琥珀色の戯言

【読書感想】と【映画感想】のブログです。

【読書感想】鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。 ☆☆☆☆☆

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。


Kindle版もあります。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。

内容紹介
必要なのは一に体力、二に体力、三、四がなくて、五に体力?! 噴火する火山の溶岩、耳に飛び込む巨大蛾、襲い来るウツボと闘いながら、吸血カラスを発見したのになぜか意気消沈し、空飛ぶカタツムリに想いをはせ、増え続けるネズミ退治に悪戦苦闘する――アウトドア系「鳥類学者」の知られざる毎日は今日も命がけ! 爆笑必至。


 フィールドワークを続けている研究者が書く本には、「当たり」が多いような気がします。
 というか、研究者へのイメージと、実際に研究を成立させるために必要な行動は、かなりかけ離れているんですよね。自然科学系の研究の場合にはとくに。
 

 あなたには、鳥類学者の友人はおられるだろうか。多くの方にとって、答えは否だろう。原因の半分は、鳥類学者がシャイで友達作りが下手だからだ。残りの半分は、人数が少ないからである。
 日本鳥類学会の会員数は約1200人。『日本タレント名鑑』に載っているタレントまたはモデルの数が1万1千人。学会員が全員鳥類学者としても、タレントより希少なのだ。日本の人口を1億2千万人とすると、10万人に1人、つまり、10万人の友達を作らないと鳥類学者と仲良くなれないのである。


 ちなみに、日本の現役プロ野球選手が、約900人(育成選手も含む)です。
 僕も知り合いに鳥類学者はいないんですよね(プロ野球選手もいませんが)。
 著者も書いておられるのですが、基本的に「あまりお金にならない学問」なので、1200人もいる、と考えるべきなのかもしれません。もちろん、この1200人が全員、著者のように鳥の研究を生業にできている人とは限りませんし。
 でも、こんなマニアックな世界を仕事にしている著者は、子どもの頃から、鳥が大好きで、夢を実現させているのだろうな、と思いきや……

 鳥の研究は特殊な職業である。そんな職業についているのだから、さも子供時代から鳥が好きにちがいないと思われることが多い。実際そういう人も少なくないが、みんながそうとは限らない。
 私は鳥とは無縁の子供時代を過ごした。公園のハトがドバトなのかキジバトなのかも知らなかったし、そもそもハトに種類があることも知らなかった。
 そんな私も自堕落で日和見主義的な大学生になり、野生生物を探求するサークルに入会した。自然が大好きなどという軽薄な理由ではない。小学生時代に「風の谷のナウシカ」に感動し、ちょっとミーハーに憧れていたのだ。みんな口にはしあいが、私の世代にはそういう研究者は多いと思うぞ。
 先輩に双眼鏡を手渡された私は、生まれて初めてまじまじと鳥を見る。こうして受動的鳥学道が始まったのである。


 著者は、「鳥大好き!」からスタートしたわけではなく、ちょっとミーハーな憧れから入ったサークルがきっかけで、鳥に興味を持つようになり、大学の研究室で恩師に薦められた研究を「仰せのままに」とはじめたのです。
 立派な動機や子どもの頃からの夢じゃなくても、研究者としてやっていける人はいる。研究者の世界の一端を覗いたことがある僕としては、実際に研究者として必要なのは、動機や興味よりも、「物事にちゃんと疑問を持つこと」「めんどくさがらないこと」「ある程度体力と協調性があること」ではないかとも思うんですけどね。
 特殊な職業のようにみえるけれど、研究者として大成功している人というのは、他の仕事をやったとしても「ひとかどの人物」になっただろうな、と感じる人がほとんどです。


 この本のなかでは、著者自身の「ブライアンズ・シアウォーター」という鳥についての「研究者としての後悔と懺悔の物語」も書かれています。
 いや、同義的に悪いことをした、というわけではないのですが、研究者としては、本当に「痛恨の極み」だったろうなあ、という話なんですよ。
 でも、これだけ多くの仕事をしている著者が、忙しいなかで、「どうせたいした結果は出ないだろうし」と考えてしまった気持ちはわかります。
 そういうのって研究者としての「運」が大きい。
 ただ、「面倒なことをきちんとやっていく」ことで、その「運」をつかみやすくなることも事実なんですよね。
 それでも、すべてのことをやってみる、というわけにはいかないのだけれど。

