琥珀色の戯言

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【読書感想】トランプ大統領の衝撃 ☆☆☆☆

トランプ大統領の衝撃 (幻冬舎新書)

トランプ大統領の衝撃 (幻冬舎新書)


Kindle版もあります。

内容紹介
在米ジャーナリストが選挙後の最新情勢をもとに分析。

トランプ論の決定版!
ドナルド・トランプが第45代アメリカ大統領に就任する。
ヒラリー・クリントンとの「史上最低の泥仕合」によって
国民が大きく分断されたアメリカ社会を、
「偉大なアメリカ」に再生できるのか?
屈指のアメリカ・ウォッチャーが、新政権のリスクとチャンスを見極め、
日本の取るべき道を示す。


 おお、こんなに早く「トランプ大統領本」が出るのか、以前から「トランプネタ」が書かれていたものはさておき、よくこの短期間で書き上げたものだなあ……
 と思ったのですが、読んでみると、この新書、著者がアメリカ大統領選挙について選挙期間中から定期的にレポートしていたものをまとめて収録したものなのです。
 だからこそ、読んでいると、リアルタイムでの「ドナルド・トランプに対するメディアの見かた、扱いかた」みたいなものがわかって、興味深いところはあるんですよね。
 これ、本来は「アメリカ大統領選挙ヒラリー・クリントン新大統領のアメリカ」みたいなタイトルで出版される予定だったのではなかろうか。
 そのくらい、トランプさんはギリギリまで「泡沫候補」「ネタ候補」的な扱いを受けているのです。
 ある意味、マック赤坂さんが大統領になるような「アメリカン・ドリーム」なのかもしれません。
 でもまあ、橋下徹さんや東国原さんにだって、日本の総理大臣になる目もあったわけですから、他人事だとも言いきれないわけで。


 著者は、トランプさんが当選を受けて行なった「勝利宣言演説」について、こんな指摘をしています。

 もう1つ注目すべき点は、就任後に実行する政策について2点だけ指摘していたということだ。1つは「空港や道路など全国のインフラ整備を充実する」ということ、そしてもう1つは「退役軍人へのケアを充実する」というものだった。この場で、この2点だけを述べたということは、極めて興味深い。
 まず、インフラ整備と退役軍人へのケアというのは、アメリカの対立軸の中では、どちらかと言えば民主党の「領分」に属する。そこからは、クラシックな共和党の「小さな政府論」とは一線を画するというニュアンス、自分は自分らしい独自のスタンスで政治を行なうという決意が汲み取れた。
 また、「移民排斥」であるとか「アメリカ・ファーストの超孤立主義」といったイデオロギー的な言辞については、就任後は「比喩」の世界から「現実」の世界への歩み寄りをする用意があることを示したと言ったら、褒め過ぎであろうか。
 興味深いのは、この「インフラ整備」というメッセージに対して、世界のビジネス界が機敏な反応を見せたことだ。パニックを起こして暴落した東京市場とは違って、時差の関係でこれを引き継いだ欧州市場は、1%から2%の下げで済んだし、一夜明けたニューヨーク市場に至っては、「トランプ政権はビジネスにフレンドリー」だとして、反対に上昇しているのである。


 僕もあの演説を聞きながら「メキシコとの国境に壁を!」はやらないのかよ、とか思っていたのですが、この本で流れを追っていくと、選挙戦の終盤では、トランプ候補はかなり「暴言」を控えて、現実路線に転換していたことがわかります。
 あの演説が「当選したから急に現実路線になった」と感じたのは、日本で断片的にしかみていなかったから、なんですね。
 もっとも、会場のちょっと戸惑ったというか、盛り上がりどころを見失ってしまったような反応をみると、多くの支持者にとってもやや肩すかしぎみではあったのかもしれませんが。


 2016年1月の段階で、著者はこう書いています。

 では、そのトランプは仮に共和党ジャックに成功したとして、本選で勝てるのだろうか。私はそれは難しいと思う。「過去の破壊と現在のアメリカへの怒り」という心情は、全国レベルでは決して多数派にはならないからだ。まず、オバマ支持層のように、「緩やかな景気回復と、格差社会の中でのトリクルダウン」で何とかしてゆくのが「成熟国家アメリカの現在」だという層は、相当に多数派として存在する。
 また、保守陣営の中で、「小さな政府論」で財政規律を維持するのがアメリカの将来の繁栄を保証するという立場は、依然として保守本流である。そうした立場から見れば、トランプの支持層というのは、やはり異端であり、そして少数なのだ。


 トランプさんは「もし共和党の候補になれても、どうせ本選ではヒラリーさんには勝てないだろう」と言われていましたし、共和党の主流派とは主張がかなり異なるために、「身内」であるはずの共和党の有力者の多くが支持を拒む、という状況でした。
 土壇場で他の候補を立てようとする動きも共和党のなかではあったようです。


