- 作者: 宮下奈都
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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内容紹介
ゆるされている。世界と調和している。
それがどんなに素晴らしいことか。
言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。
「才能があるから生きていくんじゃない。そんなもの、あったって、なくたって、生きていくんだ。あるのかないのかわからない、そんなものにふりまわされるのはごめんだ。もっと確かなものを、この手で探り当てていくしかない。(本文より)」
ピアノの調律に魅せられた一人の青年。
彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。
この本のタイトルとピアノの調律師の話だというのを聞いて、一色まことさんのマンガ『ピアノの森』を思い出してしまいました。
『ピアノの森』のほうは、ピアニストの話なんですけどね。
あるきっかけで、故郷の山を出て、ピアノの調律師として生きていくことになった青年の成長期であり、「調律師」というちょっと耳慣れない「職業モノ」でもあり。
世界がひっくり返るようなドラマやどんでん返しはなく、本当に淡々と物語は進んでいきます。
調律という仕事について、丁寧に語られながら。
あらためて考えると、世界にはさまざまなピアノがある。
一般家庭で趣味として弾かれているものがあれば、世界的なピアニストが演奏する、わずかな音のズレも許されないものもある。
僕も昔ピアノを習っていたことがあったのですが、「調律」の現場というのは見たことがなくて。
僕がいない間に、調律師が来て、やっていてくれたのか、それとも、両親も「調律」なんてことは考えたこともなかったのか。
ドレミファソラシド、の音階くらいはわかるけれど、では、その「ド」は正しい「ド」なのか?と問われても、よくわからない。
この作品の素晴らしさは「調律師が実際に体験している世界」を、ものすごく誠実に言葉にして読者に伝えようとしていること、それに尽きると思います。
大屋根を開け、突上棒で支える。チューニングピンが整然と並んだところは、いつ見ても心を打たれる。まるで、森だ。一秒間に何千メートルも音が走るスプルースの響板。ここに、和音(登場人物名)の音をつくる。森に分け入る和音が歩きやすいように、下草を丁寧に整えるように。
まずは、鍵盤の高さの調節からだ。鍵盤の奥につながるクッションが摩耗してしまっている。ここに、ごく薄い紙を敷いて高さを調節する。もともと鍵盤の可動範囲は10ミリしかない。0.5ミリでも違っていたら、弾きにくくてたまらないだろう。
高さの次は、深さだ。ひとつずつ叩いて、ハンマーが弦に当たる位置を確かめる。
そうやってやっと調律に入る。前に、柳さんと話したことがあった。目を瞑って音を決めろ、と。あれは比喩ではなかったのだと思う。目を瞑り、耳を澄ませ、音のイメージが湧いてきたのをしっかりつかまえて、チューニングピンをまわす。
調律というのはまさに職人芸で、弾く人の技量や置かれている場所、演奏される状況で、求められている音は違ってくるのです。
まさに「裏方」なのだけれど、調律師が決めた音が、ピアノを活かしたり、殺したりしてしまう。
主人公は、あまり世渡りがうまそうなタイプじゃないんですよ。
朴訥な田舎の青年、というイメージです。
彼は、うわべの「コミュ力」を上げることではなくて、自分の仕事である「調律」と向き合い、技術を高めていくことによって、世の中を受け入れ、世の中に受け入れられていくのです。
めんどくさそうで、遠回りのように見えることが、世界に馴染んでいくための、いちばんの「近道」なのかもしれない。
そんな気持ちにさせてくれる小説でした。
- 作者: 一色まこと
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