琥珀色の戯言

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【読書感想】共鳴する頭脳 羽生善治対談集 ☆☆☆

共鳴する頭脳 羽生善治対談集

共鳴する頭脳 羽生善治対談集

内容紹介
将棋界きってのスーパースター、日本を代表する頭脳の持ち主羽生善治と各界で活躍する著名人4人とのビッグ対談が実現!
チーム・バチスタの栄光』など、多数のベストセラーで有名な作家海堂尊氏、Jリーグ創設から現在まで、常に中心的な役割を担ってきた日本サッカー協会最高顧問川淵三郎氏、2013年ロッテをパリーグクライマックスシリーズファイナルまで導いた、千葉ロッテマリーンズ監督伊東勤氏、そして大ベストセラー作家であり、元スポーツライター、現在は保育園の運営にも携わる東京都教育委員の乙武洋匡氏。
トップランナー同士による会話は活躍する分野は違えど、ジャンルを超えた本質的な部分で共感し、共鳴していきます。その対談はなるほどと感心させられる言葉、人生を豊かにする言葉の宝庫となっています。


 僕は羽生さんが書かれるものが好きで、ほとんど目を通しているのですが、この対談集は、羽生さんがホスト役になって、各界で活躍している人の話を聞いたものです。
 これを読んでいると、羽生さんというのは「受け」も上手いというか、人から言葉を引き出すのも巧いのだなあ、と感心してしまいます。

 
 僕としては、最初に収録されている、海堂尊さんとの対談が、いちばん面白かったのです。
 海堂さんが「小説を書けるようになったきっかけ」について、こんなふうに述べておられます。

羽生善治小説をお書きになる最初のきっかけって何かあったんですか?


海堂尊小学校のころから、本を一冊書きたいという夢を持っていまして。


羽生:あ、そうなんですか。


海堂:作家になりたいというのではなく、一つの物語を書いて、それが本になって、本屋の片隅にあればいいなという。それで、書きたいと思ったときに書いて、でも書けなくて、4、5枚で諦めてっていうのを、2、3年に一回繰り返していたんです。それが、バチスタのときに書けたっていう、それだけなんですよ。


羽生:バチスタまでに、少しずつ蓄積されたものがあったんですね。


海堂:ええ。本を読むのは好きだったのですが、それは書きたいからじゃなくて、単純に面白いから読んでいたわけで、でも、それって上級者による手本みたいなものじゃないですか。先生たちの棋譜を追いかけるみたいな。先生たちに勝とうと思ってやってるわけじゃなくて、これはすごいなあと思うみたいな感じで。でも、一度書けるようになるとコツが分かって、その後も書けるんです。


羽生:バチスタが出版されたあとは、自然な流れで今の状態になったわけですね。


海堂:ええ。まあ、最初の部分が書けなくて、それが長く続いていたんですけども。


羽生:大量の物語を書き続けていくコツというのは?


海堂:物語を書くのって、飛行機の操縦とも似ていて、離陸と着陸が一番大変で、水平飛行になれば、パイロットもあまり何もしていないというような感じなので、やっぱり物語の立ち上げが一番大変なんですね。僕の場合は、シリーズが全部繋がっているので、立ち上がりは、一から、滑走路から離陸というのではなくて、崖からグライダーで降りるみたいな感じですから、ちょっと楽をしているかもしれません。ただ、飛び立ったからうまくいくかっていうのは、また別の話だったりもするんですけどね。


 僕も「4、5枚書いては、続かなくなってしまう」ので、この話、参考になりました。
 ……と言いたいところなのですが、結局のところ「一度書き上げてみればコツがつかめるけれど、その『一度』が難しいというか、どうやって一度完成まで持っていくか、というのは、なかなか言葉にするのが難しい」ということなのでしょうね。


 将棋について、この対談のなかで、こんな話が出てきます。

海堂:将棋を指していて思うのは、その、同じ駒で、一手ずつなはずなのに、なんでこんなに差がつくんだろうかと、あれがどうしても解せないんですよね。絶対これ破れるはずだと思って、駒の数でも勝っているのに、気がつくと、あれ?押さえ込まれているっていう。あれが不思議でしょうがないですねえ。


羽生:そうですよねえ。


海堂:途中で加速装置かなんかが付いているような。


羽生:(笑)そうですね。実は将棋の大変なところって、マイナスの手を指すことが多いということなんです。こう指すんだったらパスした方がいいっていう手がすごく多い。マイナスの手をあまり指さないようになると、もうそれだけで立派な有段者という感じなんですよね。