 この新書を読んでいると「オバマ政権に対するアメリカの評価」について考えさせられます。

「脱オバマ」ということで言えば、オバマの位置を仮に「中道」だとすると、共和党は右に行こうとする一方で、民主党は左に行こうとする。特に理念やエモーションの部分で、両極端に向かい「たがる」傾向がある。
 もちろん、現職の大統領が任期満了で退任する、「その次」を争っている以上は、「差別化」がセールスポイントになるのは分かる。だが、現実に目を向ければ、現政権の政策は、非常に複雑化した国際情勢、グローバル経済の中で、とりあえず「最善手」を打ってきている。このオバマの8年を批判するのは簡単だが、では、他の方法論をとったとして、景気回復をここまで続け、国際情勢の破綻を防止し、ついでにアメリカのエネルギー自給をほぼ達成して軍事外交の自由度を上げた、その「他の選択肢」が描けるのかというと、非常に疑問だ。
 つまり、現在の選挙戦というのは、民主党の共和党も、「複雑な国内外情勢における現在のオバマの中道現実主義」に対する漠然とした不満を大袈裟に描いている一方で、有効な代案を持てていない、そして持てていないからこそ、左と右の極端なファンタジーを描くことで、現政権との差別化をアピールするという、「砂上楼閣」のような話になっているわけだ。


 どうも、オバマ大統領は「あまりにもうまく『真ん中』をいきすぎた」のかもしれません。
 そして、完璧ではないかもしれないけれど、うまく現実的な「落としどころ」を見つけて立ち回ったはずのオバマ政権では、そんなに劇的に状況は変わらなかったけれど、けっして悪くはなっていなかった。
 ドナルド・トランプという「極端にみえる選択」がなされたのは、「極限状態」だったからではなくて、オバマ大統領の「中道」に右も左も「なんだかちょっと不満」だったというのと、「あれでダメなら、もう変えるにはトランプさんくらいの人じゃないとダメなのではないか」という理由があったのです。
 ただ、トランプという選択は「完全に追いつめられた状況ではなく、まだ少し余裕がある」からこそ、だった可能性もあります。
 著者は「本当に生活が苦しい人が増えているのなら、弱者保護重視、大きな政府をとなえる民主党に票が集まったのではないか」とも述べているのです。
 非常に微妙なバランスがとれてしまったがために、トランプ大統領は誕生したのです。


著者は、選挙戦のなかで、「トランプ現象」を生んだ2つの要因のうちの1つとして、こんな指摘をしています。

 1つは、アメリカにおける「知性」という問題だ。日本と比較対照してみると分かりやすいのだが、日本の場合は「真に知的な人は一種の世捨て人」として「経済的には必ずしも報われない」という形で、知性と経済的成功、あるいは知性と社会的地位は奇妙な格好で分離されている。
 大きな企業グループを指導する経営者が庶民的な演歌が好きであったり、大富豪が金ピカな豪邸を建てたりするカルチャーは、以前ほどではないが日本には残っている。反対に、知の巨人だとか、一流の学者と呼ばれる人は、社会的には地味な存在であり、それで自他ともに納得したりしているところがある。
 ところが、アメリカの場合の「知性」は、かなり違う。たとえば、シリコンバレーの指導的な人々は、一流の知性の持ち主だが、同時に経済的にも巨大な成功を収めている。その結果として「成金趣味」に走ることもなく、洗練されたライフスタイルを持ち、慈善事業などを手がけたりする。
 一方で、たとえば「ナスカー(全米自動車競争協会)の自動車レース」が好きだったり、プロレスやカントリー音楽が好きで、スポーツバーで騒いだりする、また中西部だと狩猟の解禁日にはワクワクして「鹿撃ち」に出かけたりするようなグループがある。従来は、そうしたグループも、製造業やサービス業になどで安定した収入を得、社会的にもプライドを保つころができたのだが、現在は違う。
 そうした社会の変化の結果、「多様な人々が対等な存在として共存する」というアメリカ社会で、一種の「カルチャー的な階層化」「知性の階層化」が濃厚になってきたということがある。この現象は、もちろん90年代から出てきており、2000年代には「ブッシュ時代の草の根保守」という形で、軍事タカ派的なカルチャー、あるいは宗教保守的なカルチャーとして表に出ていた。それが、2010年代に入って、「その本質は知性の階層化である」という事実が「バレてしまった」感がある。


 日本の場合、「真の知識人はお金にこだわらない」というか、「お金を稼ぐことに執着する人は俗物」というようなイメージが今でもありますよね。
 それは日本社会の「本音と建前の乖離」と見なされ、批判されることも多いのですが、「知識人」には「でもそんなにお金持ちじゃない」、「事業で成功して富んでいる人」には「でもあの人は知性とか品格に欠ける」という「エクスキューズ」が用意されている、という面もあるのです。
 ところが、アメリカでは「知識人としての名声と金銭的な充足」を両立することが当たり前というか、「それを両方満たしてこそ一流」だと見なされるようになっているのです。
 一部の人が「総取り」してしまい、あまりにも海藻がわかりやすくなってしまった世界に「閉塞感」を抱き、それをぶっ壊してやりたい、と思う人が増えてきた。
 トランプさんは「俗物」なのですが、「俗物であるからこそ親しみがわく」と感じる人が多かったのかもしれません。


 「トランプ大統領の衝撃」というタイトルは、選挙の結果を受けての「後付け」だと思いますし、トランプさんのことにばかり着目した内容でも、今後のアメリカの動きを予見してもいませんが、だからこそ、この本には「リアルタイムで『トランプ現象』を見た率直な印象」が書かれていると思います。
 たしかに、この選挙結果は、ある種の「必然」だった。
 誰も予期できなかった「必然」だけれど。


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