- 作者: 中野信子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/11/18
- メディア: 新書
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Kindle版もあります。
- 作者: 中野信子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2016/11/18
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内容(「BOOK」データベースより)
とんでもない犯罪を平然と遂行する。ウソがバレても、むしろ自分の方が被害者であるかのようにふるまう…。脳科学の急速な進歩により、そんなサイコパスの脳の謎が徐々に明らかになってきた。私たちの脳と人類の進化に隠されたミステリーに最新科学の目で迫る!
「サイコパス」って、快楽殺人の常習者とか、平気でウソをつき、他人を思いどおりに操って自分に奉仕させ、破滅させる人というような「頭が切れて、良心を持たない犯罪者」というのが僕のイメージでした。
この新書も、きっと、そんな「おそろしい人々」の実例をあげて、「こわいですねえ」って頷きあう、そんな感じなんだろう、と思いつつ読み始めたのです。
統合失調症などの精神疾患と何が違うのか、わからない方もいるのではないでしょか。あるいはトマス・ハリスの小説『羊たちの沈黙』の登場人物ハンニバル・レクター博士のような「高い知能を持ちながら、冷酷な猟奇殺人を次々と犯す人物」を漠然と思い浮かべる人もいるかもしれません。もしくは、ウソばかりついている人物のことを「サイコパス」と揶揄する例もあるでしょう。
ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々にわかってきました。脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことが明らかになってきました。
また、サイコパスは必ずしも冷酷で残虐な殺人犯ばかりではないことも明らかになっています。大企業のCEOや弁護士、外科医といった、大胆な決断をしなければならない業種の人々にサイコパスが多いという研究結果もあります。
疫学的調査も進んでいます。著書『診断名サイコパス』で有名なカナダの犯罪心理学者ロバート・ヘアによれば、男性では全人口の0.75%がサイコパスだとされています。また、ハーバード・メディカル・スクールの精神医学部で心理学インストラクターを長年務めた心理学者マーサ・スタウトによれば、サイコパスはアメリカの全人口の4%にものぼるといいます。もっとも、この数字の違いはサイコパスの診断基準にもよります。また、個人主義が発達している欧米には多いけれども、集団主義的な社会である東アジア圏では相対的に少ないという指摘や、男性より女性のほうが少ないという研究もあります。
また、サイコパスとはシロかクロかというようなものではなく、人類の中にグレーゾーンのような広がりをもって分布していることもわかっています。つまり、症状にも程度があるということです。
現在の精神医学の世界標準とされている『精神障害の診断と統計マニュアル・最新版』(DSM5)には、『サイコパス』という記述はなく、「反社会性パーソナリティ障害」という診断になるそうです。
著者は「サイコパス」を「なんだかおどろおどろしい、人間の理解をこえたもの」として紹介するのではなく、脳科学者として、最新の知見などをまじえつつ、「『サイコパス』について、いま、わかっていること」を書いているのです。
サイコパスというと、本章冒頭で紹介した冷徹で猟奇的な殺人鬼のイメージが強い人も多いでしょう。しかし、必ずしもこうした人間ばかりではありません。
サイコパスには魅力的で社交的で機知に富む人、生意気で傲慢、感情を逆撫でする人、冷淡で威嚇的な人といった、いくつかのタイプがあります。
女性サイコパスは男性サイコパスとは違って、か弱さをアピールすることで標的を引き寄せたりもします。
また、サイコパスの特徴として、初対面の時とある程度関係性を築いた後では態度が変わり、まるで人格が違って見えることがよくあります。
初見の印象や「サイコパスの性格はこうだろう」という思い込みだけで判別することは、避けたほうがいいでしょう。そのふるまい、行動をを合わせて慎重にみていかなくてはなりません。
「サイコパス」にもいろんなタイプがあって、初対面で簡単に見破れるようなものではないし、つきあいが深まるにつれて、どんどん困った面をみせてくる場合も多いようです。
そもそも、彼らは「他人に自分を良く見せることが得意」なんですよね。
「いま、『サイコパス』と呼ばれる人間の性格・性質について、どこまでがわかっているのか?」
「それは、どこまでが遺伝的な要因で、後天的な環境因子の影響はどのくらいあると考えられているのか?」
いわゆる「頭の良さ」に関してはどうでしょうか。
サイコパスを題材にしたフィクションの影響もあって、サイコパスは「IQが高い」とか「天才」とかいうイメージを持っている人もいるのではないかと思います。
しかし、サイコパスと一般人のIQの平均は、それほど変わりません。統計的に有意な差が認められないのです。社会性を検査する尺度に注目してカテゴライズすると、むしろサイコパスのIQはやや低めに出ます。サイコパスが総じて優れた知能を持つわけではなく、一般人と同じように、賢い人もいれば頭が悪い人もいる、と考えるとよいでしょう。
IQが高いと勘違いされがちなのは、社会通念上「普通の人はこういうことをしない」とされている倫理的なハードルを、サイコパスは平気で乗り越えてしまう、というより、ハードルなどもとから存在しないかのように振る舞うからです。
普通の人は「自分も他人も、普通はルールを守るだろう」という性善説を信じて行動しています。「ウソをついてはいけない」とか、科学者であれば「科学的なプロセスを踏んだ結果しか許されない」といたルールです。
しかし、そうしたルールを平気で無視し、しかも一抹の罪悪感も抱かず平然としていわれる人間に対しては、ウソや不正を見抜くことはなかなか難しい。それゆえ、「サイコパスは頭がいい」と、一般の人々は錯覚してしまうのです。これは、常人と異なるふるまいをする人に特殊な能力を見出したがるという、認知バイアスのひとつといえます。
では、なぜサイコパスは「熱い共感」を持ち得ないのでしょうか。
脳の働きを知るには、近年は、fMRI(核磁気共鳴機能画像法)と呼ばれる装置を用いる研究が盛んです。被験者の頭部に磁場をかけ、血流の動態を測定することによって脳のどの部分が賦活(活性化)しているのかを調べることができる装置です。
この装置を用いて測定すると、サイコパスは脳の「扁桃体」と呼ばれる部分の活動が一般人と比べて低いことが明らかになっています。
もし、「サイコパス」として、「他者への共感能力が低く、自分がやりたいことをやってしまう人」のすべてが遺伝的に決定づけられているのなら、それは「遺伝病」みたいなものではないのか?
