あらすじ
アメリカとソ連の冷戦のさなか、保険関連の敏腕弁護士ドノヴァン(トム・ハンクス)は、ソ連のスパイであるアベル(マーク・ライランス)の弁護を引き受けることになったのだが……
2016年2作目。
1月15日の夕方からの回を観賞。
観客は10人くらいでした。
最初、画面揺れにちょっと気持ち悪くなるところがあったり、設定がわかりにくいところもあったのですが、トム・ハンクスが演じるソ連のスパイを弁護するドノヴァンのタフ・ネゴシエーターっぷりにすっかり魅せられてしまいました。
ドノヴァンは大声を出したり、力を誇示したりするわけではないのだけれど、とにかく粘り強い。
そして、ギリギリの交渉で、どんなに厳しい状況に追い込まれても、諦めない。
この映画は「史実に基づいている」そうなのですが、こういう「民間人」を難しい交渉に起用するアメリカの柔軟性というのはすごいな、と感心してしまいました。
日本だったら、その人の能力よりも、立場というか、国家の役職のような肩書きをどうしても重視して、こういう人を登用するのは難しそう。
まあ、ドノヴァンのほうが、よくこんな困難なわりにメリットが少ない仕事を引き受けたものだ、とも言えるのですけど。
ソ連のスパイを弁護したときの世間からのバッシングとか、家族に危害が加えられるリスクとかを考えると、よほどの覚悟がないと、できなかったはず。
映画を1本観れば、どんなすぐれた作品でも、「ここはこうしたほうが良かったのでは」「あの場面は冗長だった」というところがあるのだけれど、この『ブリッジ・オブ・スパイ』は、2時間21分、まったく隙を感じなかったのです。
この先、どうなるのだろう?というエンターテインメント性と、移り気な人々の無責任な「愛国心」や「熱狂」に「アメリカ人として、人間としての規律」で立ち向かうというメッセージ性が両立されている、本当に素晴らしい映画だと思いました。
多くの人は、「国のため」という名目ならば、個人、それも罪もない個人を「見捨てる」ことを許容してしまいがちです。
それが「戦争状態」とか「国家の危機」とかで修飾されていれば、なおさら。
この「国益のために、見捨てられようとしている人」を見捨てられない弁護士ドノヴァンを、それを演じるのにもっともふさわしい俳優、トム・ハンクスが演じ、それをスピルバーグが監督するという、まさにドリームタッグなんですよ、これ。
『アポロ13』も『シンドラーのリスト』も、「諦めない人」の映画でした。
映画のなかで、ソ連のスパイの可能性が高いという段階で、「アメリカの敵だ」「死刑にしろ」と被告人に罵声を浴びせるだけでなく、その弁護をする人間にまで脅迫や恫喝を行なったり、守秘義務を破らせようとする人々をみると、なんてひどい連中なんだ、と感じずにはいられないのです。
でも、彼ら「歪んだ愛国者」は、「なんであんなヤツの弁護なんかするんだ!」と「人権派弁護士」にテレビ画面越しの憤りをぶつけていた僕の姿でもあるのだよなあ。
とはいえ、「(乳児を殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ」(光市母子殺害事件)とかいうのが弁護だと言われると、やっぱり受け入れがたいものはあるのだけれども。
しかし、どんな事件の犯人であっても、「可能な限りの弁護を受ける権利がある」ほうが、凶悪事件だとか国家の敵だからという理由で「まともに裁判も行なわれずに吊るされる」より、まともな社会なのは間違いないのです。
ドノヴァンは、「正義を押し付ける人」としてではなくて、「善悪を自分で決めようとせず、法律に照らしあわせて、自分の仕事だと決めたことを、ひたすら忠実にやり遂げようとする人」なのだと思います。
冷戦という「国家的ヒステリー状況」のなかでも、彼のような人がスパイを弁護できたのが、アメリカという国でもあるのだ(映画をみていると、まさかここまでドノヴァンが本気で弁護するとは思っていなかった節もあるのですが)。
観終えて、ジッドの言葉「私はいつも真の栄誉をかくし持つ人間を書きたいと思っている」というのを思い出しました。こうの史代さんが紹介していた言葉です。
アメリカは、国家と個人がお互いを尊重しあうことによって、成り立っています。
ドノヴァンは歴史年表に名前が載るような人物ではないけれど、人とか国がある種の「熱狂」で、正気を失ってしまいかけているときに、土俵際で踏みとどまって「アメリカという国が依って立つ規範」を身を挺して示そうとした人なのです。
スピルバーグは、こういう「ライ麦畑のキャッチャー」みたいな人が好きで、そういう人たちのことをみんなに知ってもらいたいのだろうな。
いま、さまざまな「危機」への恐怖感から、「国家のため」「大義のため」が暴走しかけている世の中だからこそ、多くの人に観てもらいたい作品です。
ひとりひとりの国民のためにこそ、国家の存在意義があるはずで、「国益のため」に誰かを犠牲にすることを「国民」が許しては本末転倒ではないのだろうか。
冷戦時代の話だけれど、「国家と国民」の関係がどうあるべきかいうのは、けっして「過去の話」ではありません。むしろ、日本では最近になって、ようやくこの「関係性」についての真剣な問題意識が生まれつつあるのです。
本当に素晴らしい映画なので、多くの人に観ていただきたい。
エンドロールを観ていたら、「カッコいいとは、こういうことさ」なんていう、ちょっと懐かしい映画のキャッチコピーが、頭に浮かんできました。
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