 南硫黄島は、断崖絶壁に囲まれている。場所によっては高さ200mもの崖が行く手を阻み、進撃の巨人が躊躇してトボトボ帰る姿が風物詩となっている。しかし、島の南部に一ヶ所だけ、崖の合間に谷が下りている場所がある。これが、この島を登る唯一の経路であり、過去の調査でも使われたルートだ。他の場所に比べると、確かにここなら登れそうな気がしてくる。
 しかしそれは勘違いだ。アプローチしやすそうに見えるその部分ですら、スタートは約10mの垂壁である。ピッコロ大魔王に換算すると4人分の高さ、世界を征服して余りある絶壁である。200mだろうが10mだろうが、登れないという点では意味は同じだ。
 また、たとえ入口をクリアしても、島の半径が約1km、標高も約1kmなので、平均傾斜は45度である。宅地造成等規制法では30度を超えたら崖と呼び、スキーのジャンプ台でも40度以下だ。軟弱研究者などお呼びでない。調査には綿密な準備と心構えが必要である。
 ピッコロに立ち向かう前にも障壁がある。まず有人島の父島から300km以上の海を越えなくてはならない。漁船で船に近づくのだが、問題は最後の100mだ。南硫黄島には桟橋も波穏やかな入江もなく直接の着岸はできないため、泳いで上陸することになる。
 海の穏やかな6月とはいえ、ベタ凪が続くわけではない。大岩が転がる浅瀬で波が牙をむけば、人類は藻屑に格下げされる。台風が発生すれば、荒波の中を撤収しなくてはならない。安全な調査のためには、自分の身を守れるだけの泳力が必要とされる。プールで泳ぎ詰め、いつしかキック一つで海中からゴムボートに飛び上がれるようになる。
 次の敵は、いよいよピッコロ4人衆だ。付け焼き刃の修行ではかめはめ波は少ししか出なかったので、調査前年からクライミングジムに通い始める。腰にハーネス、指にチョーク、15mの人工壁にただひたすらに挑む。ジムに通う猛者どもは、みんなキリッとスタローンみたいな顔つきになる。約半年の訓練で自信がつき、私もつられてスタローン顔になる。手がどこまで届くのか、その体勢から体が持ち上がるのか、自分の性能と限界を知ることが、安全確保のための不可欠な条件である。


 「鳥の研究」というと、「森ガールと静かな緑あふれる場所で森林浴」みたいな光景を想像してしまうのですが、著者のフィールドワークの現場は小笠原の無人島など、人里離れた場所ばかり。研究者というより、『黄金伝説』の濱口さんの「無人島」か、「川口浩探検隊」みたいな感じ。
 こんなトレーニングをしなくてはならないような場所へ、調査に出かけているのです。


 この本には、研究の話ばかりではなくて、「鳥に関する興味深いネタ」もたくさん書いてあります。
 「森永チョコボール」の「キョロちゃん」は、どんな鳥か?
 鳥の「死んだふり」は本当に有効なのか?

 しかし残念なことに、鳥の糞は世の中に誤解されている。研究的意義だけでなく、そもそも糞のなんたるかが誤解されている。
 車の上に白い乳液状のものが付着している時、美人運転手はこう嘆くだろう。
「あらやだ、鳥の糞!」
 若干セリフがサザエさん風だが問題はそこではない。彼女が気になった白いものは、糞ではなく尿なのである。
 鳥の排泄物には、白っぽい部分と黒っぽい部分がある。この白色部が尿で黒色部が糞である、どちらも所詮は排泄物と侮ってはいけない。糞と尿の生成過程には、カッパとカワナガレほどの違いがあるのだ。


 知っていたからモテる、という知識ではないでしょうけど、こういう「知識」が好きな人には、たまらない本だと思います。
 「科学的な態度とは?」ということについても、わかりやすく書かれていますし。
 研究職を考えている(あるいは、「自分が何をやりたいかよくわからないのが不安」だという)若い人たちにもおすすめですよ。

アクセスカウンター