生まれつき、そういう「運命」を持っているのだとしたら、それにもとづく犯罪を罰するべきなのだろうか、なんて考え始めたら、キリが無くなってくるのです。
とりあえず現時点では、「遺伝的な要素はかなり大きいが、後天的な教育や矯正で彼らが犯罪者になるリスクを減らすことはできる」と考えられているそうです。
そして、サイコパスの遺伝的なリスクをスクリーニングして排除するようなことは、「遺伝子の選別」にもつながるし、行なわれるべきではない、と。
ただ、そういう方法があるのだとしたら、社会不安を減らすために、「予防」したほうが良いのではないかと考える人も出てくる可能性は高いですよね。
僕だって、自分の大切な人がサイコパスの快楽のために犠牲になったら、それが「遺伝病」であっても許せないと思うし。
そして、この新書のなかで著者が繰り返し述べているのは、「サイコパス」は集団にとって迷惑な存在になることが多々あるけれど、リスクをおそれずに合理的な選択をしたり、思い切った変革を行なったりという偉業をなしとげた人にも「サイコパス」が少なからずいると考えられている、ということです。
その「サイコパス的な人」の例として、織田信長やスティーブ・ジョブズを挙げています。
サイコパスのなかには他人を自分の利益のためにうまく使いこなしたり、前例にとらわれずに合理的な方法を追求したりすることができる人が少なからずいます。
また、「成功したサイコパス」として、企業経営者や報道関係者、外科医・弁護士のような専門職に就いている人がいるのだそうです。
サイコパスには「危険な場面、ストレスがかかるような場面でも、つねに冷静な判断ができる」という「強み」があるのです。
「普通の人」であれば、治療のためとはいえ、長時間手術室に籠もって人間の臓器を適切に切り取り、出血や心拍数の変化といったイレギュラーな事態にも冷静に対応するのは困難です。
それはある意味「非人間的」な行為なのです。
もちろん、外科医のなかには、トレーニングによって心の動揺や手のふるえを抑えられるようになった人もいるのですが。
小さな集団や身のまわりにいると「迷惑」なことも多いのだけれど、種としての「人類」にとっては、サイコパスというのは必要な存在なのかもしれません。
ちなみに、著者は「サイコパスに向いている商売」の一例として、「炎上ブロガー」を挙げています。
カナダのマニトバ大学の研究チームは1215名を対象とした調査から、サイコパスはネット上で「荒らし」行為をよくする傾向があることを明らかにしました。
また、ベルギーのアントワープ大学の研究者グループが14歳から18歳の青少年324人を対象に調査した結果、サイコパスはフェイスブック上で他者を攻撃したり、ひどい噂を流したり、なりすましをしたり、恥ずかしい写真を載せたり、仲間はずれにする傾向があることがわかっています。
サイコパスには、他人に批判されても痛みを感じないという強みがあります。
したがって、問題発言やわざと挑発的な言動をしてよく炎上し、しかしまったく懲りずに活動を続け、固定ファンを獲得しているブロガーにも、サイコパスが紛れ込んでいる確率は高いと考えられます。彼らは人々を煽って怒った様子を楽しみ、悪目立ちすることで、快感を得ていると思われます。賛否を問わず大きく話題になってクリック数が増えさえすれば収入に直結しますし、いくら叩かれたところで捕まったり殺されたりするような危険はまずありませんから、刺激に満ちた生活を求めるサイコパスにとっては、うってつけの商売と言えます。
これを読んでいると、「サイコパスって怖い!」というよりは、「僕自身にも『サイコパス的な面』があるのではないか?」と、どんどん不安になってくるんですよ。
著者も「そんなにクリアカットにサイコパスか否か、と分けられるものではなく、グレーゾーンが幅広く存在している」と仰っていますし。
読んでいて、「『サイコパス』って、ここまで、科学的に研究が進んでいるのか」と驚かされました。
そして、「サイコパス」というのは快楽殺人者ばかりではなくて、さまざまなタイプがあり、まったく関わらずに生きていくのは難しいし、居場所によっては、社会の維持や発展に貢献している場合もある、ということもわかったのです。
自分もグレーゾーンにいるのではないか、という不安も含めて、なかなか一筋縄ではいかない話ではありますが、「サイコパスというのは、快楽殺人犯だけではないのだ」ということだけでも、もっと知られれば、被害者は理解してもらいやすくなると思うのです。
ただ、自分が加害者になっている可能性だって、あるんだよなあ……