなくなってから。

 この物語は、フランスが舞台であることが、また象徴的だとも思うのです。
 アメリカであれば、福音派など、良くも悪くも「宗教の活力」がみなぎっている(地域も多い)。
 キリスト教も、日々「更新」されている。
 でも、ヨーロッパは、キリスト教に慣れ、そして、飽きてきているようにもみえます。
 とくに、フランスは「自由」で、「なんでもあり」な国であるがゆえに、かえって、何のために生きるのか、わからなくなっている人が多いのかもしれません。
 だからといって、イスラム教に積極的に乗り換えようという人はあまりいないのだろうけど、「そのほうが便利なら、それもアリではないか」というくらいの「柔軟性」を人々は持ってしまった。
 

 なんというか、「飽き」とか「諦念」に満ちている小説なんですよ、これ。
 主人公が「文学的雪かき」をしようとしない村上春樹作品、みたいな感じです。


 「学生と平気で寝てしまう、エロ大学講師」に、いちいち苛立ったりしない人、そして、「中年男やヨーロッパの閉塞感」に興味を持てる人には、おすすめです。
 正直、予想したものよりもはるかに「静かな小説」だったことに、驚きました。
 でも、「何も起こらないことの閉塞感」を描くのもまた、小説の力なのですよね、きっと。


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