海堂:なるほど。選ぶ手の多くがマイナスになる手だから。


羽生:やらない方がいいっていう手の方が多いんですよ。


海堂:なるほど、すごく面白いですね。いつもいい手を指そうとしていて、それはプラスの手を探しているんですけど、マイナスの手を指さないという発想は、少なくとも素人にはないですね。


羽生:加速してっていうのは、マイナスの手を指してしまって、相手はマイナスの手ではないから、なんか加速度的にやられているような感じなんです。


 ああ、これは、将棋に限った話ではないなあ、と。
 何かプラスになることを狙いすぎて、かえって、「やらないほうがいいこと」をやってしまうことって、少なくないですよね。
 「マイナスの手を指さない」ことを意識するほうが、大事なのかもしれません。
 たしかに「やらない方がいいっていう手の方が多い」ですしね。


 乙武洋匡さんとの対談では、羽生さんの「強さの秘密」について、こんな話が出てきます。
(ちなみにこの本が出たのは、乙武さんの女性問題が発覚する前です)

乙武洋匡羽生さんのエピソードで「なるほどな」と思ったのは、小学生のころ、羽生さん対ご家族全員で将棋を指されるとき、追い込まれたら将棋盤を180度回転させていいというルール。
 

羽生善治そうなんですよ。


乙武羽生さんは逆転勝ちが多いですよね。窮地に追い込まれて「あー、羽生さん今日はちょっとしんどいかな」と思っても勝っちゃうのは、その経験が大きいのではないかと思うんです。


羽生:何度もひっくり返されますからね。


乙武そうですよね。常にその環境でやっていたら、簡単には諦めなくなりますよね。昨日は、日本対オーストラリアのサッカーの試合を観に行ったんですよ。後半まで0対0だったんですが、残り10分を切ったくらいかな、1点決められてしまって、「あっ、もうダメかな」と、ほとんどの人が思ったはずなんですけど、本田選手は全然諦めていなくて、それが結果的にPKを呼んで同点にしたんです。
 あそこで諦めないメンタリティっていうのは、かなり稀有なものだと思います。羽生さんも、小さいころからほぼ詰まされそうな中でずっとやってこられたから、そのメンタリティが培われたのかなと。


羽生:そうですね、将棋を指すのには、いろんなハンディキャップのつけ方があるんですが、盤をひっくり返していいっていうのは、1回でもすごいハンデなんですね。それこそ飛車角落ちくらいのハンデじゃ追いつかない位のハンデなんです。
 イベントでアマチュアの方とプロが対戦するというのがあって、普通は飛車落ちとか二枚落ちとか、駒を落としてハンデをつけるんですけど、そのイベントでは盤をひっくり返していいっていうルールでやったんですね。そのとき、アマチュアの方も作戦を練られていて、とにかく飛車でも角でも片っ端から捨てていって、最後ひっくり返そうと考えられたわけです。でも相手もプロなので、飛車を捨てたら捨て返され、角を捨てたらこれも捨て返されて、いくらやっても局面に差がつかないんです。それで観てるお客さんが怒り出しちゃいましてね。「ふざけた手ばかり指して、それでもプロか!」って。


乙武面白いですね。僕も息子とやるときは駒落ちじゃなくて、そのルールで指して羽生さんとイメージを共有してみたいと思います。


羽生:ハハハ、ぜひやってみてください。


 棋力では羽生さんに遠く及ばないであろう家族相手とはいえ、そうやって、あえて不利な状況に自分を置いていた羽生さんって、すごいなあ、と。
 でも、この話でそれ以上に驚いたのは、プロ棋士というのは、そういう条件下であっても、「負けないための最善手」を打とうとする、ということなのです。
 あまりに差がついてしまうと、ひっくり返されたときに困るから、「局面に差がつかないように」指すこともできるんですね。
 普段は、そんな将棋なんて指すことはないはずなのに、ちゃんとルールに適応してしまうのだから、本当にすごい。
 ただ、そんな「譲り合い」みたいな将棋って、みている方からすれば「真面目にやれよ!」という感じなのでしょう。
 ものすごく真面目に勝ちにいっているからこそ、そんな将棋になってしまうのだけれども。


 ちょっと全体のボリュームが少なめかな、という気はしますが、「コミュニケーションにおける、羽生さんの受けの技術」を実感できる、面白い対談集でした。

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